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剣聖の弟子  作者: 二階堂風都
第六章 闘武会
65/155

準決勝

この回はキョウカ視点となります。

ご注意を。

 不本意ながらも準決勝まで勝ち上がってしまいました。

 私としてはなるべく早く姫様の護衛に戻りたいのですが……。

 もう大会も最終日。

 姫様の護衛は不備なく万全に為されているのでしょうか?

 ああ、心配です!

 しかしカティア殿が言うように、試合で手を抜いてはスパイク様に発覚する恐れがあります。

 あの御方の眼力は本物ですから。

 それにしても我が国の武芸者の何と情けないことか。

 私に勝てとは言いませんが、もう少し手応えが欲しいものです。

 そして準決勝のリングには……彼女が居ました。


「さあ、遂に準決勝! リング東には御存知この人……赤き魔法剣士、Bランク兵士カティア・マイヤーズ!」


 観客席から耳を塞ぎたくなるほどの歓声が。

 当の本人はそんな声援もどこ吹く風といった様子で、それがまた私にとっては気に食わない。

 人気が頷けるほどの美貌であることは確かですが、彼女は年の割に妙に落ち着きがあり過ぎるように思います。

 もっとも、一番気に入らない理由に比べれば些細なものですが。


「対する西は近衛騎士団所属、Aランク兵士であり、リリ姫様の護衛! 通称鉄の女、キョウカ!」


 私が陰で「鉄の女」などと呼ばれているのは知っていました。

 ですが姫様を御守り出来るならどんな蔑称も甘んじて受け入れましょう。


「残すは決勝を含めて三戦……四人の中で最後に立っているのは誰でしょうか! 試合開始です!」


 試合開始の合図が鳴らされ、私はメイスと大盾を構えて彼女――カティア殿を睨みつけました。

 対する彼女は黒い剣を両手で構える形。

 賢明な判断。

 メイスで殴るにしても盾で殴るにしてもあの短剣では捌くのは不可能。

 であれば一刀に集中して動くのは定石だと言えるでしょう。


「カティア殿、私は貴女が嫌いです」


 おかしいですね。

 そんな事を今、言う必要があるのかしら。

 だが滑り出した舌は止まらない。

 摺り足で間合いを探りながら、私はそんな言葉を発していた。


「……理由わけを、聞かせて頂いても?」


 私の悪意のある言葉に全く動揺を見せないカティア殿。

 それとも、私の事などどうでもいいと思っているのでしょうか。


「初めてお会いした時から分かっていました。カティア殿は、私と同じ守りたい大事な者を抱えているのだと」


 自分と同じ匂いのようなもの。

 同類なら好ましく思うのが普通でしょうが、彼女は駄目です。


「そして気付きました。既に代えがたい大事な人を持つ者が、姫様を第一に考えて護衛など出来るのか? という疑念に」


「……それは」


「出来る訳がありません! だから私は――」


 メイスを振り上げ、間合いに入る。

 彼女は極級オーラ持ちだと聞いています。

 即死はないと見て構わず頭部を狙って振り抜く――!


「!」


 しかし、高速の斬撃がメイスを跳ね上げ私の胴を横薙ぎに狙ってくる。

 盾を!


「フン、やりますわねカティア殿」


 大盾越しだというのに、腕まで衝撃が伝わってくる。

 尋常ではない腕前、噂に違わぬ実力。

 だがこの程度。


「……大事な人が沢山居るのは、いけない事ですか? キョウカさん」


 何か心に期するものがあるのか、意志の込もった言葉が響いたように聞こえた。

 しかしその内容は私に響くものではない。

 

「……何を言い出すかと思えば。その全てを守り切れるとでも言う気ですか? 貴女は」


「そうは言いません。ですが、私にはこの世界に来た時から大事な人が二人も居ました」


 この世界? 何のことでしょうか。


「確かに姫様とは会って日が浅い。その二人よりも大事だなんて言ってみても嘘にしかなりません。でも――」


「……」


「今では姫様に対しても、私程度の才で役に立つのなら協力したいと思っています」


「……! そんな覚悟で、姫様を守れるものですか!」


 話にならない、やはり彼女は駄目です!

 私が今ここで勝つことで、姫様の傍から遠ざけて差し上げましょう!

 メイスを振り下ろす――


「姫様だけではありません。爺さまが守ったもの……出来るなら、その全てを私も守りたい、それが正直な気持ちです。王都も、国も」


 しかし剣で簡単に弾かれた。

 メイスを握り直し、再び叩きつける。


「そんなものは一兵士が考えることではありません! 全て姫様に任せておけばいいのです!」


「……貴女は……」


 しかし、結果は同じでした。

 そして彼女、カティア殿が急に私に興味を失ったような顔をする。

 まるで路傍の石でも見ているかのような――。

 

「……何故、私をそんな目で見るのです!?」


「守り切れるかどうかというのは、残念ながら結果でしかありません。自分が一人の人間しか守れないのか、それとももっと大きな何かを守れるのか。もしくは自分の身すら守れずに終わるのか。そんなものが分かるのは最期の時だけです」


 ? 自分の身すら、といった時の彼女の表情……。

 何か胸が締め付けられるような響きを帯びていました。

 不可思議な重さを感じるような。


「貴女が守りたいのは本当に姫様ですか?」


「――当たり前です! 姫様が居なくては、この国は……」


 カティア殿が静かに首を振る。

 一体何を言いたいのですか?

 理解できない。


「私には……貴女が必死に守っているのは自分の心のように見えます。傷つかないように、膝を抱えて……」


 ――!

 あの日の光景が甦る。

 大事な友人が暴力に蹂躙され、嬲られ、絶望に沈んでいったあの日を。

 私はそれを震えて見ていることしか出来ませんでした。

 助けを呼ぶことも、助けに入ることも出来ずにただ。

 ……心が痛かった。

 その身が傷つくことなど恐れずに助けに行くべきだったと何度も後悔しました。

 だからどんなに体が辛くても鍛えて鍛えて、鍛えて……。

 心の痛みに比べれば、どんな訓練も苦にならなかった。

 今度は決して後悔しないように体を研ぎ澄ませて。

 そして、姫様の護衛に抜擢されたのです。


「私を否定するのですか! どこが悪いのです! 祖国の姫を守ろうとすることのどこが!」


 誰かの代わりに傷ついている間は確かな充足感がある。

 あの心の痛みを思い出さなくて済む!


「貴女は姫様の好きな食べ物や色、服装なんかを知っていますか?」


「は?」


「姫様は無表情に見えて内心は賑やかです。話すペースは遅いですが……我慢強く待てば色々話してくれます。姫らしく常識外れな面も多いですが……」


「そんなものが今の話の何処に関係があるのですか! 護衛対象が何を考えているかなど私には何の関係も――」


「分かりませんか? 貴女はこう言っているのと一緒です。姫様の身体さえ無事ならどうなっても関係ないと。心を病もうが塞ぎ込もうが一切関係ないと! 心など守る必要はないと!」


「!」


「自分の心を守るのに精一杯な人間が本当の意味で誰かを守れるとお思いですか! ……姫様に甘えるのもいい加減にしなさい!」


「黙れぇえぇぇ!」


 メイスと大盾を滅茶苦茶に振り回した。

 隙が増えたらしい体に何度もカウンターを受けますが……こんな痛みなど!

 体の痛みを無視して殴りに行く!


「アハハハハ! 痛い、痛い! でも心さえ痛くなければ私は何度でも――」


「本当にそうですか? 姫様には一片の情もないと?」


 ――ひめ、様?

 確かに彼女の言う通り私は姫様のことがほとんど分からない。

 何を考えているのか、何が好きなのか、何故こんな私をいつまでも傍に置いて下さるのか。

 三年も一緒に居るのに、分からない……ワカラナイ、何も。

 痛い。

 心が、イタイ――。


「分からないなら聞けばいいんです。話してくれないなら傍に寄り添うだけでもいいんです。貴女は……少しでもそれをしましたか?」


 言葉と共に、黒く美しい剣がひるがえる。

 それを最後に私は意識を失った。




 右手が暖かな温もりに包まれている。

 目を開けると、私は闘技場の医務室のベッドの上に居るようです。

 右手を握っていてくれたのは……姫様でした。

 私は聞かなければならないのでしょう。

 傍に置いて頂けている理由を。

 そしてこれからどうすべきなのかを。

 しかし――


「……姫、様……申し訳、ありませんっ……!」


 自分から出てきたのは、涙と謝罪の言葉だけでした。

 自分の心の弱さが、憎い……。


「……キョウカ」


 姫様が私の名を呼ぶ。

 カティア殿に言われたように、じっと次のお言葉を待ちました。


「……私は、キョウカの友人の代わりにはなれない……そんな気も、ない。でも……」


 ああ、そうでしたか。

 私は姫様を代わりに見立てて守ることで、大切だったあの子に償っている気になっていたのですね……。

 聡明な姫様はそれを見抜かれていたと。

 私は、何と浅はかな。

 そして何と愚かなのでしょう……。


「……心の痛みを知る人は、きっと誰かに優しく出来る人……だから、信じてる」


「……姫様……!」


 そこから先、姫様のお言葉はありませんでした。

 ただ、私の事を信じていると。

 ……強くなりたい。

 体だけでなく、心も。

 誰かの命だけでなく心をも救えるような、そんな騎士にいつか――。

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