一角獣の城
王城は石造りで、白い石材が多く使われている。
一言で表すなら白亜の巨城といった風情だ。
中央に高い塔が一本建っている。
どうやら一角獣を模しているらしく、門にレリーフが入っていた。
記憶が曖昧だが、確か王家の紋章も一角獣だったかな?
「こちらだ。ついてくるがよい」
その王城内へはフリーパスで通れた。
実質、現在の最高権力者が一緒なのだから当たり前だが。
スパイク元王を見咎めた時の衛兵達の諦めたような顔が印象的だった。
「カティア、ティムの様子はどうであるか?」
「え、っと。歩きながら話しても良いのですか?」
周囲には衛兵、それから学者らしき人々が歩き回っている。
私が持っていたイメージとしての王城らしい荘厳さや静けさとは無縁だ。
普段の様子は分からないが、精霊の所為か、闘武会の影響か、事前に聞いた通り慌ただしい状態である。
「構わぬだろう。聞かれて困る話は部屋に入ってからするが、ティムの様子は今すぐに聞きたい」
せっかちだな。
まあ、わざわざ自ら出向いて来る位だしな……。
「諦めてくださいカティア殿。スパイク様はこういう御方です」
ミディールさんが溜息交じりに呟いた。
「爺さまは腰以外は健康です。今は村長のお宅でお世話になっています」
村の名前は出さない。
爺さまは所在を隠して住んでいるからな。
誰かの耳に入ったら困る。
「ほう、何であれ一人でやろうとするあの男が人の世話にな。いやな、ティムは筆不精という訳ではないが自分の事をほとんど書かぬ」
「では、どんな手紙のやり取りを?」
「あれはもう、ほとんど育児日記であるな。やれカティアが初めて立っただの、剣を始めただの、料理を作ってくれただの――」
「……」
爺さま……嬉しいけど、恥ずかしいです。
小学生の頃の運動会の映像を、勝手に他人に見せられたような気分だ。
「こうは言っていますが、カティア殿。スパイク様の手紙も似たようなものです」
「ミディール、やめよ! 言うでない!」
「この方達の手紙のやり取りは、ただの孫自慢です。政情に関するやり取りの方がむしろオマケです」
何だそりゃ。
真面目な顔して今でも手紙のやり取りをしている、なんて言っていたから、てっきり政情関連がメインだと思っていたのに。
実態は逆だったようだ。
「ミディールッ! 何故、余らのやりとりを晒す!? 威厳が無くなるであろう!」
「最初からゼロのものに何をかけてもゼロです。スパイク様、御自身が在位なさっていた頃の事を思い出してみてはいかがですか?」
「ぬぅ! だが、旧友の孫にくらいは格好をつけてだな」
「直ぐに剥げるメッキに価値があるとは思えませんが」
何だろう。
ミディールさんが遠慮しない性格というのもあるだろうが、随分と親しみやすいおじいちゃんだ。
「あの、スパイク様はいつもこんな様子なんですか?」
スパイクさんはミディールさんに突っかかっているので、私は旧知であるところの二人にも聞いてみた。
「アタシも最初身構えて会いに行ったんだけどね、もう全然そんな必要なかったわね。せっかちで、決断が的確で、でも隙だらけの面白い人よ」
「ああ、話せる御人だぜ親父さんは。偉そうなのは言葉遣いだけだ」
「へえ。ニールさんはどう思います?」
「自分も驚いたっす。ミディから話は聞いてたっすけど、半分以上は冗談だと思ってましたから」
成程。
これは、実直で真面目な爺さまは苦労しただろうな……会ってようやく実感できた。
リーダーとして好かれるタイプなのは間違いないのだろうけど。
「相も変わらず口が悪いなミディールよ。不敬だと断じられれば罰を与えられかねんというのに」
「スパイク様はそんな事なさらないでしょう? だからこそ、多くの者に慕われてきたのですから」
「む? フフ、そうであろう? もっと褒めるがよい!」
おだてられて簡単に舞い上がったぞ。
新手の萌えキャラでも目指しているのか? このおじいちゃんは。
見ている分には面白い、うん。
「ゴホン。兎に角、ティムは息災なのだな?」
「はい、元気です」
「ならば良い。そうそう、そうであった、フィーナよ。そのほうの絵はここに飾ってあるぞ」
「あ、本当ですか? ……うわー、懐かしいなあ。五年前でしたっけ?」
王城の広い中央階段を昇った先、見覚えのあるタッチで描かれた絵が数枚飾ってある。
例の、以前フィーナさんが描いたという肖像画か。
三枚ある。
この知らない顔の二対の人物画は、アラン王とその妻だろうか?
神経質そうな顔をした茶髪の男性と、まるで人形のような、神秘的な顔立ちをした銀髪の女性。
そして、もう一枚がスパイクさんか。
ん?
「あれ、髪が」
肖像画の頭部にはフサフサとした茶色の髪が。
つい、声に出してしまった。
「空しいものであるな……息子も、髪も去って行ってしまった……」
「あの、コメントしづらいです。この女性は?」
「息子、アランの妃だったシルヴィアだ。息子の妻としては悪い女ではなかったが、その子供らの母としてはな……。一生をかけてアランを弔っていきたいと言うから、もうこの城にはおらぬ」
更にコメントしづらい。
それは生きているだけマシ、といっていい状態なのだろうか。
三人の子供を放って去ってしまうというのは、どうなのだろう。
「その、触れない方が良かったですかね」
「もう触れる髪は残っておらんぞ」
「そっちじゃないです」
「気にするな。このシルヴィアのおかげで孫たちは三人とも容姿には恵まれておる。物事は悪いことばかりではない」
「因みにスパイク王が特に目を掛けておられるリリ姫様は、シルヴィア元王妃様に瓜二つです」
「はあ。それは美人でしょうねえ」
「聞きたいか? 余の孫自慢」
「遠慮しておきます」
話し出すと長そうだし。
「残念であるな。む、キョウカ! リリの警護はどうした?」
やや慌てた様子の黒髪の女性がスパイクさんに向かって歩いて来る。
スパイクさんの言葉からして、姫様の護衛らしいが。
「スパイク様、ルミア様がお見えになられたのでスパイク様を探しに来ました。姫様はルミア様と一緒におられます」
ルミアさんが?
馬車でも使ったのだろうか、いつの間にか追い抜かれていたらしい。
称号持ちが傍に居れば、護衛が離れても問題ないということだろうか。
一瞬、姫様に危険でも及んでいるのかと身構えてしまった。
「なんと、間が悪いことであるな。キョウカ、こやつらの案内を。ミディールは共に」
「はい」
「では失礼します、皆様。じゃあニール、後でな」
「うっす。ミディ、また後で」
その女性を残し、スパイクさんとミディールさんが慌ただしく歩き去っていった。
黒髪の女性がこちらを見る。
おそらくフィーナさんと同年代、二十歳前後だと思われる。
「皆様、初めまして。私は姫様の護衛でキョウカと申します。大先生、お久しぶりです」
そう言うと、丁寧なお辞儀をした。
ライオルさんを大先生と呼ぶという事は……。
「おうキョウカ、出世したな。姫の護衛とは」
「あの、ライオルさん、もしかして」
「ああ。ミズホの姉で道場の出身者だ」
やっぱりか。
黒髪の時点でもしや、とは思ったが。
「あら? 妹をご存じなのですね。大先生、妹はご迷惑をお掛けしていませんか?」
「いや、同年代の纏め役としてよくやっている。お前ら姉妹は礼儀正しいな」
「ライオッサン、手紙手紙」
フィーナさんがライオルさんの脇腹を突く。
そう言えば、ミズホさんからお姉さんに手紙を預かっていた。
「お、そうだった。キョウカ、ミズホから手紙だ」
「まあ、あの娘ったら大先生を飛脚代わりに使うなんて」
飛脚って、何時の時代の人だよ。
確かこの世界の手紙を運ぶ人は普通に配達人とか呼ばれていた筈だが。
「気にすんな、ついでだ」
「ありがとうございます、大先生」
そう言うと、キョウカさんは大事そうに手紙を懐にしまった。
それから、私の方を向いた。
「貴女がカティアさん?」
「はい。初めまして」
私の事を知っているのは、やはり姫様の護衛ということで特別な立場なのだろう。
特に不思議はない。
「全て上手く行けば、貴女が私の同僚になるんですよね。闘武会、楽しみにしていますわ。……では皆様、部屋にご案内致します」
私を流し目で見つつ、案内を始めた。
うーん、言葉は丁寧だがどこか壁というか、何となく私を拒絶するような気配すら感じさせる。
どうしてだろう?
会ったばかりで何が分かるのかと言われればそれまでだが、気のせいだろうか。




