戦闘狂の嗅覚
武の町トバル。
その成り立ちは、建国期の英雄ザハトがその地に武術道場を開いたことが始まりだ。
彼が興した流派は本格的で玄人向けの武術……ではない。
一般人や体力の低い女性などでも出来る簡単な護身術を体系化したものだ。
それを目当てに年若い女性や最低限の護身術の欲しい商人などが集まることになった。
人や物が行き交うことで、自然と町が出来て行ったということらしい。
その成功を見た二匹目のドジョウを狙う武術家達によって道場が増えたことで、現在のトバルの形になった。
「と、町の歴史はそんな感じっすね」
「そうですか。大体爺さまに聞いた話と同じですね。近衛騎士を辞した直後にトバルの町長に是非我が町で道場を、という熱烈な勧誘を受けたと苦笑いしていました」
武術で身を立て、引退後や退役後にトバルで道場を開く。
この国の武術家や兵士としてはエリートコースであり、理想的な道であると言える。
こういった雑談をしながらの道程も、現在は八割ほどは消化した。
私達は街道をひたすら進んでいる。
トバルまでの道はしっかりしているので、間の村や町を経由しつつ今のところは野宿せずに来ている。
普段から少なくない人の移動がある証拠だ。
今日中には着くのではないだろうか。
「ありそうな話っすね。剣聖様の教えを請いたいと言う人は多いと思うっすよ。自分もその一人っす」
「剣聖の道場かー。あったら門下生が一杯になりそうね」
「本人は教えること自体は好きそうでしたけどね」
私に剣を教えている時は本当に楽しそうにしていた。
貴族の横槍が無ければ実現していたかも知れないな、剣聖道場。
ただ、その場合は私も彼女も死んでいた可能性が高いので複雑な心境だ。
「若い頃はトバルの町を歩いているだけで勝負を挑まれて大変だったと言っていましたよ」
「今でも双方の合意があれば私闘が許されているような町っすからね。剣聖様ほどの方であれば変装でもしないと町を歩けないっすね」
爺さま、そこまで目立つ容姿ではないんだけどね。
若い頃もそうだろうし。
でも、上司が隠れる気が無い人だから……。
「スパイク王の視察の護衛だったらしいですから、隠れようがないですね……」
護衛の休憩中に町に出たら酷い目に遭ったらしい。
却って疲れてしまったと言っていたっけ。
「カティアちゃんも気を付けてよね」
そんな、急に町中で決闘が始まってしまうような町がトバルだ。
といっても治安が悪い訳ではなく殺し合いは禁止、周囲に被害を与えたら罰金と、取り締まりはされている。
町中で決闘といっても実際は町の闘技場や道場を使って行われるものだ。
血の気が多い者は相手を挑発し、腕試しをしたい者は相手に勝負を申し込む。
合意があれば見届け人を付けた上で闘技場で決闘という運びとなる。
なので有名な武人が歩いていれば方々から決闘を申し込まれるのは本当だったりする。
だが、私の場合は心配いらない気がする。
「私は有名人ではありませんし、フィーナさんの絵が流通するまではまだ時間が掛かるのでは?」
ついでに、外見的には強そうには見えないと思う。
「いやー、分かんないわよ。強者は強者を嗅ぎ分けることが出来るのだ、みたいな?」
「そんなに嗅覚が鋭い人が存在するんすかね……カティアさんはそういうの分かったりしますか?」
「良く見ればなんとなく、という程度ですね。流石に町中で見かけた程度では強いかどうかは分かりませんよ」
じっくり観察するならともかく、町ですれ違う程度では無理だ。
それを可能にするとしたら余程感知力や観察眼が優れているか。
もしくはどれだけ戦いを求めて気を張っているか、ということになるだろう。
トバルはイメージよりも綺麗な町だった。
石畳の道の横には花壇が続き、種類は分からないが山吹色の花が咲いている。
何でも武芸者同士の喧嘩が絶えなかったため、戦意を削ぐ為に花を植えたのが始まりらしい。
効果のほどは、ちょっと分からない。
というのも、花壇の造成が闘技場の完成と私闘の許可が降りるようになった時期と重なっているからだ。
喧嘩は決闘へと昇華され、形式を踏まなければならなくなったので当然数は減った。
まあ、景観的には綺麗なので私としては文句はない。
癒されるなー。
「! おい、そこのあんた」
あ、赤い花もある。
アクセントになっていていいな。
「あんただよ、そこの真っ赤な髪の」
そうそう、赤い……ん? 髪?
誰だ、私を呼ぶのは。
振り返ると、鬣のような髪型をした金髪の獣人。
背が二メートル近くあって、鋼のような筋肉の腕が露出している。
でかいな……。
見上げないと顔が見えない。
一言で表すとライオンっぽい男性だ。
頬に傷があっていかにも武人、といった風情。
年齢は三十前後くらいに見える。
「私に何か御用ですか?」
まさか、さっき話した決闘志望ということはないだろう。
凄く武芸者っぽいが、前振りじゃないんだから。
呼んでないです。
「あんた、堪らねえ体してんな! これだけの奴にはそうそう会えねえぜ! どうだい、俺と……」
「何よナンパ!? 体目当てとか最低ね! カティアちゃんに謝ってから百年後に出直しなさいよ!」
「いや、逆に直接的すぎて男らしいっすよ! すごい!」
フィーナさんがニールさんの頭を叩いた。
スパーン!
良い音。
しかし、決闘の申し込みではないのか。
「いや、誤解だ。俺が言いたいのは――」
「何が誤解よ! どうせカティアちゃんのココとか、ココとかが目当てなんでしょ!」
「あの、フィーナさん」
胸と尻を指差さないで……。
フィーナさんの大声で通行人の注目が集まってしまった。
恥ずかしい。
「あー、どっちかっていうとソコとかソコだな」
獣人の男性が指差したのは、足と、腰?
「マ、マニアックね。でもカティアちゃんは駄目よ!」
「ちげーよ! 低い重心と足運びがだなあ……あーもういい。決闘だよ、決闘しようぜ! 戦いたいんだ俺は、あんたと!」
なんだ、結局決闘志望者か。
呼んでないのに。
どうして私に?
質問しようとすると、通行人の一人が獣人の男性に通りざまに声を掛けた。
「無駄だよライオル。もうこの町にお前と戦おうって奴はいねーよ」
「るっせえ、こいつはそこらに居る奴とは違う! 滅多に御目にかかれねえ上玉だぜ、俺には分かる!」
ライオル?
聞いたことが……あるような?
「あー! ライオルって拳のライオルっすか!? Sランク兵士の!」
ニールさんが叫んだ。
あ、そうか、爺さまが話していた人じゃないか。
思い出した。
今から一年程前、それは酒を飲んで上機嫌になった爺さまが話していた昔話だ。
山小屋の小さなウッドデッキで、月見をしながらのこと。
曰く、騎士を引退する二年前にとある人物の教育係を任された時期があったらしい。
それがライオルという名前だった。
「元は獣人の国の王族だったんじゃがな」
赤い顔の爺さまが気持ち良さそうに杯を揺らす。
私は酌をしたり、つまみを作ったりで付き合う。
「どうしてこの国に?」
「出奔してきたらしい。自国はつまらんとかそんな理由でな。で、型破りなそいつをスパイクが気に入ってな、獣人国に話をつけて永住権をやったからじゃな」
干し肉を摘まみながら爺さまが話す。
「変わった人だと言うのは分かりました。王族から平民へ、しかも移住とかそこまで行動的な人はそうはいないでしょう」
私は水だ。
前世の水道水が如何に美味しくなかったかが分かる、山の清水。
今ではこうして水ばかり飲んでいる。
この清水でお茶を入れても美味しい。
「まあ、そいつが一言で言うと戦闘狂ってやつでじゃな。毎日のようにワシに挑んできてな……。もう良い歳じゃったから相手がきつかったわい」
「それはそれは、大変でしたねー」
爺さまのことだからどうせ全勝で叩きのめしたのだろう。
それが却って相手の闘争心を煽っていたのでは?
「ひとごとじゃと思ってからに。もしカティアも会うことがあったら諦めて勝負に応じるといいぞ。あいつはしつっこいからのう」
「私はどこかに行く予定はありませんけどね。ここの生活で満足していますし」
ウッドデッキにごろ寝すると、空一杯の星が見える。
行儀が悪いが、誰が見ている訳でも無し。
眠くなってきちゃったな。
「むう……そう、か」
「爺さま?」
「いや、なんでもない」
と、こんな会話だったな。
獣人国の現国王カイネルの弟でバトルマニア。
ニールさんの話によるとSランクで「拳」の一字を持っているようだ。
この国で武器を自分の名前の前に付けて呼ばれるのは、その武器においてトップであると認識されている場合が多い。
いわば慣例である。
爺さまも剣聖の称号を受けるまでは剣のティムと呼ばれていたことは最近知った。
なので、ライオルさんはこの国の拳闘士の中でトップの実力ということになる。
やっぱり、ここは爺さまの言葉通りに決闘を受ける必要があるのだろうか?




