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剣聖の弟子  作者: 二階堂風都
第三章 武の町トバル
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姉弟

 ライオルさんが提案した修行法は「限界までオーラを放出し、回復するオーラを感じ取る」というものだ。

 疑似的にオーラを持たない状態を作り出すことで、オーラに対する感覚を鋭敏化させることができるらしい。

 だが、この方法には問題がある。


「オーラが底を尽くまで使うと死ぬなんて、子供でも知ってることじゃない」


 というフィーナさんの言葉通りだ。

 このことから、オーラは生命エネルギーの一種という推論がたてられている。

 もっとも、オーラが極端に体内から減ると体調が酷く乱れるので、死ぬまで使うような者はそうそう居ないのだが。


「俺が言ってるのはその一歩手前の状態だ」


「一緒よ、死ぬ可能性があるのは!」


「そうだな。だが、それがどうかしたか?」


「なっ……」


 ライオルさんは至って平静だ。

 まるでフィーナさんの反応を予想していたかのように。


「決めるのはニールだ。もっとも、効果が薄くてもいいなら他に穏当な手段もあるが――」


「やります。いえ、やらせてくださいっす!」


 ニールさんが即答した。

 本気、なんだろうか?


「ニール!? どうしてよ!」


「自分には、予感があるんすよ。帝国が不穏な動きを始め、国内情勢も未だ不安定。このままなら恐らく、今までよりも厳しい任務を言い渡されることもあるでしょう。その時に、今の実力のまま戦っていれば…………自分は、遠からず死にます」


「そんなの、分からないじゃない……」


「フィー姉だって本当は分かっているんじゃないっすか? この前の坑道だって、カティアさんが何とかしてくれなかったら自分達は死んでました。それどころか、倒したワームの数で言えば自分はフィー姉以下っす。武器だけ立派になっても、劇的に改善されるとは思えません」


「……」


「それに……」


 ニールさんの顔が歪む。

 普段から明るい彼らしくない、苦々しく険しい表情。


「それに、男として、剣士として、人に護られ続けるなんて死ぬよりもずっと惨めっすよ……!」


 胸の内に溜め込んでいたものを吐き出すような、そんな声。

 平気な筈がなかったのだ、民を守る騎士という身の上で、自分の命すら覚束ない今の状況が。

 私は気づけなかった、彼の葛藤に、苦悩に。

 前世は男で、今は剣士なのに――。

 ああ、自分が嫌になるな。


「……っ! 分かんないわよ、そんな理屈! 格好悪くても、弱くても、死ぬよりはずっとマシじゃない!」


「フィーナさ――」


 堪えきれなくなったのか、フィーナさんが背を向けて走り去ってしまった。

 私は、追いかけるべきなんだろうか……?


「カティアさん、姉をお願いしてもいいっすか? 姉はカティアさんには気を許している様子ですし、今自分が行っても逆効果っすから……」


 幾分、内心を晒したことですっきりした顔になったニールさんが私に言う。


「はい、でも何を言えば……」


 フィーナさんの気持ちもちゃんと理解できているわけではない。

 男の気持ちも女の気持ちも分からないとは、本当に私は駄目だな……。

 悩んでいると、腕組みをしていたライオルさんが口を開いた。


「何も言わなくていいだろ、フィーナの話を聞いてやれば。それから、自分の感じたままに素直に答えりゃいい」


「そんなことでいいんですか?」


「ああ、いいんだよ。おら、行ってこい」


 ライオルさんにしては、優しい声でそう言った。




 他所者の私たちが行ける場所は限られている。

 あてがわれていた客室に戻ると、ベッドの上でフィーナさんが膝を抱えて座っていた。


「フィーナさん」


「カティアちゃん……」


 そのまま隣に静かに座る。

 拒絶はされなかった。

 そのまま沈黙が場を支配し、静かに時間が過ぎていく。

 私は、フィーナさんが話すのをじっと待った。


「……昔ね」


「! はい」


 フィーナさんが何かを語りだす。

 昔?


「上の姉……レン姉さんは、母さんが亡くなった後はニールの母親代わりをやってくれてたの。アタシは絵に夢中で、レン姉さん程は構ってやれなかったんだけどさ」


「はい」


「ニールは小さいころは今よりも気が弱くてね。公園でよく同年代の子にいじめられてたらしいんだ。ほら、子供に身分なんて関係ないから。貴族だろうとおかまいなし。かえっていじめの原因になってたのかもね」


「……」


「それでレン姉がよく駆けつけて、いじめっ子達を蹴散らしていたらしいんだけどさ。家に泣きべそかいたニールを連れ帰ってくると決まって言うんだ。男なら、誰かを守れるくらい強くなれ、負けるなって」


「素敵なお姉さんですね」


「うん。ちょっと暴力的だったけど、とっても強くて格好良かったよ。あの子が……ニールがその言葉を憶えているかは分かんない。でも、根っこの所にはちゃんと残ってるんだなって。……まさか、あんなこと言うなんてね」


「……」


「ねえ、カティアちゃん。アタシはどうしたらいいんだろう? やっぱり、同じ姉として、弟が強くなりたいっていうんなら応援した方がいいのかな?」


「分かりません。でも」


「うん?」


「レンさんはレンさんであって、フィーナさんはフィーナさんです。だから……フィーナさんらしい言葉をかけてあげればいいんじゃないかと」


「……そっか」


 フィーナさんがベッドから降りて大きく伸びをした。

 これで、良かったのだろうか?


「ありがと、カティアちゃん。一緒にニールの所に戻ってくれる?」


「はい、もちろん」


 少し元気が出たようだ。

 良かった。


「カティアちゃん、変なこと言ってもいい?」


「はい?」


「ああいう風に静かに話を聞いてくれてさ……何か、こう見守ってくれてる感じが、お父さんっぽいていうか、頼りになる年上の男の人みたいに見えちゃった。不思議ね」


「いいいいやまままさかそんな」


 馬鹿な!

 男らしさなんて微塵も出したつもりはないぞ!?

 ライオルさんの言う通り話を聞いただけなのに!


「アハハハハ! 何でそんなに動揺してんの、おっかしーなあ。うん、気のせい気のせい。こんなに女らしさが主張してるもんねー」


「どうしてお尻を撫で回すんですか!」


「うへへへ、良い尻してますなあ」


 どちらかと言うとフィーナさんのその所作の方がオヤジくさいと思うんですけど!




 道場に戻ると、ライオルさんとニールさんが待っていた。

 他の門下生の姿は見えないので、もう今日の日程は終了したのだろうか。

 ライオルさんが最初に口を開いた。


「魔法もそうだが、オーラも精神状態に左右されやすい。心残りがないようにな」


「心残りとか縁起でもないこと言わないでよね、オッサン! ニール、私から一つだけ言っておくわ!」


 フィーナさんのライオルさんに対する呼び方がランクダウンしている……。

 ライオルさんは全く気にしていない様子だが。


「はい、フィー姉」


「男としての意地も、剣士としての誇りもアタシには正直よく分からない。でも……」


 フィーナさんが言葉を探るように一呼吸置いた。

 自分の気持ちが一番伝わるであろう言葉を、選ぶ。


「でも、それと同じくらいに自分の命も大事にしてほしい。アタシが言いたかったのは、それだけ。それだけなんだ」


 万感の思いを込めた言葉。

 少なくとも、私にはそう聞こえた。

 捻ったものでもない、難しくもない、陳腐と言ってしまえばそれまでの言葉。

 でも、そこには紛れもなく真心があった。

 家族を、弟を思う姉の真心。

 果たして、フィーナさんの言葉はニールさんに伝わっただろうか?


「――焦ってたんすかね、自分は。フィー姉には見抜かれてたんすね。命を投げ打ってでも強くあろうとすることと、強く生き抜こうとすることは違うんすね……」


「ニール」


「もう大丈夫っす、フィー姉。ありがとう」


 ニールさんの目に先程までとはまた違う、決意の色が窺える。

 勿論、フィーナさんも気づいている様子だ。


「……でも、それでも、やるのね」


「はい。心配しないでください、フィー姉。自分は必ず生き残るっすから」


「……ん。嘘ついたら、許さないから」


 この二人の姉弟の絆は、私が思っているよりもずっと強いのかもしれない。

 今も昔も一人っ子の自分には少し羨ましい、かな。


「さて、そろそろいいかニール。……多少はマシなツラをするようになったな。準備が出来たら、オーラの放出を始めろ。限界の見極めは俺がやるから、合図があるまでは放出を続けてくれ」


 ライオルさんが修行の開始を促す。

 そういえば、一応聞いておこうか。


「他の門下生の方々は?」


「あいつらは晩飯。今頃は全員寮だろう。もうここには入らんように言ってあるから心配はいらねえぞ」


 成程、好都合だ。

 オーラに集中するなら雑音は少ない方がいい。


「す-っ、ふぅーっ。では、いくっす!」


 ニールさんが深呼吸し、オーラの放出を始める。

 いつも以上に遠慮なしの、外に出すだけのオーラ。

 しかし、これは。


「まるで、滝のような――」


 思わず声に出てしまう。

 まさしく、オーラの奔流とも言うべき放出量。

 圧巻だ。


「全くだ。普通の人間ならとっくに死んでいる量だな」


 若干の呆れすら混じったライオルさんの発言。

 だが、五分も経つ頃にはニールさんの限界を見極めようと緊張を帯びた顔に変わる。

 オーラの放出量が減り始める。


「ライオルさん」


「まだだ」


「しかし」


「今止めたら、意味がなくなっちまう」


 ニールさんが肩で息をし始めた。

 顔からは血の気が引いている。

 フィーナさんは、静かに見守っている。


「まだ、ですか」


「まだだ、もう少し……!」


 滝のようだったオーラも、今は小川程の勢いもない。

 徐々に、もはや見えない程にか細くなっていき、そして――


「そこまでだ! ニール、今すぐオーラを止めろ!」


 ライオルさんがそう叫んだ瞬間、オーラの放出を止めたニールさんが膝から崩れ落ちた。

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