王都へ
「皆さん、一旦こちらへ」
ミディールさんが木立の奥、やや人目につかない街道脇の場所に私達を誘導したのは、いよいよ王都へ到着する少し前だった。
街道の往来はそれなりで、もう闘武会目当ての王都への移動は落ち着きつつあるようだ。
「王都の情報は耳に入っていますか?」
全員が揃い、ミディールさんが問う。
その辺りはルミアさんが話してくれたな。
「はい、ルミアさんから大凡は」
「それならば話は早い。今の王都では、既にカティア殿の噂が広まっているのですが」
「何か問題でも?」
「些かそれが情報部の予想を上回ってしまいました。最早制御が効かず……フィーナ殿、絵を見るタイミングで多くの者が最も感動するのはいつです?」
「うん? そんなの初見の時よね、大多数は。後からジワーッと良さが分かるものも勿論あるけどさ。初見のインパクトはやっぱり大事よね」
「よろしい、模範解答ですね。絵から転じて、要は民衆が今、カティア殿を町で見掛けたらどうなるか、ということです」
「偉そうに……それが何なの?」
「今の王都ではカティア殿の「絵」と「噂」が一人歩きした状態です。誰も見たことが無い実物を、一目見たいと思うのが人情でしょう?」
「まあ、確かに」
「初めてカティア殿を見た人は言うでしょう。「キャー、アレ絵の人? 本物じゃない? 見て見て!」「本当か!? 知り合いのアイツにも教えてやろう」「もっと近くで見てみようぜ」「こっち向いて!」と。こんな感じに混乱は必定です」
!?
ミディールさん、七色の声してる!
女の声まで出してたぞ、この人。
どんな声帯してるんだ?
もとい、どっからそんな声出てるんだ?
「何、今の女声!? 粗が無くて逆に怖いんだけど!」
フィーナさんが怯えた。
無理もないが。
ニールさんは知っていたのか、何とも言えない顔をしている。
「これは市民の扇動用です。そんな事よりも、王都の町中で騒ぎが起こるのは困るのですよ。闘武会が近く、治安維持の人員は既に手一杯です」
「はあ。でも結局、いつかは顔を見せなければならないのですよね?」
ずっと何処かに籠っている訳にもいかない。
そもそもの目的が、剣聖の弟子という立場を使った姫様の支援だった筈だ。
「そこで先程の話に戻るわけです。騒がれても問題ない状況……カティア殿には闘武会で初顔見せをしていただきたい」
「闘武会で?」
「はい。多くの観衆に予め顔を見せておけば、以降は王都の町を歩いてもそれほどの混乱は起きないでしょう。フィーナ殿が言うように、二度目は反応が薄くなる、ということです」
「む……要は警備が厳重で統制しやすい状況下でどんなものか見せると。そうすれば過剰な反応に対する予防になる、という理解で大丈夫ですか?」
「ええ、構いません。初見は慎重に、というのが今の方針ですね。それまでは城に居ていただきます」
城に……。
大精霊のことを考えれば好都合だが、随分待遇がいいな。
「話は分かったがどうやって王都に、更には城に入るんだ? カティアに変装でもさせんのか?」
ライオルさんが腕を組んで話を進めようとする。
もう飽きてきたな、会話に。
何となく分かるようになってきたかも。
「民衆は皆さんが思っているよりも目が良いものですよ。簡単な変装では露見する恐れがあります」
「じゃあ、どうするんすか?」
「例のマスクでもカティアに着けさせるか?」
「ふむ、私と間接キスをしても良いと?」
「え?」
「地面とキスさせるわよ、ミディール……」
「冗談です、フィーナ殿。あれは男性用ですし、一つしかありません。カティア殿が着けても違和感が出るでしょうし」
むう、変装が駄目となると目に付かないようにするしかないか?
「では、どうするんですか? 中が見えない馬車とか?」
「確か馬車は町中や城までの道を通れんぞ。俺の記憶が正しければ王都の入り口までだった筈だ」
ライオルさん、馬車に乗る機会でもあったのだろうか。
王都住みでもないのによく知っているな。
「ええ、馬車は使えません。そこに私が派遣された意味があります。王都には、情報部が使う為の地下通路があります」
「地下通路?」
「はい。それを使えば、町中を通らずに王城の傍まで通れます」
よくお話の中で王族が脱出に使うようなアレか。
でも、ここでは情報部用なんだな。
「なるほど。だがその通路、俺たちに教えていいもんなのか?」
尤もな疑問だ。
秘密の通路ではないのか?
「問題ありません。入り口、出口は不定期且つ頻繁に造り替えますし、中も外部の者が迷わずに通れるようにはなっていません」
「定期的に造り替え? 土魔法で、ですか?」
「ええ、専門職が居ます。王都の真下に複雑な空洞を造っているわけですから、上の建物にもしもがあってはいけない訳です。ミスは許されません」
王都の地下で崩落に気を使いながら掘って、埋めてを繰り返す仕事か。
気が遠くなりそう。
何にせよ、機密漏洩を気にする必要はないと。
「本来なら、私はカティア殿だけを城までお連れすれば問題ないのですが」
「ダメ」
「と、フィーナ殿がおっしゃるのは予想済みですから、全員で来ても構いません。どうされますか?」
「そこ、俺が通れる位に広いか?」
「問題ありません。高さは三メートルほどです」
「なら行くぜ。ここで別行動ってのも据わりが悪いしな」
「自分も行くっす」
「では、行きましょう。入り口は「此処」です」
言うが早いか、ミディールさんが足元に土魔法を放つ。
地面が捲り上がり、
「おお、空洞が」
階段が出現した。
足元を調べると階段を発見できるロールプレイングゲームみたいだ。
地下は真っ暗だった。
ミディールさんが先頭でランタンを持って案内する。
暗闇で揺れる炎を見ていると、つい彼女を思い出してしまう。
初めて会ったあの時を。
「出口までは後、五分程です。やや地上に近づきますから、なるべく物音を立てないように願います」
大精霊にはいつ会えるんだろう?
ルミアさんの手紙はもう届いているのか?
スパイク様は直ぐに会って下さるのだろうか?
……考えても仕様がないことばかりだ。
「ここが出口です。出て直ぐは眩しいですから、足元に気を付けてください」
ミディールさんが出口を土魔法で開ける。
外の光が射し込んでくる。
確かに眩しい。
目が慣れるまで少し掛かりそうだ。
私は最後尾なので、皆よりも遅れて外へ。
「遅いぞミディール。余は待ちくたびれた」
出口の先に人影が現れた。
余りよく見えないが、仕立ての良い服を着ているようだ。
そして日の光が何かに反射して私の顔に当たっている。
まだ目が慣れない。
「何をなさっておいでですか全く。数時間程度も待てないのですか?」
「余の性分は知っておるだろう。待てぬ」
え? 何この状況。
誰だ? 余?
「よお親父さん、久しぶり。穴倉から失敬」
「構わん。礼を欠いているのは余とて同じこと。息災だったか? ライオル」
「あ、スパイク様じゃない。相変わらずフットワーク軽いわね」
「フィーナか、久しいな。それから弟の騎士ニール、だったか」
「は、はい! お初にお目にかかります! こ、この度は拝謁を賜り――」
「よいよい、格式ばった挨拶は聞き飽きておる。そう固くなるな」
いや、今迄も大物にスッと会えたり予想外の見た目したりしてたけどさ。
これは無いだろう?
「あの、スパイク様、ですか?」
おずおずと確認する。
「如何にも。余がガルシア王国第七代国王、スパイク・ガルシア・ジェンキンスである。会いたかったぞ、カティア」
禿頭と白い歯がキラリと光った。
眩しい!




