杖のルミア
「え、あの、貴女がルミアさんっすか……?」
問いを発したのはニールさんだった。
私達三人の疑問は一緒だったが。
「うむ。儂が杖のルミアじゃ。ぴちぴちの八十歳じゃ」
冗談でしょう?
見た目はどこからどう見ても十歳前後の少女だ。
利発そうなくりくりした目に、足元までありそうな長い深緑の髪。
それから、この長い耳はエルフの特徴だ。
普通と違うのはその髪色くらいか。
エルフは基本的に金髪だから。
「え、ドッキリですか?」
「どっきり? はて、どこの言葉じゃ? 何にせよ、お主等の様な反応は慣れっこじゃよ。ハイエルフって知っとるか?」
「ハイエルフ……? え、本当ですか?」
ハイエルフという言葉に反応したのはフィーナさんだ。
「知っているんですか、フィーナさん?」
「自分の種族の親戚、というか親みたいなもんだしね。……そっか、それでこんな姿……。ルミア様、話しても?」
「うむ。構わん構わん、ハーフエルフの女子よ」
フィーナさんをハーフエルフだと一目で見抜いた……!?
それとも知っていたのか?
「……はい、では失礼して。ハイエルフっていうのはね、カティアちゃん。普通のエルフよりも魔法の扱いに長けた種族なの。その上、寿命は半永久的とも言われていたわ。ルミア様の見た目が幼いのもその辺りが原因だと思うよ」
そうか、エルフよりも能力的に上位なのか。
フィーナさんがルミアさんに対して敬うような口調なのはその所為か。
「ハイエルフ的には八十歳は子供なのかもしれんの」
八十が子供……。
何とも計り知れない。
それよりも、少し引っかかる。
「ちょっと待って下さい。先程から過去形だったり推測が入ってくるのはどうしてですか?」
「……」
黙ってフィーナさんがルミアさんの方を見る。
何やら気遣うような視線。
対してルミアさんは吐息を一つ。
「よいよい、赤子の折の話じゃ。気にせず教えてやるがよいのじゃ」
「はい、では。ハイエルフはね、滅んだのよ……およそ八十年前に、ダオ帝国の侵攻で」
……不老であっても不死ではないのか。
ハイエルフが何人居たかは分からないが、ダオ帝国お得意の物量戦に飲まれてしまったのだろうか。
「……そうですか。では、ルミアさんは」
「然り、生き残りじゃよ。里での発見当時は赤ん坊だったらしいが十年で今の姿になって、以降はそのままじゃ。他のハイエルフがもうおらんから、何で成長が止まったのかは分からんのう」
確かに……それではルミアさんの今の状態が正常なのか異常なのかも比較しようがないのか。
「閉鎖的な民族だったから何の文献も残ってないしの……ガルシア王国に助けを求めたのも滅亡間近、末期の頃らしいから、滅ぶべくして滅んだのかもしれんが」
ああ、この国から救援を出したが、間に合わなかったのか。
それで赤ん坊のルミアさんだけを保護したと。
「つまり、貴女の見た目はハイエルフの特性によるものであると?」
「恐らくだがそうじゃ。理解したかの? の? それと変な憐みは不要じゃからな。赤ん坊の頃のことなんて覚えとらんし」
「はい、分かりました。ね、ニールさん。……あれ、ニールさん?」
「……うう、ぐす、家族も無しに、異国で、独りで……こんな小さいのに……」
……ええー。
この人、最後の方のルミアさんの話を聞いてないな、恐らく。
ルミアさんの表情を窺うと……うん、怒ってない。
寧ろ面食らったような感じか。
「何でこやつ、こんなに泣いとるんじゃ……?」
「放っておいてあげて下さい……彼はその、何というか人一倍純粋な男なので」
「そ、そうか。安っぽい同情は嫌いなんじゃが、ここまで泣かれるとのう……毒気が抜かれたわ」
フィーナさんが恥ずかしそうにニールさんの頭を軽く叩いた。
「さて。そろそろ本題に入っていいかの、ライオル」
「いいぞ。ドンとこいやあ!」
凄い気合いだ、ライオルさん。
意味があるかは知らないが。
「じゃあ、ドラゴンを狩ってきてもらおうかの」
え、ドラ……!?
「おう、任せとけ!」
いやいや、ライオルさん!?
軽いよ、二人とも!
「お、いいのか? いくらお主でも一人では死ぬかもしれんぞ?」
「心配ねえ。こいつらも一緒だ」
「うわ……本気ですか? あ、自己紹介もまだでしたね。私達は――」
「それには及ばんよ。騎士のニールに絵描きのフィーナ、それから今売り出し中の剣士カティアじゃろ?」
「え、どうして」
「もうここは王都の目と鼻の先じゃ。情報は直ぐに入ってくる。それから例の絵じゃが、王都で――」
「あ、アタシの絵、どうなってますかルミア様? 気になります!」
「ふむ。版元が目を回しておるよ。剣聖の弟子であの魔法剣、それから有名絵師ときたら、まあ売れるのも納得じゃな。情報部も大分噂を使って人気を煽っておるよ」
「っしゃあ! 流石カティアちゃんとアタシ!」
絵、売れているのか。
フィーナさんの絵は確かに素晴らしいが、私の羞恥心はどう処理すればいいんだ?
……はあ。
まあ、いいや。
気になったことを聞こう。
「魔法剣? 私の炎剣、魔法剣なんて呼ばれているんですか?」
「そうじゃの。その上、魔法剣士とか呼ばれてるぞ、お主。後で儂にも見せておくれ」
そのまんまだな……。
まあ、イタイ通り名よりはマシか。
大体、炎しか出せないから魔法剣士のイメージに沿わないけど。
「自己紹介が必要ないのは分かりましたけど……無茶じゃないですか? 四人で竜討伐なんて」
「そうっすよね……本来は、幼竜でも五十人以上からの連隊で挑むものっすよね?」
「大丈夫じゃよ。元々は儂とライオルの二人で行くつもりじゃったし」
元々、ってことは何か行けない理由が出来たのだろうか?
にしても二人って。
「二人で!? それこそ無茶じゃないっすか?」
「称号持ちが百人分位働けんでどうする。聞いたぞライオル、お主其処な魔法剣士に負けたそうじゃな」
「うっ、もう知ってんのか」
「つまりライオルと同等以上の戦力。その上、予定よりも更に二人多いんじゃから問題なかろ?」
ドラゴンは故郷の山には出なかったが、尋常でなく「強い」とは聞いている。
ニールさんの意見を聞くと不安になるな……。
「ルミアさんはどうして行けなくなったのですか?」
「忙しいんじゃよ、ひっじょーに。……魔法の新説の立証がのう」
「魔法の新説?」
「結論から言うとじゃな。王都に精霊が、顕現した」
「は?」
精霊?
「じゃから、精霊。それも目に見える形で」
聞き間違えじゃなかった。
いや、魔法がある時点で居たとしても……でもなあ。
「精霊って……おとぎ話ではなく?」
「うむ」
「それが魔法と関係が?」
「これが大アリなんじゃよ……魔法の発動は体内の魔力を使って何かに干渉・発動するのが常識じゃったろ?」
それは、この世界では当たり前の常識となっているものだ。
魔力が物質に作用して魔法が発動するという。
「それが、体内の魔力を出すところまでは一緒なんじゃが……どうやら目に見えない精霊たちが受け取った魔力を媒介に魔法を発動させていたようじゃ」
「つまり、魔法の発動を仲立ちしているのが精霊だと?」
「顕現した精霊本人たちが言っておったからの……信じるしかあるまい。一目見たら誰でも精霊だと分かってしまうような異常な存在感じゃし」
「本人……たち? 複数居て、しかも話せるのですか!?」
「うむ。そやつらは王城に居る。外はお主の噂と闘武会の準備でお祭り騒ぎ、王城内は精霊でてんやわんやじゃ。割と滅茶苦茶じゃよ、今の王都は」
そうなのか。
しかし、王城内の情報を話してしまっていいのか?
「精霊に関することを私達に話しても問題ないのですか?」
「言ったところで誰も信じん。直に精霊を見るか、儂のような魔法の専門家が話さん限りはの」
それもそうか。
夢でも見ていたと思われるのがオチだ。
「それに、いずれは――いや、なんでもない。忘れてくれ」
?
ルミアさんが何か言いかけたようだが、追及しても答えてくれなさそうだ。
仕方ない、話を変えるか。
「話は戻りますが、そのドラゴンは何故討伐する必要が?」
「む、お主は魔物を倒す時に理由を求めるのか?」
「まあ、そうですね。防衛の為以外なら食べる、何かの素材に使う、なんかだと良いですが」
無意味な殺しは好かない。
だが、何か目的があるなら話は別だ。
「ほう、やはりアイツの弟子じゃの。嫌いな考え方ではないな、うむ。今回は防衛に当たるのう、すでに十人ほど死傷者が出とる。ここから程近い山じゃな」
「そうですか。なら断る理由は無いかな……」
「それから、予防策の意味もある。間も無く鎮魂祭があるじゃろ」
もうそんな時期か。
鎮魂祭は前世で言うお盆の様なものだが、派手に騒いで魂を迎えるのがこの国での風習だ。
つまり、当日は祭りを行うことになる。
「この都市の鎮魂祭は他より派手じゃ。花火も上げるから音やら光やらでドラゴンを刺激するかもしれん。今の内に脅威を除いておきたい」
花火……?
あるのか、この世界に?
「花火上がるんですか、ルミア様!? カティアちゃん、アタシ見たい!」
フィーナさんは花火自体は知っているらしい。
私が知らなかっただけなのか?
ニールさんもライオルさんも特に動じていないし。
「上がるぞ。何なら、ドラゴン退治を引き受けてくれるなら特等席を用意して――」
「受けよう、カティアちゃん!」
「え、いや、あの」
「受けよう!」
「……はい」




