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剣聖の弟子  作者: 二階堂風都
第六章 闘武会
61/155

予選

 発表された闘武会の参加者は全部で約千六百名。

 五十名ずつで予選が計三十二回行われ、各一名のみが本戦に進出できる。


(たくさんいるね)


(やっぱり賞金が多いからね。腕試しって人も居るだろうけど)

 

 大会のルールは以下の通りだ。

 一つは致命的な一撃を入れられるか、その体勢にされた方は負け。

 剣道の一本に近いが真剣を使う都合上寸止めが多用される。

 相手を殺した場合は失格なので、一撃を入れる場合は細心の注意が必要だ。

 二つ目は意識を失ったら負け。

 オーラ切れもこれに準ずるし、実力が伯仲している場合はこの決着が多いとか。

 三つ目は相手の降参。

 近接系もそうだが中でも特に魔法使いは序盤数発の打ち合いで優劣がはっきり出てしまうことが多く、更に魔力が切れれば実質負けなので降参が許されている。

 最後に制限時間切れでの判定と、審判の判断による中断。

 試合は最長で二十分、それで決着が付かない場合は五人の審判によって判定が下される。

 更に審判が危険だと判断すれば試合途中で勝敗の判定に入る。

 骨が折れたり出血が多い場合等だ。

 これに予選のみリングアウトで失格というルールが適用される。


(という感じなのだけど……分かった? アカネ)


(うーん……相手になるべく怪我をさせずに戦いましょうってこと?)


 そうだね、勿論怪我を全くしないという事はないだろうけど。

 この辺り「死ぬのは戦争と魔物との戦いだけで充分だ」という考え方が透けて見えて、個人的には大変好ましい。

 恐いのは命の価値が軽くなって何でもありになってしまうことだ。


「予選一組目を開始します! ナンバーが一から五十までの方はリングの上へお願いします! 繰り返します――」


 職員が大声で対象者を呼び出す。

 番号順ということは、私の出番は十四組目……暫く後になりそうだ。

 暇なので、他の参加者達の様子を何とはなしに見つめる。

 獣人の比率が高いな。

 犬、猫は基本として……爬虫類、鳥人……獣人族は本当に多様だなあ。


(鳥人って飛べるんだよね?)


(人によるかな。そもそも獣人族って獣部分の割合の個人差が大きいんだよね。完全にリザードマンみたいな人も居れば、ライオルさんみたいに半獣人の人も居るし。だから腕が完全に翼になってる人は飛べるんじゃないかな、重さ次第では)


 ……アカネの知識は所々不完全なので、時折こうして質問が飛んでくる。

 まあ言葉を交わせなかった時期の長さを考えれば、何気ない問答も私にとっては楽しくて仕様がないのだが。


(じゃあ、あの人は?)


(あれは……蟹、かなあ?)

 

 腕がハサミになっていて、武器いらずといった感じだ。

 腕以外は普通の人間なので、半魚人といった風情。


(本当に色んな人が居るんだね。この国すごいよねー)


(ねー)

 

 いや、本当に。

 これだけの人種を内包しておきながら差別がほとんどない。

 ダオ帝国という共通の敵が居るにしても稀有な国だといえる。




 それから暫くして、ようやくお呼びがかかる。


「次は予選第十四組です! ナンバー六百五十から七百までの方はリングに向かって下さい!」


 時刻は正午前……予選開始からは三時間ほど。

 この組が終わったら恐らく昼の休憩が取られるだろう。

 フードが脱げないように深く被り直し、リングに向かう人波についていく。


「ナンバーが書かれた紙をお出し下さい……はい、確かに」


 控室の出口横の職員に紙を渡し、リングに進む。

 出口を出ると――夏場と大観衆が生み出す熱気に全身が包まれた。

 まだ予選ということもあり、観衆はそれほどリングに注目していないようだ。

 飲食しながらのんびり見ている様子が散見される。

 ……おっと、余り上の方を見るとフードが。

 気を付けよう。


「間も無く開始です! 合図に鐘が鳴らされますので、リングに上がってお待ちください!」


 石材で大雑把に作られた正方形のリングの上に昇る。

 恐らく試合の度に土魔法で直すのだろう、微妙にヒビが残っていたりする。

 リングの広さは五十メートル四方で闘技場の大きさの割には小さめだ。

 その分観客席が広めになっている。

 予選の面子の比率は、獣人三に対してエルフ一、ドワーフ一だ。

 人族はほとんどいない。

 ――カーン! カーン!

 観察していると、鐘が鳴らされた。

 周囲が一斉に武器を抜いて動き出す。


(お兄ちゃん!)


 私の元に三人程の獣人が向かってくる。

 ……うーん、足運びが拙い、何かどたどたしている。

 これなら剣を抜くまでも無い。

 私は軽くバックステップを踏んでリングの淵に陣取った。

 好機と見たか、三人は無警戒に近づいてくる。


「よっしゃ、落とせ落とせ!」


「幸先いいな!」


「ひゃはは、もらったあ!」


 これは三人でつるんでるな。

 別に違反ではないが……。

 スローな攻撃を避けつつ、一歩踏み込む。

 一人目の腕を取って後ろへ流し、二人目は足払い、三人目は避けただけで自滅した。

 仲良くリング外に落ちていく。


「「「ああーっ!」」」


 複数居る審判の一人が駆け寄り、三人に失格が告げられた。

 憐れな……。

 その時、後方で風が巻き起こった。

 オーラを高めて飛ばされないようにしたが中々の規模の風魔法だ。

 恐らく上級、竜巻といっていい威力。


「ハッハッハッ! 未来の大魔法使い、ムーザの風魔法を見たかい? ……あれ、一人残っているな」


 自分に酔っているような口調のエルフの青年が、私に気付いた。

 彼の言葉通りにリング上には既に私しか残っていない。

 全員今の魔法で落とされたようだ。


「おやおや、少し魔法の範囲から遠かったかな……ならばもう一発」


 青年が魔力を練る。

 しかも発動が早い。

 距離が開き過ぎており、どうやら接近する暇はなさそうだ。


(お兄ちゃん、やる?)


 アカネの言葉にかぶりを振る。

 アカネの魔法は不安定だし、この状況で使うのは心配だ。

 相手の身にもしもがあってはならない。


(えー……)


 情報部の意図を汲むなら、ここは観衆に期待感を抱かせるのが正解なのだろう。

 それには一度魔法剣を見せておいた方が良い。

 それで正体を勘繰ってくれれば成功だと思う。


(くるよー)


 あからさまにやる気を無くしたアカネがゆるく警告する。

 本戦できっと出番あるよ、うん。

 私はランディーニを抜いて少し腰を落とした。

 相手の魔法が完成し、風の塊が押し寄せる。

 魔法は視線で捉えた位置にしか放てない。

 不可視の風魔法は脅威だが、相手の視線を読めば……そこだっ!

 私はフードが脱げないよう気を付けつつ、火の魔法剣を何もない空間に向かって振り下ろした。


「今度は綺麗に吹き飛んで……あれ?」


 観客がどよめく。

 そしてエルフの青年は消失した魔法に戸惑っている。

 何のことはない、風魔法にオーラの耐魔力を斬撃でぶつけただけだ。

 魔法剣にしたのは観客に見せる為のおまけに過ぎない。

 私は呆然とした様子の相手にゆっくりと近付くと、火が消えたランディーニの切っ先を喉元に突き付けた。

 審判が駆け寄り私の予選突破を宣言する。

 ……試合後の会場内には、歓声ではなくいつまでもどよめきが残っていた。

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