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剣聖の弟子  作者: 二階堂風都
第五章 王都ガルシア
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無垢

「服とかって、着られる?」


「うーん。多分、わたしお兄ちゃんにしか触れないよ?」


 何ですと!?

 そりゃ困った。

 服もすり抜けるってことか?


「じゃあ……どうしてその姿なの?」


 この娘は生まれてからなら十七歳。

 目覚めていた時間だけを考えれば一歳程度。

 目の前に居る姿はそのどちらにも該当しない。


「前にお兄ちゃんの体を借りた時にねー」


「ちょっと待って、これは君の体でしょ?」


「それはもうお兄ちゃんのでしょー」


「え?」


「わたしの体はお兄ちゃんと精霊さんがくれたこの体だよ?」


 当然のことのように話す自然な笑顔に、私は――。


「どうしたのお兄ちゃん!? お腹いたいの?」


「なんでも、ないよ」


 胸が苦しくなった。

 だったら、この体は君の両親が君に与えたものなんだから、私が預かっているのはおかしい。

 そんな考えもぎる。

 しかし、このはきっとそれを分かった上でこう言っている。

 言ってくれている。


「お兄ちゃん? ――むぎゅ」


「……」


 私は、目の前の小さな体を抱きしめた。

 言葉にしなくても伝わる事がある。

 言葉を交わせなくとも、私達はずっと一緒だった。

 話したいことが沢山あった筈なのに、この娘の笑顔を見たら何も言えなくなってしまった。

 だが、これだけは伝えなければならない。


「ごめん……ごめん、なさい……」


 こんな姿にしてしまって。


「お兄ちゃん……」


 小さな手で優しく抱き返してくれる。

 そして、もう一つだけ。


「……ありがとう……」


 生きていてくれて――。




 あー、落ち着いた。

 最近泣いてばっかりだ。

 やっぱり中の人が累計四十歳付近だから涙もろく――


「お兄ちゃん、変なこと考えてる?」


「何故分かった……じゃなくて、話を戻そうか?」


「なんだっけ?」


 小さく首を傾げるが、自分の姿を少しは見てほしい。


「服とかの話。何でその姿なのかって」


「あーそっか。前に一回体を借りたときにね、すごく歩きにくかったの」


「歩きにくい?」


「うん。背が高くてこわいし、お胸も重たいし」


「……」


 いや、どちらも私の所為ではないし。

 健康に気を付けていたら勝手に育っただけなのに。

 ……まあいい。


「うん、それで?」


「だからこの位が丁度いいかなって、そう思ったらそのとおりになったよ」


 ふむ?

 つまりイメージ次第ってことか。

 だったら服もそうなのではないか?


「どうして服はイメージしなかったの?」


「早くお兄ちゃんに会いたくてあせっちゃった」


 何だこれ、かわいい。

 シスコンになりそう。

 いかんいかん。


「じゃあ、試しにやってみようか。どんな服がいいかな?」


「白いきものとかワンピースがお兄ちゃんの世界ではていばんじゃないの?」


「いや、君幽霊じゃないでしょ」


 変な知識を吸収してらっしゃる。

 まあでも、裸よりはいいか。


「……取り敢えずワンピースにしよっか」


 和風とは程遠い容姿だから、着物よりはいいだろう。


「うん!」


 返事と共に体が光に包まれる。

 光が収まると、白いワンピースを着た赤毛の少女の出来上がり。


「似合う?」


「うん、似合う似合う」


「わーい!」


 くるくると回って喜ぶ。

 無邪気だな。

 しかし、これってお金を掛けずに御洒落おしゃれし放題なんじゃ?


「それでね、お兄ちゃん!」


「うん、何かな?」


「わたしに名前をつけて!」


 ……ああ、確かに必要だ。

 名前か、うーん。

 ジークみたいにポンと出てはこないなあ。


「何か希望はあるかな?」


「お兄ちゃんの前の名前でもいいよ! とりかえっこ!」


「いや、男の名前はちょっとね……んー、でも和風の名前もありか」


 ミズホちゃんとかキョウカさんとか居るんだし。

 それほど浮かないんじゃないかな。

 考えること、数分。


「アカネ、なんてどう?」


「あー知ってる! こんな色だよね?」


 そう言って髪を見せてくる。

 私達の髪色はどちらかと言えば深紅だが。


「うん、大体合ってる。昔、私のおばあちゃんが――あ、前世のね。おばあちゃんが茜色の着物をよく着てたんだよね。その色が優しい赤色って感じでいいなあって思ってたの。……どうかな?」


「うん! じゃあわたしはアカネだね!」


 よかった、受け取ってくれた。

 そんな名前ヤダ! とか言われたらこのまま寝込む所だった。

 不貞寝ふてねである。


「お兄ちゃん、また変なこと考えてる?」


「だから、どうして分かるの……?」


「なんとなく!」


 どうやら憑依状態でなくても、ある程度こちらの感情を読めるようだ。

 ……さて、少し休ませてもらおうかな。

 邪魔な装備を外し、服を緩めて体を横たえた。


「お兄ちゃん、寝るの?」


「うん、もっと話したいけど、少し休ませてね」


「はーい。分かったー」


 では布団を掛けまして、おやす――


「カティアちゃんが倒れたって聞いたんだけど!」


 バン!

 と、力強くドアが開け放たれた。

 声の主はフィーナさん。


「……あれ、カティアちゃん縮んだ?」


「あ、フィーナちゃんだー」


「……」


 このまま布団に入っていても良いですか?

 ……駄目ですか。


「フィーナさん、私はこっちです」


 どのみちいつまでも隠してはおけないだろう。

 話すべき時が思ったよりも早かっただけだ。

 のそのそと布団から出て、フィーナさんに呼び掛ける。


「あれ、カティアちゃん? が、二人!?」


 目を白黒させているフィーナさんの後ろから、息を切らせたルミアさんが現れた。


「すまん、カティア……休んでいるからそっとしておけと止めたんじゃが」


「いえ……折角なので、ニールさんとライオルさんにも説明しますよ」


「よいのか? 体もキツイじゃろうに」


 何とか普通に立って歩ける程度には回復してきたようだ。

 不調には違いないが。


「はい。このまま黙っている方が不義理ですから。どこか部屋をお借りしても?」


 ここは手狭だ。

 これ以上人数が増えるのはよくないだろう。


「しからば、先程使っていた会議室でいいじゃろ。全員集めておくから、後からゆっくり来るがいいのじゃ。ほれ、フィーナ行くぞ」


「え、でも小さいカティアちゃんと普通のカティアちゃんが――ってルミア様押さないで、出ます、出ますってば!」


 あそこ、会議室だったのか。

 ルミアさんとフィーナさんの声が遠くなっていく。


「じゃあ行こっか」


「うん。お姉ちゃんの中に入ればいいんだよね?」


「そうそう。事情を知らない人に見られると困るからね」


 学習能力高いな。

 アカネの頭を軽く一撫ですると、猫のように目を細めた。

 癒される……。




 会議室で事情を説明すると、三者三様の反応を見せた。

 アカネという生き証人とルミアさんのフォローがあり、説明自体はスムーズに終わったのだが。

 ライオルさんは呆れた顔を。

 ニールさんは素直に驚きを。

 フィーナさんは怒っている。


「変わった奴だとは思っていたが、ここまでとはな。まあ、お前が強い事には変わらねえんだし、俺は今まで通りいかせてもらうぜ」


 と、ライオルさん。

 特に態度に変化がないのは非常にありがたい。

 ニールさんは……うん、固まってるな。


「あの、ニールさん」


「! はい!」


「ごめんなさい、今迄黙っていて。……やっぱり気持ち悪いですか? 前世が男だなんて」


「いえ、そんなことはないっす! ……あの、カティアさんは今でもご自分が男だっていう意識は強いっすか……?」


 その質問、何か意味があるのだろうか?

 聞かれたからには答えるが。


「そうですね……。体に引っ張られると言いますか、感情が出易くなったり……悪い事ばかりでなく二つ以上の事を同時にやるのが上手くなったり……」


 恐らくだが、私の場合は二刀流なんて男のままだったら出来なかったのではないだろうか。

 前世ではかなり不器用で、二本の手をこれだけ別々に動かすことなど考えられなかった。


「それと程度は分かりませんが、精神的にも多少は女性化しているかもしれないです」


「そ、そうっすか。……だったら、別にいいんすかねえ?」


 ? 今一つ意図の分からない質問だったが。

 私に対して嫌悪感などは持っていないようなので、一安心か。


「ニールくん、変な顔ー」


「え、まじっすかアカネちゃん」


 既にアカネとも仲良く話しているし、うん。

 さて、フィーナさんだが。


「……」


 怒りが伝わってくる。

 どうしよう。


「あの、フィーナさん」


「アタシが怒ってるのは、黙って死ぬかもしれない事をしたこと」


「……はい、ごめんなさい」


 尤もだ。

 何も返す言葉はない。


「でもね」


「?」


「それに気付けなかった自分が一番情けないわ……ごめんねカティアちゃん」


「な、どうしてフィーナさんが謝るんですか」


「だってサイラスの花火の後、カティアちゃん元気なかった。気のせいかもって思ってたけど涙の跡もあったし。その前の、地竜の時だって」


「話さなかった私が悪いんです。フィーナさんは何も――」


「ううん。でも、今度からはちゃんと話してね。約束よ……?」


 私は、何をやっていたのだろう。

 前にフィーナさんが話してくれたじゃないか。

 母親の死がきっかけで絵を始めたと。

 彼女もルミアさんと同じ、見送る側の辛さを知る人だというのに。


「はい、約束します」


 今度は間違えない。

 固く、心に誓う。


「二人とも、ケンカしたの?」


 謝り合っている様子を見てか、アカネがそんなことを言った。

 喧嘩、ではないかな。


「……どちらかというと、お互いの大事さを再確認したって所かな」


「うんうん。アタシとカティアちゃんはラブラブなのだ」


 フィーナさんが体重を掛けながら腕を組んでくる。

 あれ、何か嫌な予感が。


「わたしもー」


 アカネが子供らしくフィーナさんの真似をする。

 何故かしっかりと重さを感じるのは不思議な所だ。

 だが、思い出してほしい。

 私は疲労でフラフラなのだ。

 だから、つい言ってしまっても仕方ないと思う。


「二人とも、重いです……」


「あー! また乙女に向かって重いって言った! 二回目じゃない、許さん!」


「ゆるさーん」


 その後、二人に振り回されて更にふらふらになった私は、ライオルさんに背負われて客室に戻る羽目になった。

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