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剣聖の弟子  作者: 二階堂風都
第十一章 開戦
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反攻

 内壁前で再びの戦闘の後、疲労が蓄積した重装歩兵と共に内壁の中へ。

 帝国兵が口々に叫ぶ「バアル・ゼブル(崇高なる主よ!)」の声が徐々に大きくなっている。

 直ぐにここも破られるだろう事を予想し、私は急いでミナーシャを呼び寄せた。


「カティア!」

「状況は?」

「目立った変化なしにゃ! 空から見ると、後方の部隊に厚みがあって敵の黒魔法が途切れないって、クーちゃんが!」

「む……」


 ニールさんが動けないのはそれが原因か……私は現在の戦況に対応すべく、急いで戦術を組み立てる。

 後方に厚みがあるなら、定石としては――即応するのは難しいが、この部隊ならやれるかもしれない。

 どの道、迷っている時間は皆無だ。

 決断までは一瞬。


「ミナーシャ。全ての部隊を順次、正門を突破後に砦の外まで後退させて下さい! 殿しんがりは軽歩兵隊と空戦隊に任せるように!」


 マルタ砦に門は二つあり、一つはガルシアの方角寄りに造られた防備の堅い正門。

 私達が最初に突入した門はこっちになる。

 もう一つは今回帝国兵が雪崩れ込んで来た、リール砦へ物資を搬入出する為の門である。

 こちらは帝国側の方角に在って、その用途からか正門よりもずっと防備が薄い。

 奴らは正門側の防御が堅い事を知っている為か、そちらからの攻め手は少ない。

 包囲が完全でない今、精鋭が揃う赤の部隊なら「一時的な」突破は可能な筈だ。

 私の言葉に、ミナーシャが驚いた様に詰め寄ってくる。


「え!? カティア、今から砦を捨てるの!?」

「私は撤退ではなく退と言いましたよ? ほら、直ぐに動いて」

「う、うん……」


 ミナーシャが対空防御を続けている砦の上部に昇っていく。

 それを見届けた後、アカネが心配そうに私に語り掛けてくる。


(お兄ちゃん、どうする気?)

(帝国の方が行軍が速いんだから、今更撤退は不可能なんだ。必ず何処かで追いつかれて再包囲される。だからこの後退には、別の狙いがある)


 それ以上は答える猶予が無く、私は次に重装歩兵隊にも後退の命令を下した。

 肩で息をしながらも、リクさんが心配そうな視線を向ける。

 どうやらリクさんは後退の意図を察しているようだった。


「……おじょーは一緒に後退しないんですね?」


 なので余計な事は訊かないが、こうして私の身を案じる言葉を掛けてくれた。

 ……やっぱり分かっちゃうか。


「私は最後です。リクさん……重装歩兵は足が遅いので、後退を急がせて下さい」

「おじょー……!」

「大丈夫、以前の様な無茶はしませんよ。軽歩兵隊――カイさん達も一緒ですし。それよりもリクさん、先に後退させる部隊は近接戦闘が苦手です。魔法士隊と偵察隊、それに補給部隊ですからね。重装歩兵でしっかりと守って下さい。正門方面の確保は任せます」

「……分かりました。ご武運を!」


 重装歩兵が鎧を鳴らしながら、砦の正門に向かって移動していく。

 揺れる内壁を見つつ、私は最近になって覚えた指笛を吹いた。

 背後からひづめの音が鳴り響き、シラヌイが現れる。

 馬廻うままわりが持たせてくれたのか、背に馬上槍がくくりつけてある。


「シラヌイ。悪いけど、付き合ってもらうよ」


 私が呼び掛けると、シラヌイは任せろと言わんばかりに力強くいなないた。

 血の付いた二剣を軽く振り、納剣して槍を取る。

 それからシラヌイの背に跨って待っていると、軽歩兵隊が急ぎ足で砦から中庭へと降りてくる。


「お嬢!」

「カイさん――敵が見えたら一斉に投石。その後は適当にあしらいつつ後退するようにお願いします」

「また地味な……まあ、敵を血祭りに上げる為の前準備と思えば、致し方ないですね。引き受けましょう」

「……物騒な発言も、今は頼もしく感じますよ――来ます!」


 内壁が轟音と共に破壊される。

 黒い霧と共に敵が一斉に侵入してくるが、待ち構えていた軽歩兵隊による投石で怯ませる事に成功した。

 私も出力を絞った炎弾を数発、敵の顔面目掛けて撃ち込んでいく。

 そして怯んだ隙に背を向け、軽歩兵隊と共に一斉に正門方面へと走る!


「! 異教徒共が逃げるぞ!」

「追え! 追えー!」

「あれは赤毛のカティアだ! 悪魔を殺せ! 神に彼奴の首を捧げよ!」

「「「バアル・ゼブル!」」」


「ちっ、気味の悪い奴らめ!」


 カイさんの悪態を残し、私達はそのまま遁走に移った。

 空に残る空戦隊を気にしつつ、そちらにも時折投石や炎弾で援護を送る。

 それから、数日の間で砦内に仕込んでおいた落とし穴や大木の振り子の罠を起動しながら逃げていく。

 密集している眷属は急には飛べないらしく、逃げる私達を追撃する敵兵は面白いように罠にかかっていった。

 私は一人だけ騎兵な為、軽歩兵隊が追い付かれそうになる度にシラヌイを駆って敵集団に切り込んでの時間稼ぎ。

 このギリギリで追いつかれそうな距離感が大事だ。

 味方に襲い掛かる敵兵を、機動力を生かして魔法と槍で撃ち落としていく。

 それでも力及ばず、追いつかれた兵が数人、敵の黒い波へと飲み込まれていってしまう。


「「「バアル・ゼブル! バアル・ゼブル!」」」


 くっ……我慢……我慢だっ……!

 ここで怒りに身を任せて飛び出したら、全員が助からない。

 息が詰まりそうな緊張感を抱えながら、ようやく正門が見えてくる。


「カティアー!」


 正門から数百メートル先に、既に後退させていた味方の部隊の背中が見える。

 最後尾でぶんぶんと手を振っているのはミナーシャか?

 無事に正門の囲いの突破には成功したようだ。

 軽歩兵隊と正門をそのまま抜け、とにかく距離を稼ぐ。


「合流を――」

「お姉さまっ!」


 合流を急げ、そう言おうとした時だった。

 喜色を含んだクーさんの空からの声の直後に、それは起きた。


「「「――ォォォォ」」」


 聞こえる……微かにだが、確かに聞こえる。


「「「オオオォォォォ!」」」


 敵の後方から上がったその声は――


「「「ウオオオォォォォッ!!」」」


 間違いなく、味方の騎兵が上げるときの声だった。

 来たか!

 私は間髪入れずに次の指示を飛ばした。


「全軍反転! 全軍反転っ!! これより赤の部隊は、反攻を開始する!」

「聞いたな!? 行くぞっ! 軽歩兵隊、敵を喰らい尽くせっ!」

「「「おおおおおっ!」」」


 追撃することで伸びきった敵の戦線。

 厚みがあった敵の部隊は、いつしか前掛かりになり付け入る隙を与える。

 そこに対し、ここまで伏せていた騎兵隊が奇襲をかけた。

 今回の戦いの為に、騎兵隊は山道に適応可能な足腰の強い馬を優先的に回して貰っている。

 平地ほどとはいかなくとも、高い機動力を確保出来ている筈だ。

 攻撃から離脱まで上手くやってくれるだろう。

 全部隊が一瞬で砦の方に向き直り、陣形を整える。

 私は先頭で槍を掲げ、再び叫ぶ。


「進めぇー!」

「「「オオーッ!!」」」


 私達を追撃していた敵の前線部隊は、後方での変事に動きが停止している。

 チャンスだ!

 まずは敵兵に纏わりついている、その鬱陶しい霧を吹き飛ばす!


(アカネ、準備は!?)

(任せてよ、お兄ちゃん!)


 範囲を広く広く……今回は一人で戦う必要が無いんだ。

 部隊員が戦い易い状態を作り出すだけで良い。

 敵との間、何もない空間に槍をすっと横に振る。

 すると――爆発的な熱波が、山の地表に放射状に広がった。


「何だ!? 今の熱風は!」

「お、おい……神の御加護が!」

「守りの力が消えていく……? 馬鹿な!?」


 敵にダメージは無いが、最後の極級魔法で霧を全て吹き飛ばした。

 騎兵隊が後方部隊に攻撃をかけた今、黒魔法は暫く途切れる筈だ。

 急速に融けた山肌の雪が蒸気を上げ、熱で渇いた木がパリパリと音を鳴らす。

 呆気に取られた敵兵の前に飛び出し、シラヌイの上から槍で抉る!


「はぁぁぁっ!」

「がっ――!!」


 その後、敵は大混乱に陥った。

 後方から進んでくる兵と私達が押し返した兵とで、砦内でぶつかり合った敵兵は大量に圧死。

 次いでそれを恐れてバラバラと空に逃げ散っていくが、統率が取れていない敵など物の数ではない。

 魔法士隊と空戦隊によって各個撃破されていく。


「下がれ! 下がらせてくれぇ!」

「嗚呼、神よ!」

「何故下がる! もう少しで我々の勝利が――」

「後方が敵襲を受けたんだ! 体勢を立て直さねば!」

「そっちの指揮官は誰だ! 命令はどうなっている!?」

 

 漏れ聞こえてくる会話に、私は勝利を確信した。

 無力化した敵を蹴散らして進んで行く。

 気が付けば、マルタ砦から全ての敵を叩き出す事に成功。

 無事に敵の後方で攻撃と離脱を繰り返していた騎兵隊とも合流を果たすことが出来た。

 

「カティア、敵が撤退を始めたにゃ!」

「周囲を警戒しつつ、砦へ負傷者の収容を! 魔法士隊は土魔法で砦壁の応急処置を願います! 追撃は不要です!」


「カティアさん!」


 ニールさんが黒毛の馬で駆け寄り、下馬して剣をしまう。

 私は労いの言葉を掛けようとしたが、ニールさんの様子に思い留まる。

 やけに慌てているようだが、一体――


「リール砦からこちらに敵兵が向かって来ているっす! どうやらマルタ砦から撤退した兵達と合流している模様!」

「なっ……」


 増援――!? まずい、こちらに追撃を行う余力は……。

 萎えそうになる気持ちを必死に堪え、周囲に気取られないように私は表情を整える。

 リールに向かった本隊はどうしたんだ!?


(アカネ、念のため魔法の準備を)

(駄目だよ、お兄ちゃん! これ以上使ったら、またこの前みたいになっちゃうよ!)

(でも今、敵の増援に来られたら……)


 だったらオーラのみで敵陣に切り込むか?

 撤退の時間を稼いで、一人でも多く逃がして……。

 私はシラヌイに再び乗り込もうとあぶみに足を掛けた。


「お待ちなさい、副団長」


 不意に落ち着いた声が聞こえ、私は足を降ろして振り返った。

 ドワーフの老人が私を見詰めている。

 視線が合うと敵の方をすっと指差す。


「敵兵の様子をよく御覧なさい」 

「ゼノンさん……」


 言われ、必死に目をらして遠ざかる敵の様子をうかがう。

 早口で何かを言い合っている。

 ニールさんの報告通りに敵が増えてはいるが、その割には――


「怯えている……?」

「ここからリール砦は見えませんが……あれは敗者の顔です。味方を鼓舞し、再び攻めようという顔ではない。つまり――」

「リール砦の敗残兵が、こちらに合流しているだけだと……?」


 ゼノンさんが頷く。

 帝国兵は少しの間、山の中腹に留まっていたが……やがてゼノンさんの言葉通りに、一兵残らず帝国領の方へと退いていく。

 私はそれを暫くの間、ただ呆然と見続けた。

 勝った……のか?


「副団長」

「え?」

「こういう時には、指揮官としてすることがあるでしょう? ……見事な指揮でした、カティア殿」

「あ……」


 ゼノンさんが私の背を叩き、淡く微笑む。

 固く握ったままだった馬上槍を、私は天に向かって力強く突き上げた。


「我々の勝利だ! 勝鬨かちどきを上げよ!」

「「「オオーッ!!」」」

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