情報部の男
鎮魂祭から一夜明けて。
「迎え? 王都から、迎えが来ると?」
朝、宿のラウンジでニールさんからもたらされた話である。
恐らく情報部に報告した結果こうなったのだろう。
ルミアさんは後から王都に向かうとの事で、昨夜の内に一時的な別れの挨拶を済ませた。
なので今はライオルさん、ニールさん、フィーナさんと私の四人で集まっている。
「そうなんすよ。本人の希望で、会うまでは正体を詮索無用と」
何それ。
隠すという事は大物か、それとも顔見知りのどちらかだろうか?
「その人、これからここに来るのよね?」
「はい、フィー姉。向こうから出向くって言ってたっす」
「何だ、勿体ぶった奴だな。そういうのは面倒な奴と相場が決まってらあ」
如何にもライオルさんが嫌いそうな感じだものな。
名前を明かして堂々と来る方がきっと好みなんだろう。
「面倒で申し訳ありませんね」
私達四人以外の声が会話に割り込んできた。
現れたのは、人族の金髪の青年。
一瞬、エルフと見紛うほどの美青年であるが耳は普通だ。
有体に言えば王子様系のイケメン。
表情はやや斜に構えた感じで明るくはなさそうだが、こういうタイプが好きな女性も居るだろう。
……ケッ。
「どうも、ライオル殿。お久しぶりです」
「何だよ、誰かと思えばダグザの小倅じゃねえか」
ライオルさんの知り合いか?
ダグザ?
誰だろう。
「ミディ、久しぶりっす! まさかミディが来るとは思ってなかったっす」
「ああ、ニール」
と思ったらニールさんとも知り合いのようだ。
見た感じ同年代だが……。
口調を崩しているということは?
「おっと、申し遅れました。私は情報部所属のミディールと申します。ニールとは騎士学校時代の友人です――初めまして、カティア殿、フィーナ殿」
やはりニールさんの友人だった。
ミディールを省略してミディか。
握手を求められたが、妙な感覚がさっきからある。
何だろう、この違和感。
「ご丁寧にどうも、ナナシさん……ん? あれ?」
私は、今なんと言った?
自分ではミディールさん、と呼んだつもりだったが。
「カティアちゃん、何言ってんの? 全然別人だけど?」
「まさか直感とはいえ即座に見抜かれるとは……いや、お見事お見事」
パチパチと手を叩く。
気障ったらしく、芝居がかった所作だ。
……この皮肉っぽい言い回しは、間違いない。
「本当にナナシさんですか。確かに体格なんかは一致しますが……その顔はどういう事です?」
変装?
どちらが変装だ?
今の姿か、元の姿か。
「貴女といい、剣聖殿といい、自信をなくしますね。タネはこれです」
「うわ、ナナシの顔の生皮! 気持ち悪っ!」
フィーナさんが悲鳴を上げる。
そう言ってナナシさん……じゃない、ミディールさんが取り出したのは精巧に作られたマスクだった。
ハリウッド映画で使うような特殊なマスク。
そうか、あっちの薄い顔が変装か……。
「良く出来ているでしょう? 人族の成人男性の平均的な顔を理想として作られたらしいです」
あの薄い印象はその産物か。
凄い技術だが、これも地球産の技術なんだろうか?
「マジでナナシなの? ……あのさ、アタシあんたに大分失礼なことを言われた記憶があるんだけど」
「そうですか? 私の記憶にはありませんが」
「……ニール、こいつ殴っていい?」
「駄目っすよフィー姉! 確かに口は悪いっすけど、根っからの悪人ではないっすから!」
「フォローはありがたいがニール。貴様、どうして私がナナシに変装していたと気付かなかった? 気付いたらお前にだけは直ぐに教えるつもりだったというのに。いくら何でも友人として酷いとは思わないのか?」
「うぐっ! め、面目ないっす……」
「それにしても、身元を隠して近づいたのはどうしてなんですか?」
別に、普通に情報部の人間として来ても不都合は無かったのでは。
「それはですね、カティア殿。全ては貴女を試すためですよ」
試す……?
「おいおい、さっきから人を蚊帳の外にしやがって。俺にも分かるように話しやがれ」
ああ、ライオルさんはナナシさんに会っていなかったな、そういえば。
確かに説明が必要だ。
「ふむ……私は身分を偽り、情報部員ナナシとしてこれまでカティア殿たちの旅をサポートをしてきました。ここまではよろしいですか?」
「ん、そうなのか? で、何の為に変装してたのかってことだな?」
「はい。スパイク様は、カティア殿の近衛兵としての適性を見たかったようで」
爺さまと同じ近衛の?
……まだ説明不足だな。
意図が見えてこない。
「具体的には、どんな適性ですか?」
「簡単に言うなら観察眼と察知力ですね。近衛として暗殺の警戒や、様子が不審な者はなるべく早く、且つ確実に除く必要があります」
「まあ、道理ですね」
「それらを見るために私という試験官を送り込んだ訳です」
「はあー。あの面倒くさがりの親父さんがなあ……孫馬鹿っぷりは健在か」
ライオルさん、スパイク元王を親父さんとか呼んでいるのか。
親しい仲なんだろうか。
「健在です。いえ、むしろ悪化していますね。一番可愛がっていたリリ姫様がいよいよ王座に近くなった今、周囲の人材は信の置ける者で固めたいようですね。カティアさんには、可能ならただの近衛でなく姫の最も近くで護衛に付かせたいのでしょう」
「で、こいつの結果は?」
「最初、カイサ村で会った時はがっかりしたものです。おそらく、私はただの個性の薄い男としてしか認識されていなかったでしょう」
正解。
情報部の人間はこんなものなのかなあ、としか。
しかし先程、爺さまの名を出していたのが気にかかる。
「そうですか。ちなみに爺さまは?」
「初見で変装を見抜かれました……いや、あれには私の矜持が粉々に砕かれましたよ。あの変装は自信作だったのですがね。……話を戻します。その後も、接触時に気配を消して近づいてみたり、変装を微妙に変えたりして試験を続けました」
ああ、アレは意味があったのか。
嫌がらせか何かかと思っていた。
「気配察知がどんどん早くなっていったのには瞠目しました。観察力に関しても、つい先日のトバルでは素晴らしかった。ライオル殿とは顔見知りだったので、念の為に接触は控えていたのですが……」
トバル……観衆の中に紛れ込んでいた、あれか?
「貴女はあれだけの人数の観衆から私を見つけ出しました。特に目立つ動きをしなかったにも関わらず。つまり、観察力も並ではない。つい剣聖様と比較してしまうのは貴女の境遇を考えれば仕方ありませんが……貴女はまだ若い。今後の伸びしろを考えれば合格、いえ、満点を出して尚、お釣りが来るでしょう」
「おいおいカティア。お前、勝手に近衛兵にされちまうぞ。それで良いのか?」
ライオルさんが気遣うような言葉をくれた。
こう見えて面倒見いいよね、ライオルさんは。
だが、これに関して特に思う所はない。
「うーん。まあ、爺さまもそのつもりだったんでしょうから、何とも言えませんね。後は、姫様が嫌がらなければ」
特に役職に拘りはないんだよな。
政情が安定したら村に帰るかもしれないし。
「貴女はお人好しですね。無断で試すような真似をされたというのに」
でも、抜き打ちでないと意味がない方面の能力だから仕方ないと思える。
これから殺しに行くと予告する暗殺者は……フィクションとか脅し目的とかなら居るかもしれないが、実際には居ないだろうから。
「構いませんよ、この位。話によると、元王としてではなく孫可愛さからなんでしょう? そういう個人的な我儘、嫌いじゃないです。ただ……」
「ただ、何です?」
越えてはいけない一線を守ってくれるなら、何も文句はない。
ただ、その線を越えたなら。
「私を試すだけなら構いません。しかし、それが私の周りの人に塁を及ぼすようなものだったら……話は別です」
「! フ、フフフフ……良い、実に良い。貴女の殺気を帯びた瞳はとても魅力的だ。王都に着いたら、二人で食事でもいかがですか?」
? 理解できない。
今の会話の何処に、気に入られる要素があったんだ?
食事? 私と? 何言ってんの?
「ミディ、何言ってんすか!?」
あ、ニールさんの台詞と思考が被った。
ホントにそうだよ。
「邪魔をするなよニール。私が強い女性が好きなのは知っているだろう?」
「いや、知ってるっすけど……」
「駄目よ、あんた口悪いし、何か気持ち悪いし! カティアちゃんに口の悪さが移ったらどうすんのよ!」
「そして、嫌いな女性は感情的で煩い女です。今、何か言いましたかフィーナ殿?」
「やっぱ殴る! ボコる! 埋める! 逆さにして湖に沈めてやるうっ!」
「フィーナさん、こんな場所で周りに迷惑かけたら駄目ですって! 凄い嫌そうな顔されてますよ、他のお客さんに!」
フィーナさんが暴れだした。
いや、さすがに一人掛けとはいえ簡単にソファーは持ち上がりませんから。
待って待って、その陶器はシャレになりませんって!
振りかぶらないで! 宿のだし絶対高いし、もし割れたら……!
あーーーーっ!
「どうでもいいがお前ら、出発予定時間過ぎてるぞ……」




