表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
剣聖の弟子  作者: 二階堂風都
第五章 王都ガルシア
55/155

槍兵が見た訓練

この回は視点変更があります。

ご注意を。

貨幣レートは一ルシ=約十円です。


 大規模訓練のお知らせ……?

 僕が先輩に教えられて、城内のその掲示を見たのはその催しの予定日にあたる前日のことだ。

 ――何々、城内の兵は警護に必要な人員を除き全員参加されたし。

 尚、訓練の相手を務める赤毛の女性剣士カティア・マイヤーズに勝利すれば、特別賞与として五十万ルシを与える。

 ご、五十万!?

 五十万と言えば、僕の一年分の給料以上もあるじゃないか。


「お、見たか? さすがに賞与の額が額だ。みんな打倒“赤毛の剣士”ってんで気合入ってるぞ」


「いやー、闘武会の賞金には敵わないにしても、結構贅沢できる金額ですね」


 五十万か。

 僕もそれだけあれば両親への仕送りが大分楽になる。

 ついでに自分の槍もそろそろ買い替えたいかなあ。

 幸い、明日は手が空くから訓練には参加出来るだろう。

 彼女が本当に噂通りの強さか分からないし、賞与の為に挑戦してみてもいいかもしれない。


「お前、闘武会と比べんのはおかしいだろ。あっちは二千万って大分ぶっ飛んだ額だろう?」


「王国兵士も参加できますけど、一度でも大会を見た事があれば基本的に出ませんよね。個人戦だから絶望的」


 闘武会を彩るのは、大概はトバルで鍛え上げた猛者たちが多数。

 それからサイラスの一部の魔法使いだけである。

 過去の大会でも本戦が始まる頃には彼等以外の者達は姿を消している。

 よって、個人戦では僕らに勝ち目はない。


「俺らだって、集団戦なら負けねえよ」


「出た、先輩の口癖」


「阿呆。何の為に俺達が毎日毎日手の豆を潰しながら訓練してると思ってんだ。そこを譲ったらお前、存在価値が無くなっちまうだろうが」


 近衛騎士団に限らず、王国軍には人族が多い。

 過去に国の母体となったのが元帝国のガルシア領という事で、その名残とも言われている。

 人族ときたら身体能力で獣人族に負け、魔法でエルフに負け、器用さや武器の扱いでドワーフに負け……結果、王国軍兵士はひたすら集団戦を磨く羽目になった。

 たまに人族寄りのハーフやクォーターで強い者は居るが、極少数だ。

 純血の人族にとって厳しいことには何も変わりがない。


「まあ団長だけは人族にしては強いですけど、何せあのお年ですからね」


「そうだな。人族の称号持ちも、剣聖様が居なくなってからは絶えて久しい。いい機会だ、俺らの眼で見極めようじゃないか。そのお弟子とやらが相応しい力を持っているかどうかを」


「うわー、先輩偉そうですね。僕とほとんど個人戦の成績変わらないのに」


「……お前は少しでも先輩を敬う気はないのか?」


「ははは。しかし、この訓練にどんな意味があるんですかね?」


 闘武会も近く、城内も総じて慌ただしい。

 上の人間は何も教えてくれないが、サイラスあたりから来たような学者が何人も城内を行き来しているのだから知らされていない何かがあるんだろう。

 この状況を押してでも訓練を決行する、というのだから。


「うーむ、一つはガス抜きじゃないか? 俺らの」


「あー、クソ忙しいですよね。ここ最近は」


 くだんの学者軍団の所為で、警備の手は大忙しだ。

 人の出入りが多いから身元の照会やら何やらで城の出入り口は連日大渋滞が起きている。

 しかし、だからと言って手を抜いて万が一にも不審者を城内に入れる訳にもいかない。


「後は、アレだろ? あの剣士ちゃんに立ってる妙な噂。あれがな」


「すげーイロモノばっかですよね」


 曰く、空高く舞ってワイバーンを剣で真っ二つにしたとか。

 かと思いきや、剣士とは思えない魔法でワームの大群を焼いたとか、今もその炎が坑内で燃え続けているとか。

 拳のライオルに勝って子分にしているとか。

 この三つの戦闘は、あの有名な肖像画家フィーナ・ラザの絵で帝都に出回っている。

 複製画が、高額ながらも飛ぶように売れているのだとかなんとか。

 僕も絵が売っているところだけは見た事がある。

 ……何というか、全体的に現実離れしたものが多かった。


「そうそう。どれも行き過ぎてて怪しさ満点だろ? それと、あの嬢ちゃんの姿、絵以外でお前見たか?」


「いえ、見てないですね。どうせ絵は誇張してあんなに美人なんでしょ?」


 実物に会うとがっかりするパターンでしょ?

 知ってる知ってる。


「いや、それがよ。ありゃあ半端ない美女だぞ。リリ姫様にも見劣りしないレベルの」


「まっさかあ。リリ姫様だって、一生に一度お目に掛かれるかどうかっていう程の美人じゃないですか。そんなのがその辺にゴロゴロ居るわけないですよ」


 初めて見た時は精緻な人形が歩いているのかと見間違えたほどだ。

 その神秘的な少女の容姿に、内外を問わず非常に人気が高い。

 スパイク様と共に居ることも多いらしく、次の後継者として期待の声も大きい。


「へっ、まあいい。どうせ明日には見られるんだからよ。実際に見た奴は、美人過ぎて噂の胡散臭さが倍増したってもっぱらの話だぞ。俺もそんな気がした」


「容姿が上等過ぎると警戒され易いってことですか? そういや、この前捕まった詐欺の常習犯の女、割と普通の見た目でしたよね」


 ああいう感じの方が警戒されないもんかな。

 出来過ぎているものって、本当の本物以外は何でも嘘っぽく見えるもんな。

 人間の場合だって少し抜けてる位が信用され易い気がする。

 まあ、僕らは抜け過ぎてて穴だらけだって言われるけどな!

 何でも程々が一番ってことだね。


「ああ、あの詐欺師の女か。確かにそうだったな。だがまあ、俺らは兵士だし、武人だ。実際に武器を取って向き合えば、相手が嘘つきかどうかなんて分かるだろ?」


「実際に武器を取って向き合えば分かる! キリッ! ……いやー先輩カッコいいっすねー憧れちゃうなー」


 僕だったらそんな台詞言えないなあ。

 恥ずかしくて。


「おいてめえ上等だ! 表に出ろ、五十一敗目をお前の体に刻んでやる!」


「何言ってるんですか先輩、僕は次負けても五十敗目ですよ! 先輩でしょ五十一敗目は!」


 負けられない低レベルな戦いがそこにはあった。




 訓練当日。

 練兵場には多くの兵士が集まっていた。

 大体、警備を除いた二百人程度だろうか?

 みんな五十万ルシが欲しいんだな……非番で来ていない者がほとんど居ない程度の人数だ。

 勿論、僕も金は欲しい。

 訓練用の木槍を担ぎ、こちらの準備は万端だ。

 隣には見飽きた先輩のツラ。


「先輩、まだですかね?」


「ミディール様から訓練の説明があるって聞いたぞ」


「ああ、ミディール様ですか。あの人も大変ですよね」


 ミディール様は騎士学校を出てすぐ、情報部所属になった人だ。

 容姿端麗で皮肉屋、しかも若い上に地位が高い。

 これだけ聞くと一見嫌われやすそうな人だが実際は違う。

 スパイク様と父親である情報部長ダグザ様の命を受け、僕ら以上に忙しそうに毎日走り回っているため余り反発はない。

 「城内一の苦労人」との呼び声も高く、本人は知らないが女性だけでなく男からも人望がある。

 そして、その当人が出てきた。

 どうやら団長も一緒のようだ。

 ミディール様が声を張り上げる。


「今回の訓練のルールは簡単だ。ここに居る全員が順番にカティア殿と模擬戦をする。それだけだ。順番はくじ引きで決め、賞金に関しては最初に倒した者に与えられる」


 全員? まじで? そんなに体力持つのか?

 しかし、くじかー。

 参加者は多いし、最後まで回るかな?

 どれだけ強くても途中で疲れてしまうんじゃないかな。


「くじに番号が書いてあるから引いたものは順に並べ。もたもたするな、それでも騎士か!」


「先輩、行きますよ」


「おう……あれ? 団長もくじ引いてねえか?」


「あ、本当だ。参加するんですかね」


 見るとアイゼン団長も、くじを引いている。

 茶の髪に白髪が混じり始めているが、未だその強さは衰えていない。

 今でも戦場で陣頭に立って指揮をとる模範的な騎士である。

 普段は程よく力の抜けた気の良いオッサンだが。

 そしてようやく僕らまでくじの順番が回ってきた。

 紙を開いて番号を見ると――二百八……。

 これ、かなり後ろの方では?


「先輩、どうでした?」


「俺か? ……二百七」


 連番かよ。

 そして実際に並んでみると……。


「ブービーかよ!」


「くじ運悪いな、二人そろって。こりゃあ俺らまで回ってこないんじゃないか?」


 先頭の奴は喜んでいるな。

 勝てると踏んでもう五十万を手に入れた気でいるらしい。

 くそう。


「そう慌てなさんな、若人たちよ。敵を見ない内から大きく見るのも小さく見るのも駄目だと教えた筈だろう?」


「いや、しかしですね団長」


 ちなみに最後尾はアイゼン団長だった。

 名前を憶えて貰えているかは分からないが、僕らも何度か指導を受けたことがある。

 彼は落ち着いた所作で、その場に静かに佇んでいる。


「おい、来たぞ」


 先輩が前を見るように促す。

 練兵場の入り口から、長い髪の女性が歩いてくる。

 列は幾つかに分かれているので、ここからでも十分に見える距離なのだが……。

 僕は今、多分目を見開いていると思う。


「はぁー……」


「おい、目も口もかっぴらいてるぞ。閉じろ閉じろ」


 長く赤い髪を揺らして現れたのは、極上の美女だった。

 髪を後頭部で一つに纏め、そのまま垂らしている。

 妖しく輝く瞳も燃えるような赤で、何よりも――。


「すんげえスタイル……」


「だよなあ……ありゃ、姫様には無いもんだよな。だって、ひん――」


「ダメですよ先輩! 姫様の信奉者に殺されますよ!」


 スレンダーと言って差し上げろ!

 しかし、本当に凄いな。

 こう、凹凸というか……。

 手足も長い。

 背も女性にしては高めだが、メリハリのあるスタイルの良さも手伝い非常に迫力が。

 何というか、立ち姿に華がある。

 ミディール様がざわめく場を手で制して静め、それから再び声を張る。


「こちらがカティア殿だ! 本日の訓練を手伝って下さる! さ、カティア殿、何か一言どうぞ」


「あ、あのー……えっと、本日は貴重なお時間を頂き有難う御座います。精一杯務めますので、どうぞよろしくお願いします」

 

 ……謙虚!

 先輩も驚いた様に僕の方を見た。


「見た目に反して腰低いぞ、あの嬢ちゃん。なあ?」


「いやーびっくりです。僕はてっきり、高圧的な女王様みたいなのを想像してました」


 この私が相手をして差し上げるわ、光栄に思いなさい!

 みたいな。

 だって、目元がきりっとしてて目尻は吊り上がっているし……。

 意外過ぎる発言に、他の参加者も面食らっているようだ。


「お、始まるぜ」


 一人目の男の得物は……剣か。

 彼とは余り面識がないので、僕にはどの程度の実力かは分からない。

 赤毛の剣士、カティアさんは長剣と短剣の二刀。

 ただし訓練なのでどちらも木製。

 模擬戦なので武器を落とす、不利な体勢で武器を突き付けられる、一撃を貰う、のどれかで決着となるのが基本ルールだ。


「……ふうむ、駄目だな。オーラの質に差があり過ぎる。完全に油断しているにしてもこれは酷い」


「え? どういうことです、団長?」


 つい発した疑問の答えを得る前に、試合が始まる。

 まずは両者が軽く木剣を打ち合わせた瞬間――。


「なんじゃあこりゃあ!?」


 男が叫ぶ。

 彼の手元の木剣は、粉々に砕け散っていた。

 対するカティアさんの剣は、全くの無傷である。

 ……無傷である。

 まじかよ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ