決意と資質
料理の準備が出来たので部屋に戻ることにする。
姫様、ちゃんと待っているかな。
念のため軽くノックをして返答を待つ。
「おう、居るぜ。カティアか?」
「はい」
ライオルさんが部屋の外に出てきた。
やや苦い顔をしている。
「リリは中だ。……なんか元気がねえんだが、どうかしたか?」
「実は、第一王子が――」
「成程、納得だ。それ以上は言わなくていいぜ。親父殿も色々と手は尽くしたんだが……エドガーの事は、どうにもな」
それはそうなんだろう。
でなければ嫡男を排して妹を王位に、とは考えないだろうから。
「俺からエドガーが何故ああなったかを話してもいいんだが……リリは、きちんと自分の口からお前に話すってよ」
「……そうですか」
話したくないことを話すのはつらいことだ。
少しでも力になれればいいのだが。
「そういや、お前が持ってるそれは何だ?」
「これですか? 元気の素、ですかね」
思ったよりも大荷物になってしまったが、スーさんが上手く手で持てる程度に纏めてくれた。
まだ未完成なので目の前で調理する予定。
「食いもんか。経験を活かそうって肚だな? ま、とにかく後は任せたぜ。上手く元気づけてやってくれや。アカネも、頼んだぜ」
そう言ってライオルさんが私の肩を軽く叩いた。
アカネにも呼び掛けつつ。
「はーい!」
「おわっ!」
次の瞬間、アカネが返事と共にニュッと私の胸のあたりから生えてきた。
ライオルさんが驚いて飛び退く。
いやいや、まだ部屋の中じゃないから!
ここは部屋前の通路だ。
誰が通るか分かったものではない。
「アカネ! まずいって!」
「あ、ごめんなさーい」
スルッと中に戻っていくアカネ。
あー、びっくりした。
周囲を見回したが人影は無い。
バレていないか、良かった。
「すみません、ライオルさん……」
「い、いや、構わねえんだが……人から人が生えてる光景は中々に衝撃的だったぜ……」
「はは……」
ライオルさんが去り、私は部屋の中に入る。
俯き気味のリリ姫様がベッドに腰掛けている。
「……あ、カティ……」
「たっだいまー!」
アカネが出てきて、姫様の横に座る。
足をパタパタさせながら姫様に笑いかけると、姫様の顔が僅かに綻んだ。
「……アカネも、おかえり……」
「まだ座っていてください、姫様」
「……う、うん。何を、持ってきたの……?」
「ホットケーキを焼きます、ホットケーキ」
「お兄ちゃん、あったかいものって言われてホットケーキなんて単純ー」
「うるさいよアカネ。いいじゃない、手軽でおいしいんだから」
温かいを変換してホット、そこからホットケーキ。
我ながら単純だ。
ちなみにホットケーキは普通にこの世界にもある。
「……カティ、気持ちは嬉しいけど……お腹、空いてない……」
「姫様、昼食は何時に?」
「……? 正午きっかり、だけど……」
今は丁度十五時でおやつの時間だ。
先程散歩もしたし、精神的な動揺で空腹を感じなくなっているだけだと思う。
普段の姫様はこう見えて健啖家だ。
細い体のどこに入るのかというくらいに人よりも沢山食べる。
「まあまあ、一口だけでも。食べられないようなら残して構いません」
「……分かった……」
厨房で借りてきたホットプレートに火を入れる。
オーラでも作動するが火魔力を注ぐとより効率良く、火力が出易い。
今の内に紅茶も準備しておく。
温まったら油を引いて、弱火にした後で厨房で作ってきた生地を流し込む。
部屋の中にフワッと甘い香りが充満した。
「……いい匂い……」
姫様がゴクリと喉を鳴らす。
こうなれば勝ったも同然だ。
ポコポコと小さな泡が出たら生地をひっくり返し、更に弱火で焼く。
紅茶も良いタイミングで淹れられそうだ……よし、完成。
「姫様、こちらに――」
「……!」
呼んだ途端、姫様が何時もの動きからは考えられない俊敏な動きで席に着いた。
速っ!
え、えっと……。
「チョコレートソースとハチミツ、どちらが良いですか?」
「……両方……両方かける……」
「ちょっと、落ち着いて! まだ焼きますから、最初は片方にしてください。味が混ざっちゃいますよ」
「……じゃあ、チョコ……」
この様子から見て、次の分も焼いてもいいかな?
新しい生地を鉄板に流し込む。
「……カティ、おかわり……」
はっや!
あれ、大きめに焼いたつもりだったんだけど。
姫様の皿には既にホットケーキが無かった。
それと、王族なんだからもうちょっと毒見とか、まず相手に食べさせてからとかさ……。
おかしなものは勿論入れていないけど、無警戒はいただけない。
……まあ、今言う事でもないか。
「少し待って下さい。もし味を変えるなら紅茶でも飲んで口直しをしていて下さい」
「……うん……焼き立て、おいしい……」
「……お兄ちゃん、リリちゃんの小さいお口にホットケーキが吸い込まれていったよ? 何か変だよー」
「……気のせいじゃないかな? うん……」
どんな早食いテクだよ、こわい。
その後、私は無心でホットケーキを焼き続けた。
「……ごちそうさま……おいしかった……」
「……お、お粗末様です」
十枚分ほどあった生地は、全て姫様の胃の中に収まった。
ある程度は自分でも食べようと思っていたのに……。
「わたしも味みたかったなー」
とはアカネの言。
ちなみにアカネは憑依状態なら味が分かるらしく、気が向いたときは一緒に食事を取っている。
何でも満腹感も共有出来るとか。
不思議だ。
「姫様、お腹空いてないって言ってませんでした?」
「……そんな事、言ったっけ……?」
もう忘れてらっしゃる。
まあ、いいけどね。
しっかり食べてくれたのだし。
「元気は出ました?」
「……うん、バッチリ……」
姫様が無表情でピースをしてくる。
頬に若干の赤みが指したし、多分大丈夫だろう。
「……ありがとう、カティ……じゃあ、話すね……兄様の事……」
「はい……あの、つらかったらいつでも――」
「……ううん……聞いて、欲しい……カティには……」
姫様が、目を閉じて静かに語りだす。
姫様によるとエドガーは昔は優しく、人望も厚く公明正大、更に文武両道の好人物だったようだ。
将来は王の後継者として期待されていたらしい。
しかし……。
「……兄様、何をやっても……段々一番になれなくなってきて……」
騎士学校での剣術や魔法の勉強、更には内政や戦略、戦術の勉強……。
かつて神童と呼ばれた少年は、本人の多大な努力にも関わらず徐々に凡人の域に埋もれていった。
「……兄様が完全におかしくなったのは……十八歳の時に、お父様が後継として指名しなかった時から……」
周囲の期待に応えようと自分を追い込み、努力し、高め続けていた青年の緊張の糸が切れた瞬間だった。
今迄は、ガルシア王国では後継者が十八歳の時に指名を行っておくのが慣例になっていたらしい。
亡くなったアラン王がどういうつもりだったかは分からないが、エドガーにとっては後継者失格だと断じられたに等しい。
「……兄様は、私の魔法の才能が憎いと言った……それと、何もしなくても人望を得ているのが許せないって……」
姫様が以前に自身の魔法の才を余り好んでいない様子だったのは、こういう理由か。
それと容姿が良い姫というのは、それだけで国民にとっては人気の的になりやすい。
必死に努力を続けてきたエドガーにとっては、それが怠惰と映るのだろう。
「……御爺様は、王が何かの分野でトップに立つ必要はない。大事なのは……人を見る目と……民に寄り添う気持ちだって、兄様を諭したけれど……」
荒んだ心では、素直にそれを受け止められなかったのだろう。
彼は周囲の人間を憎み始めた。
「……兄様には、立ち直って欲しいけど……今のままでは、国民を……とても任せておけないのも確か……だから私は王座を……渡せない……!」
姫様の静かな決意に、私の心が震える。
ああ、この人は確かに王としての代えがたい資質を持っている。
血筋でありながら性格も容姿も全く違うジークの姿に、スパイクさんの姿にどこか重なる。
真っ直ぐな眼差し。
「……カティ……私に協力して……例えそれが、兄様を更に追い詰める結果になるとしても……」
「……」
私は膝を突き、胸に手を当てて静かに姫様の前で頭を垂れた。




