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剣聖の弟子  作者: 二階堂風都
第六章 闘武会
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異変

 対戦相手の異変に観客たちも気付いたのか、会場全体が騒然となる。

 審判が確認のために駆け寄るが……。


「待って、近付いちゃ駄目だ!」


 甲冑が私に背を向けて剣を振り上げる。

 嫌な予感が的中した。

 警告も虚しく、刃圏に侵入した審判が狙われている!

 もう試合どころではない。

 頭を切り替えて私は甲冑の胴体を後ろから全力で斬りつけた。

 胴体が斜めにずれて狙いが逸れた赤い剣が、審判の真横を通過していく。

 間一髪。


「! す、すまない。しかしこれは一体……!?」


 審判の狼狽も無理はない。

 両断され、溶けた切り口から多量の黒い霧が噴き出している。

 上下で二つに別れた甲冑は、暫くうごめいた後にようやく動きを止めた。

 ――その時だった。

 甲冑に握られた赤い剣が、カタカタと動き出す。

 こっちが本体か!

 私はオーラを吸われることを覚悟して手を伸ばしたが――もう一歩の所で掴み取れなかった。

 剣が飛翔していく。

 その先に居たのは……


「エドガー王子!?」


 銀髪の王子が赤い剣を掴み取る。

 リングへの入場ゲート東側の入り口で、悠然と立っている。


「悪いが、まだこの剣を失う訳にはいかない」


 遠い距離でも明瞭に聞こえる大音声。

 指導者を目指して努力した結果なのだろうか。

 事情を知る今となっては少し悲しくもある。


「そんな剣を使って大会を荒らして……一体何をする気ですか」


「知れたこと。さあ、我が同志たちよ! 今こそくびきから解き放たれるとき……超越の時だ!」


 王子が叫ぶ。

 その時、事態を見守っていた観客席の中から悲鳴が上がった。

 必死に目を凝らすと……捻じれた角に黒い肌、翼を持った見た事もない種族が暴れまわっていた。

 何だ、いつの間に……?


(お兄ちゃん、アレ!)


 アカネが示す方向を注視すると……一人の人族の男性が痙攣している。

 痙攣を続ける男性の頭から、捻じれた角が皮膚を突き破って出現した。

 まさか!?


「気付いたか。俺達は人族――いや、全ての種族を超越した存在……バアルの眷属になったのだ」


「何を言って――」


「全てを説明してやる義理は無い」


「くっ……何にせよ、貴方が命令を下しているのでしょう! だったら」


 観客席は……いや、会場全体がもはや地獄絵図と化している。

 近くに残っていた審判とリングアナウンサーにも目で合図を送り、王子と反対側のゲートから逃げるように促す。

 この期に及んで手段を選ぶ余裕などない。

 目の前の男を殺して止められるなら――。

 王子に向かって炎弾を放ちながら全力で突進する。

 リングは直径五十メートル、私が居た位置は中央やや西寄り。

 そこから更に入り口までは三十メートルほどある。

 もどかしい距離だが、一気に詰めよれば……。


「ほう、良い殺気だ。俺を殺す覚悟はあるようだな。だが良いのか?」


 エドガー王子が上空を指さす。

 何かが急降下してくる気配。

 そこに現れたのは……。


「ぐるるるるる」


 体長二十メートルほどの青い鱗を持つ飛竜……水竜と呼ばれる魔物だった。

 私とエドガー王子との間に轟音を立てながら着地した。

 風圧で後退を余儀なくされる。

 くそっ、届かなかった!

 炎弾も水竜が全て受け止める。

 王子の後方に例の魔物を操るオカリナを吹く、従士リードの姿があった。


「じゃあな、魔法剣士。せいぜい被害が広がらないよう頑張るんだな」


 仮にも王子が言っていい言葉か。

 自国の民を、無為に殺す命令を下しておきながら……!


(お兄ちゃん)


(大丈夫、分かってる。今為すべきは目の前のこいつを倒して、観客席側の救援に向かう事だ)


 その時、竜の背後の観客席から慌てて駆け寄ってきた騎士団員が叫びを上げる。

 変異した人族と突如現れた竜に動揺している。

 水竜はこちらを窺い、襲い掛かる機会を計っているようだ。

 視線は外せない。


「カティア殿! 今、援護の兵を――」


「不要です。それよりも観客たちを守ってください」


「ですが!」


「竜は私が必ず止めます! だから一人でも多くの市民を!」


「くっ……今、称号持ちのお二人が前王様と姫様を避難させています! お二人が戻るまでご辛抱を!」


 観客席では既に状況が目まぐるしく推移している。

 観客の半数は戦い、半数は避難。

 この光景はこの国ならではで、如何に民間人の中に兵士が多いかという事だ。

 結果的に今の状況の被害を軽減することにも成功している。

 それに比べて少数である騎士団は、避難者の護衛と民間兵の戦闘指揮で分散して走り回っている。

 姿を変容させた人族の数は定かではないが……こちらの兵が数人で囲んでいる状況が多く見られ、且つ戦局が拮抗している以上、個としては恐らくかなり強い。

 非戦闘員の避難はまだ完了していないため、観客席側の戦力が多いに越したことはない。

 そんな状況を横目で手早く把握した私は、水竜を睨みつける。


(アカネ、例のヤツでいこう)


 マン・ゴーシュを鞘に納め、左手を自由にする。


(分かった。広さもあるし、大丈夫だよね?)


(審判もリングアナウンサーも避難した。攻撃範囲の広さも、被害が出ないように中央で使えば問題ないよ)


 決着を急がなければならない。

 水竜は直立気味の姿勢だし、何よりも飛ぶことが出来る。

 斬撃一回で決めるには自然と頭部狙いになるが難易度が高すぎる。

 失敗できない場面だけに、ここは魔法に頼る。

 リングの中央に水竜を誘き寄せつつ魔力を練る。


(行くよ、お兄ちゃん……!)


 全魔力の八割ほどをアカネに預ける。

 水竜が水のブレスを浴びせてくるが、オーラを纏った右手のランディーニで斬り裂く。

 ……そして左手に精霊であるアカネが高効率で変換した魔法が集まる。

 普段の炎とは異質な、眩く輝く炎が手の平に現出した。

 その異常なまでの光量に水竜の動きが止まる。

 操られていても生物としての本能は残っているのか、警戒の色が浮かぶ。

 私は増大する火の塊に巻き込まれないように左手を天高く掲げた。

 そのままエネルギーがどこまでも膨張していき――魔法が完成する。

 それは直径三十メートルほどの、まさしく小さな太陽と呼ぶに相応しい魔法。

 会場の全てが明るく照らされ、目が眩むほどの光が一帯を支配した。

 暴力的な密度の炎を水竜に向かって解き放つ!


「焼き尽くせ!」


 地面さえも融解させながら水竜に向かって前進。

 水竜がブレスで抵抗するも、魔法に辿り着く前に蒸発する。

 やがて太陽が空に飛び上がろうとする水竜を飲み込み……。


「――!」


 光が弾けた。

 声を上げることも出来ずに水竜が絶命する。

 後にはマグマの様に沸騰する地面だけが残った。

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