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剣聖の弟子  作者: 二階堂風都
第六章 闘武会
63/155

本戦第二回戦

 終わったか。

 

(お疲れさまアカネ)


(うん、お兄ちゃんも)


 盛り上がる観客の声を背に、リングから降りる。

 控室に戻るとミディールさんが待っていた。


「カティア殿、良い仕事でした。文句なしです」


「ミディールさん。この後はどう動きます?」


 今日の日程は一回戦までなので、私は現時点で帰ることが許されている。

 しかし市民に姿を見せていいかどうかは、情報部にその都度伺いを立てなければならない。

 面倒だが仕方ない。


「観客がまだ上に居る内にさっさと城に戻りましょう。今はまだ興奮状態でしょうから見つかるとやっかいです。時間が経てば落ち着くでしょうからそれまでの辛抱と思って下さい」


「そうですか、なら今の内に城に戻りましょうか。服はこのままでも?」


「はい、構いません。帰り道に関しては闘技場に人が集まっている分マシだと考えましょう。いつまでも隠れている訳にも参りませんし、なるべく無難なルートを選びますので」


 ミディールさんと市街に出ると、既に陽が傾き始めていた。

 先導されて夕日に染まる街を足早に歩く。

 その途中、こちらに何人かの市民が気が付く。


「おや、あんたもしかして――」


「あら、絵の女の子じゃないかい?」


「おお、噂の! 剣聖様には世話になったもんだ。時間があったら店に来てくれよな!」


 やはりというか、私の素性はすぐに発覚した。

 結構な人数から声を掛けられる。

 しかし、それは穏やかな性質のものばかりで……。

 私の弟子という肩書に、爺さまの影を見ている人が多い。

 話題の中心は私自身ではなく爺さまのことだ。

 だが、それが全く不快ではない。

 皆、爺さまに感謝だったり恩を感じている様子だ。


「ティムさんの話を聞かせてくれよ」


「ウチの店にも寄ってよ。サービスするよ」


 爺さまが残した功績が未だにこの王都で息づいているのが嬉しかった。

 血の気が多い人は闘技場に居る事、それからミディールさんが古い建物が並ぶ通りを選んで歩いているという影響もあるだろうけれど。


「はい、今度必ず来ます。爺さまの恥ずかしい昔話なんかがあったら是非聞かせて下さい」


 沢山集めておいて村に帰ったら酒の肴にしてやろう。

 まだこの体で飲酒したことないけど。


「ティムはワシの店では常連だったから色々あるぞぉ、お嬢ちゃん。歓迎するぜ」


「あ、ずりいぞジイさん! ちょっと店が古いからって――」


「ふふ、ではまた」


 市街地を後にする。

 誇らしさとくすぐったさで、自然と足取りが軽くなった。


(お兄ちゃん嬉しそう)


(大好きな人をこれだけ褒められれば、自然とそういう気分になるよ。私にとって爺さまはアカネと同じくらい特別だから)


(そっか。わたしもお兄ちゃんが嬉しいと、一緒に嬉しくなっちゃう)


 気分はとても晴れやかだった。




 闘武会二日目。

 私は既にリングの上に居た。


「リングの西側、その戦いぶりはまさに鮮烈の一言! 姿は艶麗えんれいなる炎の化身が如し! 王都で今、最も注目される人物……魔法剣士、人族のカティア・マイヤーズ!」

 

 恥ずかしいアナウンスに今すぐ控室に戻りたくなる。

 背中が痒い。


「対するは東側。キシス領出身、地元の応援団が多数詰めかけています! 獣人族Aランク兵士……ミナーシャ!」


「「「ミィちゃーん!!」」」


「ハーイ! にゃははー!」


 うわっ、野太い声の応援団が旗やら何やらを振り回している。

 二回戦の相手は猫系獣人のミナーシャさん、女性だ。

 桃色の髪に猫耳と尻尾が付いた半獣人。

 何ていえばいいのか……アイドル系?

 本人もノリノリで手を振ったりしている。

 確かにかわいらしい容姿ではあるが、ちょっと苦手なタイプだ。


「間もなく試合開始です!」


 開始の鐘が鳴らされる。

 ミナーシャさんがスタートダッシュをかけて私に詰め寄る。


「行くよー!」


 ミナーシャさんの武器は鉤爪のようだ。

 両手に装着した鉄の爪でひっかいてくる。


「おっと」


「ニャー! 当たんない!」


 かなり速度はあるが……いかんせんリーチが短い。

 相手の身長は百六十センチ弱だし、手の長さも普通だ。

 距離さえ間違えなければ当たることは無い。


「むむむ……ねえ、お姉さん。随分人気があるみたいじゃない?」


 ? 何を言い出す気だ、戦闘中に。

 こちらを揺さぶるつもりだろうか。


「私、納得いかにゃいの。だって断然私の方がかわいいし、若いし――」


「えっと……ちなみに歳はいくつなんですか?」


 この顔がかわいい系でないのは知っているが、彼女の方は随分と自分の容姿に自身があるようだ。

 ただ、歳に関しては余り変わらないように思うのだが。


「ん? 十八だけど……お姉さんは?」


「私、十七なんですけど」


「うっそ見えないにゃ! えー、絶対二十代だと思ったのにぃ」


「……」


 老けて見えるってか、このアマ。

 しかも肉体年齢では年上じゃねえか。


(お兄ちゃん、言葉がきたないよ……)


 だが分かった、これは挑発だ。

 相手を苛立たせてペースを乱すのが目的なのだろう。

 その手には乗らない、冷静に冷静に。


「大体、剣聖だか何だか知らないけど昔の偉人なんて大体は過大評価されるもんにゃ。その弟子だってたかが知れて――」


「あ゛?」


 今、何て言った?


「ひっ! な、なんにゃ、怒ったのかにゃ?」


(お、お兄ちゃん?)


「貴様……爺さまを馬鹿にしたな? 待ってろ、そこを動くな」


 二本の剣を抜いた。

 もう何も考えない。

 こいつは殴る、絶対に。


「う……うにゃー!!」


 鉤爪を振り回してくるが、その全ての爪部分を熱とオーラで斬り落とす。

 カラカラとリングの上に残骸が散った。


「ま、まだ終わってないにゃ! 武器が無くったって!」


 私の二刀の攻撃をひたすら躱すネコ娘。

 ――ちっ。

 本当に速さだけは一流だな。


(お、落ち着いてお兄ちゃん! カウンターを狙えばすぐに終わって……)


 駄目だ。

 こいつは今直ぐに地面に這いつくばらせないと気が済まない。

 ゆっくりカウンターなんて狙う気は更々ない。

 私は怒りに任せて無数の火球を体の周りに浮かべた。


「待って待って! それどうする気にゃあ! 魔法とオーラ両方同時に使うなんてずっこいにゃ!」


 そんなもん知るか。

 行け!


「にゃーーーっ!」


 ミナーシャ(バカネコ)に向かって火球が殺到する。

 全ての火球が消えた時、そこには煙を上げて所々焦げた状態のふらふらと立つミナーシャの姿があった。


「……降参しますか?」


 惨めな姿に少し溜飲が下がった為、一応聞いておく。

 私も鬼ではない。


「嫌にゃ! 降参なんてプライドが――」


「だったら今から一発峰打ちを入れます。覚悟はいいですね?」


 審判が試合を止めない以上そういうことになる。

 よもや文句はあるまい。


「で、でも出来ればあんまり痛くしないでほしいって言うか……」


 イラッ。


「いいでしょう。傷も跡も残らない代わりに、最高に痛い奴を差し上げますよ……」


「え!? ふんぎゃーーーっ!」


「「「ミ、ミィちゃーん!?」」」


 後には転がって悶絶する一匹の猫が残された。

 終了の鐘が鳴らされ、リングアナウンサーが拡声器を取る。


「し、試合終了ー! いやー素晴らしいキャットファイト……もとい、戦いでしたね! 皆さま挑発は程々に、相手を見て喧嘩を売りましょう! わたくしとの約束です!」

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