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剣聖の弟子  作者: 二階堂風都
第五章 王都ガルシア
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精霊と奇問

「待てい、リリよ。どうしてそう余に似てせっかちなのだ」


 スパイクさんが姫様の手を軽く叩き、止めた。

 人型の炎が霧散する。


「いたい……御爺様、どうして止めるのです……あの精霊、本当に弱ってる……」


 姫様の私と同じという言葉、精霊を感じ取っている様子から、もしかして大精霊は姫様に憑いている?

 今のは、火の――?


「物事には順序があるであろう。カティア、話はルミアから聞いた。まずはこちらから大精霊が現れた経緯について説明する。その後、お主に簡単な質問をしたい。よいか?」


「今の私は、大精霊の力にすがるしか方法がないのです。何なりと」


 スパイクさんが説明してくれるようなので、余計な推論はやめて話を聞くことに専念する。

 椅子を勧められ、四人で座った。

 私の隣にルミアさん、対面にスパイクさんとリリ姫様という配置。


「大精霊が現れたのは一か月前……それは突然の事であった」


「……朝起きたら……ベッドの横に四人? 四柱? の精霊が……私は、思わず叫びました。……キャーチカン、と……」


「あの、ルミアさん。姫様が無表情でおかしな事を仰っているんですが」


 先程の炎の大精霊も、人の形こそしていたが明らかに人ではなかった。

 見間違えるというレベルではない。

 対面の二人には聞こえないようにルミアさんと小声で話す。


「言うな。ちょっとポンコ……他とは感性がずれとるだけじゃ」


 今、ポンコツって言いかけなかった?


「大精霊達が語ったのは主に三つ。一つは、自分たちがどういう存在なのか、精霊とは何か。これが現在の混乱の元となっている、魔法理論を根底から覆した内容であるな」


 ルミアさんの手伝いで書類をたくさん見たから、これに関しては問題ない。

 魔法の発動に精霊が関係していたというあれだ。


「二つ目、大精霊も自分達が発生した原因は分からないということ」


「発生した? 最近になって大精霊は生まれた、と?」 


「どうもそうらしい。我が国と帝国との国境付近で精霊が急速に集まった、という事しか分からないとのことだ。帝国の関与も疑い、情報部に探らせているが成果はかんばしくない」


 確かに不自然だ。

 国境付近という場所が余りにもきな臭い。

 何らかの作為的な力が働いたと思う方が正しいかもしれない。


「三つめ。精霊は魔力に反応して移動する性質がある。故に、大精霊達もある魔力に反応して移動を始めた」


 ルミアさんの書類にもあったな。

 精霊そのものは存在の維持に魔力を必要とはしないが、魔力に引かれて動く性質があると。

 だから魔法を使うときに精霊の存在を意識しなくても魔法が発動する、ということらしい。


「移動し、行き着いたのがここだ。どうやら、リリの魔力に反応していたらしい」


「姫様に? 四柱全てが、ですか?」


「うむ。王家では、昔から優れた武人や魔法使いの血を積極的に取り入れた。帝国との終わらない戦争が常である故、致し方ないことであったが……リリは、四属性持ちの魔法使い、俗に言うエレメンタルマスターであるからして」


 つまり姫様は傑出した魔法使いであると。

 だが、優秀な魔法使いなら隣にも居るのだが。


「ルミアさんには大精霊は反応しなかったのですか?」


「しなかったのう。ハイエルフだと駄目なのか、それとも他の要因かは分からんが」


「そうですか。でも凄いですね姫様、四属性なんて」


「……でも、遺伝だから……私が凄い訳じゃない……」


 妙な言い方をするな。

 持って生まれた力を、好んではいないと?


「結論、精霊に見初められたとでもいうべきであろうか。どこぞの馬の骨に大精霊が渡るよりはありがたいが、今以上に体に負荷が掛からないか余は心配である」


「ん……大丈夫、御爺様。……ただちょっと、騒がしいだけ……」


「騒がしい?」


「言うたじゃろ、カティア。精霊は死んだ者のなれの果て、大精霊はその集合体だと。姫の話によると、その思念の欠片の様なものが時折漏れてくるらしい」


「それは、本当に大丈夫なんですか?」


 不意に自分以外の思念や感情が流れ込むってことだろうから、精神的にキツイものがあるのではないだろうか。

 それがどんな種類のものかは分からないが。


「……大丈夫……大精霊に憑かれた後、一週間位ベッドから……起き上がれなくなっただけ……」


「全然大丈夫じゃないと思います」


 寝込んでいるじゃないか。

 表情が変わらないから冗談なのか本気なのか分からない。


「さて、ここからは余の個人的な質問となる。話の通り大精霊はリリと共にあり、リリは既にお主に力を貸すと決めておる」


「ん……私に、出来る事なら……」


「ありがとうございます!」


 良かった、本当に。

 後は大精霊次第だ。


「余の質問には、気楽に答えて貰いたい。どう答えようと大精霊と会う事を邪魔などはしないと誓おう。単に、お主がどういう人間なのか知りたいという事なのだ」


「はい」


 どんな質問をする気なんだろう。

 相手の人間性を知りたいという事は、それなりに真面目な話の筈。

 スパイクさんがキリリと締まった表情をする。


「お主の前世は男、だったな?」


「ええ、そうですが」


「その体に魂が引き込まれ、女子の体になった訳だが……男として、正直興奮せんかったか?」


「…………………………は?」


 何言ってんの、このおじいちゃん。

 真面目な話……じゃないのか?


「……御爺様、サイテー……」


「な、なんじゃその質問は!? 不潔、不潔じゃ!」


 女性二人から非難の視線がスパイクさんに突き刺さる。

 しかし年上の方が初心うぶな反応なのはどういうことだ。


「ま、待て! 一応意味がある質問なのだ、待ってくれ! ど、どうなのだカティア」


「そ、そうですね、私も元は男です。異性の体に入って、興味が沸かないわけもなく」


「……」


「カティア……お主……」


 冷えた視線が今度は私に。

 針の筵だ……。

 完全にとばっちりですよ、スパイクさん。

 はあ。


「ですが御存知の通り、この体は元々彼女のものです。どこまでいっても私にとっては借りものであり、他人の体」


「確かにそうであるな。正確には魂の同居、とでもいうべきか」


「ですから、出来うる限り大事に扱ってきました。食事に気を付け、生活リズムも崩さずに、体を返した時に簡単に魔物に殺されないよう、体も鍛えてきました」


「……その割に、ちゃんと腕も足も……細いように見える……」


「これでも気を使ってきたんですよ。女の子ですから、あまり太い腕や足になったら嫌かと思いまして。しなやかな筋肉になるように、体幹を重視して鍛えたり……」


「苦労したんだのう。それが結果的に、剣に適した体に導いたのかもしれんが」


「はい。まあ、髪の毛のケアとか肌の手入れとかは、村の女の子にお世話になりっぱなしでしたが……所詮は男ですから、行き届かない場所も多かったですね……ハハ……」


「……そんな事ない……とても、綺麗……」


「実はですね、ずっとその手の、容姿に関する言葉は聞こえないフリをしていたんですよ。自分の美醜に関する判断力の低さもあるのですが、怖くて……ちゃんと彼女に恥じないように保てているか、不安で」


「何を言っとるんじゃ。大輪の花のように美しく育っておるよ、その体は。のう、スパイク」


「うむ、男なら誰もが振り返る様な美しさであるな。その発育し過ぎた胸も含めて」


「…………御爺様……やっぱりサイテー……」


「むお! 口が滑って――待て、リリ! そんな顔で余を見るな!」


「そうですか……ちゃんと、綺麗に育っていますか。良かった……」


 少し、肩の荷が降りた気分だ。

 もっとも、もうこの体を返せる可能性は限りなく低くなってしまったが……。

 姫様の澄んだ瞳が私を見た。

 何か言いたそうだ。


「…………あなたは、優しい人」


 優しい?

 私が?


「どこがですか。私は結果的にとはいえ、この体を乗っ取ったようなものなんですよ。今に至るまで、積極的に彼女が戻れる手段を探そうともしなかった」


「しかし、それまでは魂が一つに溶け合っていたという感覚があったからじゃろう? 事実、魂が分かたれてからもう一つの魂が弱りだしたのじゃから、お主に落ち度はない筈じゃ」


「ですがルミアさん、それはただの言い訳にしかなりません。何も行動を起こさなかった事に、変わりはない」


「……でも、その娘がもし戻れたら……あなたは……体を返せるなら自分は消えても構わないと思っていた……違う?」


「っ! だとしても、何の意味もない! もう彼女は、この体を取り返せないかもしれないのに!」


 つい口調が荒くなってしまった。

 分かっている、ただの八つ当たりだ。

 だが、抑えが効かない。


「お主は誠実で、優しい男であるな。悪く言うなら愚直であると言ってもよい。黙っていれば誰にもその体、その魂が別のものであるとは気付かれなかったであろう」


「……」


 確かにスパイクさんの言う通りだ。

 人間は欲深い生き物だ。

 彼女の存在を無かったことにしてこの世界で自由に生きる――。

 一度もそれを考えなかったと言えば嘘になる。

 俺だって死ぬのは、消えるのは、怖い。

 だがそれ以上に彼女があの暗闇の中でくれた暖かさが忘れられない。

 「守る」と、約束したことも。


「余はお主のような男にこそ、リリの傍に居て貰いたい。出来るなら、リリの事もその調子で守ってくれると嬉しい。今はその娘の魂の事で頭が一杯だろうが」


「……私も、あなたを気に入った……落ち着いたら、もっと色々話をしたい」


 俺に、その言葉を受け取る資格があるのだろうか。

 彼女にもう一度会えるまで、答えは出そうになかった。

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