道場と大先生
ライオルさん曰く、
「修行場所は任せろ。というか、泊まる場所も食事も任せとけ」
とのことなので、ご厚意に甘えることにした。
これでトバル滞在中の宿と食事の心配は無くなった。
それにしても……。
「道場、多いですねえ」
私の呟きにライオルさんが頷く。
「さっきまで居た辺りが商店街で、今居るのが道場街と地元の奴らは呼んでるな。後はでかい闘技場が一つと住宅街ってな感じの構成だな。トバルは」
おおよそ四つのブロックに分かれている町らしい。
道場が固まっている区画があるとは、他では考えられない特徴だ。
「道場街の中心にはかつてザハトが作った道場があったらしい。今はザハトの銅像が残すのみで広場になっているがな」
この町の発端となった英雄も今は銅像か。
時の流れを感じさせる話だ。
「着いたぜ」
ライオルさんが止まったのは一際大きな道場。
他の道場とは一線を画す規模だ。
門には、道場らしく看板がかかっている。
看板の文字を読むと――
「国立……ライオル道場?」
なんだこれ。
どこから突っ込めばいいんだ。
「ニールさん、この道場のこと知ってました?」
「いえ、自分は騎士学校に直行だったので、余り道場に関しては詳しくないっす。でも、ライオルさんの流派があれば噂になっていても良さそうなんすけどね」
「まあ、正確には俺の道場って訳じゃないからな」
「ん? どういうこと、オジサン?」
フィーナさんが質問を投げる。
道場の名前からすると他に考えようがないのだが。
「俺は指導していないからな」
「?」
いま一つ理解が及ばない。
これだけ名前がしっかり入った道場なのに自分は指導していない……?
困惑を見て取ったのか、ライオルさんが面倒そうに頭を掻きながら言葉をつなぐ。
「戦争の褒賞でな。王から直接、何か欲しいものはないか聞かれたもんで、強者との闘いを望んだんだが」
戦争が終わった直後にもっと闘いたいって。
王様もどんな顔をしたのやら。
この王っていうのは亡くなったアラン王のことだろう。
一体どれだけの武功をあげたのだろうか、この人は。
「はい。それで?」
「王が言うには、今すぐ用意することは出来ない。代わりに国で一番の道場を建ててやるって言うんだよ。それの何処が代わりになるんだ、と聞いたら何て言ったと思う?」
「……?」
「十年待てばそこから強者も現れるだろう、だってよ」
「気の長い話ですね」
「あんまりにもしれっとした顔で言うもんで、思わず条件付き――俺は人には教えなくてもいいならそれでいいって言っちまった。あれはあれで面白い王ではあったな」
先王の話は爺さまからよく聞いていたが、亡くなった王のことについてはよく知らない。
こうして直接知っている人の話を聞くのはなんだか新鮮な気分だ。
「うーん、国としては実質練兵所みたいなものですかね? ライオルさんが教えなくてもいいってことは」
ここの道場に来るようなら、その内の何割かは兵士もやってくれるだろうから。
潜在的兵士とでもいうべき存在を増やす、と。
そういった迂遠な策を取れるってことはスパイク王とは全然違うタイプだったんだろう。
出来ればライオルさんに指導者側に入って欲しかったんだろうけど。
「だろうな。でかい道場を造るきっかけとして上手く利用されたんだろうが、まあ構わん。強い奴が増えるのは大歓迎だからな。結果として、俺の名前が入っているが俺が教えてない道場という奇妙なもんが出来たわけだ」
「看板に偽りありっすね。それで問題とか起きてないんすか?」
「よく分からんが、国が間に入ることで門下生は安い費用で修練できるらしい。他の道場よりも安いらしいから、まあ名前を貸すぐらい構わんだろうよ。知らずに入る奴はほとんどいねえし、教えてる師範達も超一流とまではいかなくとも、一流ではあるしな」
広告塔にしたかったんだな、ライオルさんを。
ただの国立道場とするよりは人を集めやすいのは間違いないだろう。
まとめると、「国」が「立」てた「ライオル」さんの為(という建前)の「道場」ということか。
ややこしいな!
まあ、それはそれとして。
「ここでニールさんの修行を行うということですか。出来た経緯を聞くに問題なさそうですが」
「ああ、問題ねえよ。細かいことは気にすんな。ほら、入った入った」
きちんと許可を得られるか怪しいが、ともかく。
今はニールさんの修行だ。
上手くいくといいけど。
「大先生がお帰りだぞ!」
「大先生、是非指導を!」
「実戦形式ならいいぞ」
「大先生、足運びについての助言を……」
「実戦で見てやるよ」
「大先生、私たちの試合を見てアドバイスを」
「駄目だ」
着くなりライオルさんが道場の師範の一人と話を終えた後、道場の門下生たちに囲まれた。
年齢層は十代から二十代、男女比率は驚くべきことに半々ほどだった。
まあ、この世界ではオーラ次第な所はあるからなあ。
基本的な身体能力に関して男性の方が高いのは一緒だけれど。
ライオルさんは武人としては最高峰らしいだけあって指導を受けたい者は多いようだ。
大先生とか呼ばれているし。
しかし、前言の通り指導はしないというスタンスのようだ。
発言を聞くに試合ならいいのか……。
「あのー、大先生のお客さんですかー?」
のんびりとした口調の黒髪の少女が声をかけてきた。
黒髪……どうしても日本を思い出してしまうな。
この国ではレアなんだよね、なかなかお目にかかれない。
年齢は十五歳くらいか、優し気な顔立ち。
見たところ人族だ。
「はあ、そのようなものです」
「私、門下生のミズホと申しますー。皆さんのお世話をするように仰せつかりましてー」
「そうですか、ありがとうございます」
名前も和風だな、親近感が沸くね。
まあ、今の私は和風とはかけ離れた容姿をしているが。
お茶を渡してくれたので受け取る。
少し期待したのだが残念ながら日本茶ではなかった。
ハーブティーだ。
「美人さんですねー、綺麗な赤い髪と瞳で素敵ですー。とっても珍しいですねー」
「は、はあ、どうも」
こんな具合に赤いからね。
うん。
一方的な親近感だ。
お互いにこの国では珍しい容姿ではあるが。
「黒髪かー。あの人、元気かな……」
「フィーナさん?」
「あ、いや何でもないよ。ところでさ」
「はい? なんでしょー、これまた美人なエルフさん」
「ありがと、ハーフだけどね。あのオジサンが戦闘バカなのは良いとして、誰も試合したがらないのはどうしてなの? 貴重な経験じゃないの?」
「あー、アレはですねー……丁度、挑戦者が出たようなので見ていれば分かりますよ?」
「よ、よろしくおねがいします!」
出てきたのは熊っぽい獣人の青年。
遠目にも足が震えてるのが分かる。
「骨は拾ってやるぞ……」
「うわ、まじかー、行くのかー」
「が、がんばれ!」
これから何が起きるのか知っているであろう門下生たちの反応はこんな感じだ。
ん、まさか手加減するよね?
目も当てられないくらいボロボロにされたりとかじゃ、ないよね?
師範代らしき初老の男性が試合の開始を宣言する。
「いくぜ」
ライオルさんがそう呟いた次の瞬間、青年が吹き飛ばされた。
「そこまで!」
「はい?」
試合が開始したと思ったら終了していた。
予想したような惨劇ではないが、これは……。
「と、このようにですねー、大先生ってば全く実力差を隠そうとしないわけでしてー」
手加減なしか。
あ、でも吹き飛ばされた青年は怪我をしていないように見える。
完全にのびているが。
打撃部分「だけ」は加減しているようだ。
「普通は多少相手の動きを見て、受けて、それから改善点を指摘したりするっすよね……?」
「そうですねー、両手に花のお兄さん。普通は実力差を考慮しますよねー。でも、試合で手を抜かないってことは誰よりも真摯に戦闘に向き合っているとも取れますがー」
「いや、こっちは姉ですしカティアさんはその……でなくてっすね! あの人、本当に人に教える気はないんすね」
「おそらくありませんねー。でも、圧倒的な強者の前に立つというだけでも私達にとっては経験になりますしー」
「不安になってきたっす……自分、無事で済むんすかね?」
うーん。
いや、ニールさんに関しては「教える」という言質は取ってあるし、きっと大丈夫だ。
上達するまで何度でも試合! とかそんなことはないはずだ。
倒れた青年を他の門下生が引き摺っていき、看護している様子が目の端に入る。
……大丈夫かな?
「ご覧の通りの試合の短さですから、門下生の大部分は大先生との試合は経験済みなんですよー。大先生もそんなに頻繁にお見えになられるわけではないのですがー、大抵数戦してからお帰りになるのでー」
「ちなみに他の試合の結果は?」
「今のと変わりませんね、というか道場創設以来、修了までにまともに試合になった門下生は数えるほどらしいですよー」
「ああ、なるほど。確かに挑む度にこれでは……」
「キツイっすね」
「精神的にね」
道場の門下生なら毎日稽古しているだろうし……。
いくら無駄ではないと分かっても毎度瞬殺では気も進まないだろう。
努力の甲斐がないというか、自分が進歩しているのか分からなくなってしまう。
高すぎる壁は一部の特殊な人以外のやる気を奪うからなぁ。
それで試合抜きでアドバイスを欲しがっていたのか。
どうやら肉体的にではなく精神的にボロボロにされるようだ。
「そのおかげかは分かりませんがー、ここ出身の者はみんな謙虚だって評判なんですよー」
「それは良いこと……なんですかね?」
「微妙っすね」
「微妙ね」
天狗になる前に鼻を粉々にへし折られているだけな気がする。
門下生達の心が歪まないか心配だ。
「おう、何の話してたんだ?」
ライオルさんが戻ってきた。
「大先生との試合がいかに大変かをお客さん達に語ってましたー」
「そうか? 怪我はさせてねえぞ?」
「そういう意味じゃないと思うわ」
「あ? ああ、試合が常に全力なのは当たり前だろ?」
何言ってんの、と言わんばかりのライオルさんである。
当たり前なのか……。
「本当に指導する気はないんすね」
「だから言ったろ? 道場に名前は貸すが俺は教えないと。試合の申し込みならいつでも受け付けてるから、技術が欲しけりゃ勝手に盗めってんだ」
「そんなんでちゃんと強い人が育つの?」
「ここ最近では、そこにいるミズホの姉が強かったぜ」
え、そうなの?
「はいー、自慢の姉ですー」
なんと。
しかし、このふわふわした娘のお姉さんが強い……?
想像し難い。
大体、この娘が戦っている姿も予想がつかない感じなのに。
「へー。どんな人なのか気になるわね」
「王都に行くなら会うこともあるだろうさ。ともかく、俺は普段人には教えんが今回は特別だからな、ニール。荷物を置いたらさっさと戻ってこい。時間ないんだろ?」
おっ、どうやら今回だけはきちんと教えてくれるらしい。
良かったね、ニールさん。
「まじっすか、ありがたいっす! カティアさんのおかげっす!」
が、黙っていられない人達も当然いるわけで。
「大先生が指導を!?」
「何故!? 俺らがどんなに頼んでもやってくれなかったのに!?」
「差別じゃ! 横暴じゃー!」
門下生達の反応は当然といえる。
不平不満の声があちこちからあがった。
「うるせえぞお前ら、聞き耳立ててんじゃねえよ! おらミズホ、さっさとお客人を部屋に案内しねえか!」
「はーい、ただいまー。こちらへどうぞー」
ミズホさんに案内され、騒がしい道場を後にした。




