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剣聖の弟子  作者: 二階堂風都
第三章 鉱山都市キセ
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顛末

「表層意識を読みとる能力ですか」


「はい。敵の用途としては戦力把握、攻撃の先読み、精神的な揺さぶりなどでした」


「ふむ、やっかいな能力ですな。ただ、常識で考えれば偵察兵向きの能力なのが引っ掛かりますが。今回の本人曰く、精鋭狩りでしたか? その用途には向かないと思いますが」


「あの男、はっきり言えば攻撃的で歪んだ性格をしているようでした。部下として使う上の者からすると……」


「つまり扱い難いなら敵にぶつけてしまえ、と。確かに道理ですな」


 私達は、ナナシさんに坑道での出来事を報告に来ている。

 場所はナナシさんに指定された宿屋の一室だ。

 おそらく情報部の息がかかった場所なのだろう、人の気配がほとんどしない。

 兵士ギルドには昨日、坑道を出た直後に報告済みで決して少なくない報酬が出た。

 そのため大分懐があたたかい。

 鍛冶屋ヴァンの面々を呼んで宴会を行ったが、それでも十分にお釣りが来た。

 しかし、酒が飛ぶように減っていくのが印象的だった……。

 下戸も居なかったし、鍛冶屋は飲兵衛の法則でもあるのだろうか。


「出来れば生きたまま捕らえて欲しかったのですが……状況的に不可能だったということで宜しいですかな?」


 情報部としては聞きたいことは山ほどあっただろう。

 だが、あの状況では……。


「はい。無理をすれば恐らくこちら側に犠牲者が出ていたと思います」


「そうですか」


「何よ。何か文句あるの?」


「いえ、現場の判断をないがしろにはしませんとも。単に立場の違いからくる発言です。続けても?」


「はい。どうぞ」


 相変わらずだな、ナナシさんとフィーナさん。

 どちらもどことなく刺々しい。


「例のオカリナですが、ラザの町で捕らえた男が持っていたものと同じでした」


「そうですか。音が聞こえないので絶対とは言えませんが、白髪の男は吹きながら指を盛んに動かしていました。それによって複雑な命令も出すことができるようです」


「なるほど、やはり解析が急務ですな」


「そうですね」


 前回、ラザの町で男を捕らえてからまだ時間が経っていない。

 オカリナ対策が出来るのはもう少し先になるだろう。

 それまでは兵士達で何とかするしかないな。

 今回の収穫としては、オカリナが魔物を操る道具と見て間違いないということ位か。

 

「もう一つ確認を。白髪男の首の切り口から察するにカティア殿が止めをさしたということでよろしいですかな?」


 ナナシさんの質問にドキリとした。

 何かメモをしながら聞いているので、報告書の類だろうか。

 私が答えるべく口を開きかけると、さっとフィーナさんが手を挙げて私の動きを制した。


「違うわよ。アタシ達三人でやったのよ」


 フィーナさん……。


「しかし、ああも見事に首と胴を……」


「さ・ん・に・ん・で、やったのよ! ね、ニール!」


「あー、その、ナナシさん、今回は譲っていただけないっすかね。自分達にとっては大事なことなんです。お願いします」


 ニールさんが頭を下げた。

 私は二人の気遣いにどんな顔をすればいいか分からない。


「……はあ。情報は正確性が命なんですがねえ」


「では、いいんすか?」


「今回だけです。報告書にはそう書いておきましょう」


「ありがとうございます。みなさん……」


 私があの男を殺した事実が変わる訳ではないが、気が楽になったのは確かだ。

 こうして一緒に荷物を背負ってくれる二人の存在を、何よりも頼もしいと思う。

 ならば、次は決して迷わない。

 二人を守る為なら、私はもう迷わない。




「おう、来たか!」


 報告も終わったので、約束をしていた鍛冶屋を訪れる。

 時間は夕刻、次の町へ行く準備をしていたら日が暮れていた。

 明日には鉱山都市から出発する予定だ。

 工房内を夕日が赤く染めている。


「出来てるぜ、ウーツ鋼を使ったバスタードソードだ。ほれ」


 ヴァンさんが景気の良い声をあげた。

 昨日あんなに酒を飲んだのに、全くその影響が無い。


「ありがとうございます! 見ても良いっすか?」


「ああ、是非見てくれ。自信作だぞ」 

 

 嬉しそうに受け取ったニールさんが剣を抜いた。


「うわっ、何この模様?」


 フィーナさんが驚きと疑問の混じった声をあげた。


「おもしれえだろ? 見た目だけでなく性能も普通の鉄よりも上だ」


 その剣は美しい木目調の模様が浮かんでいた。

 あれ、綺麗だが既視感があるな。

 前世のアウトドア用の高級ナイフが確かこんなのだった。

 名前は確か……。


「ダマスカス鋼に似てますね」


 そう、ダマスカス鋼だったはず。


「カティア、お前なんでドワーフの国でのウーツ鋼の呼び名を知ってんだ?」


「え、そうなんですか?」


「知らんかったんかい! まあ、良いわ。どっかで耳に挟んだんだろ」


 同じ物なのか。

 ウーツ鋼という呼び方も、前世にあるものなのだろうか。

 前世のダマスカスと同じ物かどうかということも、私に確かめる術はないが。


「あれ、ニールさん。さっきから静かですね、どうしました?」


 彼の性格上、飛び跳ねて喜びそうなものだけれど。

 私の目から見ても、この剣は傑作だと思うのだが。


「……」


「カティアちゃん、嬉しすぎて固まってるのよこれは」


「ええー……」


 またか。

 前に私がオーラと火魔法の同時発動を見せた時も同じ状態になっていたな。


「昔からこうなのよねー。感情の処理が追いつかなくなると固まるのよ」


「どうすれば治るんですか?」


「頭を斜め四十五度で叩くと治るわよ。それっ」


「はっ。凄い剣っすね、これ!」


 ニールさん復活。

 古いブラウン管テレビみたいだ……。

 前世で、私が小さい頃まで実家にあったテレビがこんな感じだったぞ。

 接触が悪いのか叩くと映りが良くなるんだよね。

 そう言えば、ラザの兵士ギルドの支部長も叩いてたっけな……。


「喜んでくれるのは嬉しいが……と、とにかくだ。こいつの頑強さは保証するぜ。ウーツ鋼は良い素材だ」


「普通の鉄鉱石とはどう違うんですか?」


「こいつは不純物が層になっているのが特徴だ。その模様の秘密はそれだな。鉄だけの純粋なものよりも不思議と固くなる」


「へー。純粋な方が強いのかと思ってたわ。ただのイメージだけど」


「もちろん純度が高いものってのは有用だ。だがよ、こういう一見無駄とも思えるものが力を引き出していく。味がある金属だと思わないか?」


 おお、何やら含蓄のある言葉だ。

 鍛冶屋としての信条でもあるのだろうか、工房の他の面子も頷いている。


「なるほど……自分にはぴったりな剣かもしれないっす……」


 ニールさん?

 笑顔なんだけど、いつもより表情に陰があるような。

 どうかしたのだろうか。


「ヴァンさん、素晴らしい剣をありがとうございます!」


 けれども、それは刹那に消えた。

 他の人が気付かない程度の短い時間。


「おう。しっかり使ってしっかり生き延びろよ」


 しっかり使え、か。

 大事に使え、なんて言わない辺りにこの人の鍛冶屋としての懐の深さを感じる。

 爺さまも剣は使ってこそ、なんて言っていたけど案外この人の受け売りだったりするんじゃないだろうか。




 ニールさんはヴァンさんと話したいことがあるとのことで、鍛冶屋で別れた。

 今日はもう宿屋に戻って休むだけだ。


「カティアちゃん、新しい絵が出来たわよー」


「仕事早いですね、相変わらず」


 宿屋に戻りフィーナさんが絵を描くために部屋に籠っている間、私は近くの人気の少ない広場で剣の鍛錬をしていた。

 汗を流してから部屋に戻ると、フィーナさんに声を掛けられたと言う訳だ。


「第二弾は、これ!」


 場所は坑道の奥の空洞内。

 赤毛の女が両手を掲げて立っている。

 これは私だな。

 その手の先では、ワームが大きな炎に包まれているといった絵だ。

 精緻でありながら迫力がある、相変わらず凄い絵だ。

 ただ……。


「えっと……」


 身に覚えのない出来事だ。

 でも、フィーナさんが見ていないものを描くとは思えない。


「どうしたの? 気に入らなかった?」


「そうではないのです。良い絵だと思います。でも私、こんなことをした覚えがないのですが……」


「え、嘘。覚えていないの? カティアちゃん、ひょっとして何か悪い病気なんじゃ。あの時も、様子がおかしかったし」


 病気ではないと思う。

 この体は至って健康だ。

 規則的な生活に加え、適度な運動を毎日していたので前世よりもずっと健康である。


「具体的にはどうおかしかったのですか? 出来れば順番に、細かい所まで教えてくれませんか?」


 判断材料が足りない。

 もう少し詳しい話を聞かないと……。


「いいけど……。カティアちゃんが魔物の統制を解いて戻ってきて、ワームを一度撃退した後ね。急にカティアちゃんがぐったりして、それから――」


 部屋のベッドに座って話を聞く。

 話を途中まで聞いた段階で、心臓が早鐘を打ち始めた。

 私の様子が変わったのは白髪男を倒した後、猛烈な眠気に襲われた以降のことらしい。

 いや、まさか。

 でも、ぬか喜びだったら。

 すぐさま一つの可能性に行きあたる。

 私の体、いや、この体を私以外に使える存在。

 そんなの、一人しか居ない。

 ――彼女、なのか?

 信じたい気持と疑念が、頭の中をぐるぐると駆け巡る。


「――で、なんだかいつもより幼い感じの言動だったわね。それで急に極級かと思うような火魔法を撃ったからびっくりしたわよ」


「え、この絵って誇張とかでなく、実際にこの威力だったんですか?」


「そうよ。天井近くまで火柱が上がってさ」


 そうか、あの地面に落ちていた灰……。

 それに私が暗闇の中で彼女に会った時、彼女はどんな姿をしていた?

 現時点において最初で最後の邂逅を思い出す。

 その時の彼女は、弱々しかったけれど確かに焔の姿をしていた。

 それがもし彼女の力の本質を現わしていたんだとしたら……!

 疑念が確信へと変わる。

 間違いない、彼女だ!


「どうしたの、カティアちゃん?」


「あ、いえ」


 気が付くと私は立ち上がっていた。

 そのまま落ち着きなく部屋の中を歩きまわる。

 ……生きていた、目が覚めたんだ!

 最近感じていた彼女の存在感が薄くなっていく感覚は、目覚めの予兆だったのかもしれない。

 普通は目覚めが近付けば存在感が増すのだろうが、くっついていた魂が離れ始めていたと考えれば辻褄が合う。

 とにかく話を、彼女と話がしたい!


「落ち着きなさい!」


「はい!」


 やや苛立った様子のフィーナさんの声。

 私は叱られた飼い犬のようにすごすごとベットの上に戻った。


「全く。何か気が付いたのね」


 もし説明しても頭がおかしいと思われかねない。

 自分の中にもう一つの魂がある、なんて。

 黙っていた方が、良いよね?

 少なくとも今の内は。


「……はい。その、詳しくは話せないのですが」


「うん、そんな気はしてた。事情は分かんないけど、本当は話したいって顔だから許してあげる」


 そんな顔は……しているか。

 正直、誰かに相談したい気分だ。


「悪いことではないです、絶対に」


「そう。なら話せるようになったら聞かせてね。健康上の問題とかではないのよね?」


「あ、はい。それは大丈夫です」


 恐らく、としか言えないが。

 魂の分離とか入れ替わりとか、体にどんな影響が出るかは未知数だ。

 今のところは問題なさそうだが


「ならいいわ。アタシの広い心に感謝してよね!」


 散々説明をさせておいて、自分の方は話せませんだもんなあ。

 我ながら酷いな。

 そしてそれを許してくれるフィーナさん、素敵です。

 しかし、どうにかして彼女と会話なり意思の疎通なりが出来ないものだろうか。


「……うぎぎ。気にならない、気にならない……聞いてみたくなんて、うむむ……」


 必死に聞きたい気持ちを我慢してくれているフィーナさんの為にも。

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