砕けぬ闘志
「ったく、結局カウンターかよ……参るぜ」
倒れてからそれほどの時間を掛けずに、ライオルさんが起き上がった。
自分の状態を確認すると思い出したかのように呼吸が乱れ、汗が噴き出した。
私は呼吸を整えながらライオルさんに歩み寄る。
場内はまだ騒がしいが、近くまで寄れば声は聞き取れる。
「ライオルさん、怪我はありませんか?」
「おう……問題ねえ。マジで鎧を着て正解だったな」
鎧の胸部が粉々になっている。
補修は恐らく不可能だろう。
「そんな顔すんな、鎧なんぞまた作りゃいい。それよりも……」
顔に出ていたか。
その鎧、気に入ってそうだったからな……。
ライオルさんが兜を脱いだ。
「楽しい戦いをありがとうよ。全力を出せたのは久しぶりだ」
「いえ、その、こちらこそ?」
「ハッ、何だよそりゃ。まあいい。で、次はいつ戦ってくれるんだ?」
「……はい?」
何を言っているんだ、この人は?
もう次の戦いの話?
「次だよ、次。負けたら勝つまで挑むだろう、普通?」
「いやいや、あなたの普通はおかしいです。次、ですか? ……最低でも一週間位は期間を空けて欲しいです」
「遠いわ! 何なら明日でもいいじゃねえかよ!」
「近っ! 嫌ですよ、今日は物凄く疲れましたし、どうせ全力じゃないと納得しないんでしょう?」
今日は神経が磨り減るような戦いだった。
これを連日?
流石に考えたくない。
「当たり前だろう!? 大体なんだよ、さっきのカウンターはよ。どこがティムに及ばないだ、全く遜色なかったじゃねえか!」
「え、嘘でしょう? 爺さまのカウンターはもっと鋭いですよ」
「……駄目だこいつ、自分の中で師匠を大きくし過ぎてやがる……」
そんなことないと思うんだが。
私の方が爺さまと一緒に居た期間は長いだろうし。
あれ、でもライオルさんが会ってた頃は爺さまはまだ現役か。
うーむ。
「カティアさん、お疲れさまっす」
「あ、ニールさん。ニールさんも、お疲れさまです」
「いえいえ、カティアさんに比べれば。何と言ったらいいか、カティアさんはそのまま何処までも突っ走って下さいっす」
「え、何ですかそれ? 急に悟ったような顔になってどうしたんですかニールさん!?」
どうしてそんな風に距離を感じる発言を……?
何故、遠くを見るような目をしているんだ。
「いやあ、自分は自分なりに背中を守れるくらい強くなれれば良いな、と。知っていたことを再確認しただけっす」
「なにヌルいこと言ってんだニール? 男なら誰よりも強くなりたいとか言ってみたらどうだ。もう一回同じ修行させんぞ」
「いやいやいや、向上心が無い訳じゃないっすよ!? ホントっす!」
「大丈夫かよ……まあいい。そういやフィーナはどうした?」
あれ、そう言えば。
いつもなら真っ先に来るのに。
「あー、フィー姉ならあそこに」
ニールさんが指さした方向を見ると……フィーナさんが画材を広げていた。
狭い中、大分スペースを取っているので周囲の観客が何事かと見ている。
時折、感嘆のような声が聞こえる。
絵を称えるような言葉が多い。
もう完成が近いということだろうか。
「ああ、いつものですか」
「いつものっす。もう周りが見えてないっすね」
一心不乱に筆を動かしている。
「何だ? ……ああ、絵描きだって言ってたな」
「出来たぁ!」
早い。
いや、毎回一晩とかで仕上げてはいたが今回は殊更に早い。
周囲から「おおー」という声。
フィーナさんがキャンバスを持ってこちらに来た。
「いや、こっから仕上げがもう少し入るけどね。大まかには完成。はい」
絵をこちらに向ける。
今回の絵は……ああ、やっぱり先程の戦闘の決着の瞬間か。
ダイナミックな構図で、赤毛の剣士が鎧の大男に対して突きを決めている様子が描かれている。
「うおっ、すげえなこりゃあ。お前、ただギャーギャーうるさいだけの女じゃなかったんだな」
「ぬぁっ、失礼ね! ふーんだ、でもいいもんね。この、あんたが負けた瞬間の絵は、これから国中に流通するんだから!」
「ほお、これ複製して売るのか? だったら俺も一枚欲しいぜ」
意外にも、ライオルさんは絵に興味があるようだ。
ただ、フィーナさんが欲しがったリアクションではないな、これは。
「はぁ!? オッサン悔しくないの?」
「何言ってんだ、悔しいに決まってんだろ。だが負けは負けだ。今更その事実は変わらないだろう? いやあー見事に吹っ飛んでんな、ハハハ」
「ぐぬぬ……カティアちゃん! 今回の絵はどう!?」
「え、あ、はい。その、今迄の絵よりも細かい部分にまで迫力があるというか……もちろん前作までが劣るという訳ではないんですが」
「そりゃあ今回は見る事に専念出来たからね! だからカティアちゃんの意見は概ね正しいわ。でも、もっと素直に褒めてくれてもいいんだよ?」
「いつも通り、いえ、いつも以上に素敵な絵です」
「どやあ」
「おい、何で俺に向けてその顔をする」
「オッサンは一言余計なのよ! カティアちゃんみたいに素直に褒めろ!」
「そりゃあ悪かったな。……さて、そろそろ撤収すっか」
「あ、みんな絵が気に入ったら買ってねー。結構すぐに出回ると思うから」
残っていた観衆からは好意的な声が聞こえる。
この中の何割かは買ってくれそうだ。
道場のロビーに戻ると、ライオルさんが話がある、と切り出した。
「お前らに相談があるんだが。王都行きの件だがな、一緒に着いて行ってもいいか?」
「ん? どうしてです?」
「実はだなあ……」
「あー、大先生。そこからは私がー」
「あ、ミズホさん」
「実はですねぇ、大先生は非常に方向音痴でしてー。称号持ちは闘武会には出なければならない決まりなので、出来れば一緒に行って頂けると私たち道場の者としては安心なのですー……」
「そうなんですか?」
「ま、まあそうだ……次に寄るっていうサイラスにも用事があってな。頼む」
「私からもお願いしますー。大先生にはお姉ちゃんへの手紙を預かって貰っているので、ちゃんと辿り着けるか心配でー」
「断る理由は特にありませんけど……御二人はどうです?」
「考えようによっては最強格の護衛をタダで雇ってるようなもんでしょ? アタシは構わないわよ。カティアちゃんに迷惑かけるようなら置いていくけど」
「自分も勿論、むしろありがたいっす。ていうか、ここの所、一騎士としては考えられない位に貴重な体験してるっすよねえ……」
ニールさんの場合、気苦労とワンセットと言えなくもないとは思うが。
「では、ライオルさん、王都までよろしくお願いします」
「そうか! 恩に着るぜ。……前回は闘武会の三か月前に出発したのにギリギリに着いたからな……」
三か月前って……。
ここから王都まで一週間ほどあれば着くはずなんだが。
どこに向かったんですか、ライオルさん?
「では、明日出発ということで」
王都まではあと一都市、魔法都市サイラスを残すのみだ。
もう少しで到着となる。
取り敢えず、今日はゆっくり休もう。
本当に疲れる戦いだった……。
「カティアちゃん、ちなみにもう一枚絵があったりするんだけど」
その夜、部屋でフィーナさんがこっそりもう一枚絵があると告げてきた。
ニールさんはお風呂へ行っているので不在だ。
「え、そっちは不採用なんですか?」
「うん。ライオッサンが負けを余りにも気にするようならこっちにしようと思って」
「どんな絵ですか……ああ、対峙中の絵ですか」
あの短時間で二枚の絵を完成させたことは異常だが、話が進まないので我慢した。
「あっちに比べたら迫力無いけど。ま、いらない心配だったみたいね。負けは負けだ、なんて格好つけてたし」
確かに負けた瞬間と対峙中の絵では、見た者の受ける印象が違うだろう。
負けた事自体は変わらないにしても、である。
ただし、あの人は周囲の評価とかを気にするような人間ではなかったようだが。
「これ、どうするんですか?」
「ミズホちゃんに見せたら、道場に飾りたい! って言ってたからあげちゃう」
「ええ……でも、結局は自分の道場の大先生が負けた試合の絵ですよ?」
「大丈夫よ。あの娘、カティアちゃんのファンだから」
「へ?」
「正確には、あの娘達、かな。ここは道場なのよ? 目指すのは強くて格好良い女な訳よ。つまり!」
「つ、つまり?」
「道場の門下生の女の子にとってカティアちゃんは理想形! 憧れの的! ってこと」
「は、はあ」
「後から出る絵も買ってくれるって言ってたし、ならいいかなって」
「……そうですか」
試合の後、やたら握手を求められたり熱い視線を送られたのはその所為か。
女になってから女にモテても、悲しくなるじゃないか……。




