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剣聖の弟子  作者: 二階堂風都
第十一章 開戦
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士気の源

 マルタ砦占領から五日目。

 この日、私は捕虜を三人ほどリール砦に向けて解放することにした。

 当人達は自力で脱出したと思い込んでいるだろうが、敢えて逃げ道をこちらで用意した形である。

 

「どうしてせっかく捕まえた捕虜を逃がしちゃうにゃ? 分かり易く説明してよー」


 ミナーシャがスプーンを振り回しながら対面に座る私に質問をする。

 今は昼食なのだが、ミナーシャの隣に座るクーさんがそれに迷惑そうな顔をしている。

 場所は食堂、狭いので部隊全員は入り切らない。

 なので三交代程度で、順番に食事を摂る事になっている。

 私達は順番的には一番目にあたる。

 どう答えるか考えていると、クーさんが先に口を開く。


「脳みそまで猫ですね、ミナーシャ先輩は。相手はガルシア本隊の到着を知りませんから、普通に考えればリード砦からこちらに敵が押し寄せてくるでしょう? 千程度の数、相手にすれば小勢ですし」

「クーちゃんひどい! ……えと、つまり捕虜を返すだけで陽動になるってこと?」

「そうです。逃げた連中から、こちらの数がそう多くないと帝国側に伝わる筈ですので、攻めてくると見て間違いないかと。ですよね? お姉さま」

「概ねそんな感じです。後は、本隊がリール砦を攻略するまで耐えれば我々の勝ちということになります」


 この干し肉、硬いな……はずれだなこれは。

 兵糧の心配が無くなったのはいいが、食べる度にルーレットの如く味が変わるのはいかがなものか。


「どの位の数が攻めてくるかしらねえ……」


 私の隣に腰掛けながら、フィーナさんが呟く。

 確か敵の総数は七千。

 単純計算で七倍の戦力ということになる。


「砦に最低限の戦力を残すでしょうが……最悪の事態は考えておいた方が良いですね」

「こっちの何倍も多い敵が、押し寄せてくる可能性もあるってこと?」

「こういった場合、一気に押し潰すのが常道ですからね。勿論、こちらに敵が多い程に本隊側の戦いは楽になる訳ですが。目的は囮なので、撤退も常に視野に入れつつ動く形になるかと」

「逃げるタイミングによっては、こっちは全滅ね……本隊はちゃんと近くまで来てるの?」

「約九千の軍で、敵の索敵範囲の外ギリギリに布陣しているそうです。敵がこのマルタ砦に進軍したのを確認すると同時に、一気に攻め込むと」

「敵が動かなかった時は?」

「その時は、敵の増援が見込まれる三日前になれば攻め込む算段だそうです。私達も連動して出陣する形になりますね」

「ふーん。何にしても、敵の反応待ちってことね」


 そうなる。

 帝国側がこのまま動きを見せなかった場合、不自然でない程度の挑発はする予定だが……誘いだと発覚する可能性は増してしまうだろう。

 あちらから動いてくれた方が、当然やりやすい。

 一度話を止め、少しぬるくなったスープを一口すする。

 うっ――苦いな! これは……野菜のアクが強いんだろうか。

 香辛料で誤魔化そうとはしているが、料理の材料としては必需品でなく嗜好品の類なので、持ち込んだ量が全く足りていない。

 みんなは大丈夫なのか? と思い、ミナーシャとクーさんの方に目を向ける。

 ……って、何してんだこの二人。

 フィーナさんと話している間、対面の二人がやけに静かだと思ったら……無言で互いに嫌いな野菜を押し付け合っている。

 ……アカネ。


「ダメでしょ二人とも! ちゃんと嫌いなやさいも食べなさい!」

「「ごめんなさい(にゃ)」」

「……フィーナさん?」

「はっ!? 入れてないよ!? このニンジンは、か、勝手にそっちに移動したのよ! アタシじゃない!」

「語るに落ちてますねー」


 やっぱり、余り料理の味が良くないみたいだ。

 ガルシアの食材とは勝手が違うんだろうか……?

 でも、これはそれを抜きにしても雑味が酷いような気がする。

 皆も食が進んでいないようだし……少し問題だな。

 どれだけ早くても、今日の内に敵は動かないだろうから……後で調理場を覗きに行ってみますか。




「で、何で私はカティアと山の中に居るの!? 寒いにゃ!」

哨戒しょうかいも兼ねているんですよ。文句を言わないで下さい」

「えー」

「ミナーシャの食事だけ抜きますよ? 折角こうして――」

「嫌にゃ!? 私も新鮮であったかい料理食べたい! もう美味しくないスープと保存食ヤダ!」

「じゃあ文句言わないで下さい。皆、自分の仕事をやっているんですから」


 調理班によると、帝国の食料がほとんど仕分けされていなかったのが原因だそうだ。

 ごちゃ混ぜの大量の食材の中からアクの強い野菜を排除しきれなかった為、雑味のあるスープが出来上がってしまったのだそうな。

 そちらには、砦の補強が終わり手の空いている部隊を振り分けることである程度は解決すると思う。

 しかし残念ながら今夜の食事には間に合わない。

 なので偵察隊を連れ、食材を求めて私は山の中へと入ることにした。

 敵の大部隊を見つけたら急いで引き返すつもりだし、途中で飽きそうなのでアカネはお留守番。


「副団長! あそこの木立の陰に……」

「了解」


 偵察兵が指し示す方へ、私は気配を殺して飛び付いた。

 そこに居た猪の喉を斬り裂き、素早くその場を離れる。

 後は後続の隊に回収を任せておけばいい。

 荷車を引いた軽歩兵の小隊が処理をしてくれるはずだ。


「速っ!」

「時間もないので、次に行きますよ。ミナーシャ」

「あ、うん……」


 猪が居るという事は、この山にはまだ食べ物があるという事だ。

 猪は冬眠をしないので、食べ物が無かったり寒さが厳しくなると南部や平地に向けて移動を開始する。

 注意深く周りを見回していると……浅い傾斜になっている場所に、ハート型の細長い葉をした植物を見つけた。

 茶色の実も落ちているので、これは間違いない。


「そこに落ちている実は食べられますので、集めておいて下さい」

「え? そうなの?」

「ムカゴですね。傍にある蔓の根も食べられるので、掘っておきましょう。そちらの葉が対になっていない、丸っこい葉の方は有毒なので採らない様に。あ、その足元のキノコも食べられます。この山、まだ秋のものが色々と残っていますね」

「お、おおー……カティア、山猿みたいにゃ……」

「は!? 失礼ですね誰がサルですか!」

「あ、間違えた。猟師みたいだにゃ。よっこらしょ……おっ、土柔らかい。これ、もしかして自然薯? へー。こんな風に生えてるんだ」

「どう間違えたら猟師が猿になるんです……?」


 山菜については、大体は爺さまやカイサ村で教わった知識だ。

 ガルシア東部開拓村の冬は厳しく、秋の内の採集や猟が備蓄として非常に重要となっている。

 黒魔法の影響か、この山も所々荒地になってはいるが……まだ本格的な冬に入る前なので、食材を集められないこともない。

 それに帝国の食料の仕分けが終わるまでの数食分を凌げれば良いので、そこまでの量は要求されないだろう。


「あ、カティア。あそこにも猪」

「了解」

「迷い無し!?」

「終わりました」

「だから速いってば!」


 その後も主に猪、時折兎を狩りながら砦の周囲を回っていく。

 帝国が排除していたのか、魔物の数は少ない。

 山菜も良い感じに集まって来たし、思った通り敵も近くに居ないようだ。

 クーさん達、空戦隊も定期的に巡回しているし……これ以上動き回る必要はないか。

 折を見て私は撤収の指示を下した。


「そろそろ戻りましょう。狩った獣の血の処理、私達の足跡の処理をしっかりお願いしますよ。ミナーシャ」

「了解にゃ。みんなー、聞いてた? んじゃ、頼むよー」

「「「うぃーっす」」」

「……」


 ミナーシャの軽い指示に対し、偵察隊の面々から非常にゆるーい返事が戻ってくる。

 とても軍隊のそれとは思えない。

 規律がどうのと口うるさく言う気はないんだけど……。


「ミナーシャ、もしかして部下に舐められてません?」

「え、嘘!? そ、そんなことないよね、皆!」

「「「……」」」

「何か返事してにゃー!」


 ……まあ、別に命令を聞かない訳でもないからいいか。

 偵察隊は女性比率が高いからな……ミナーシャが隊長だから、男が多ければまた違ったのだろうけど。

 コミュニケーションの取り方はそれぞれだと思う。

 威厳やらに関しては、私も人の事は言えない気がするし……。




 その夜の食事は、山菜とキノコ、猪肉をベースにした鍋料理がメインとなった。

 今夜は砦の敷地内ではあるが、屋外で複数の焚火を組んで一斉に夕食を摂る事となった。

 結果的に調理班の負担が減った上に、兵達も保存食に飽きていたのか喜んでいる様子である。

 それは良いのだが……ミナーシャ。

 やけ食いはやめなさい。


「副団長殿。お隣、構いませんかな?」

「あ、ゼノンさん。お疲れ様です。勿論構いませんよ」

「では、失礼して」


 ゼノンさんが隣の椅子に腰掛け、大鍋から取り皿に自分の分をよそっていく。

 年寄りの割に豪快に盛るなぁ……健啖けんたんなのは良い事だ。


「見事なものですね。軍事において士気の要は、正に食事にこそあります。お若いのに、副団長は中々に心得ていらっしゃる」

「い、いやあ……はは……」

「おほっ、これは美味ですな。老体に活力がみなぎって来る」


 誤魔化す様に、私は鍋の具を口に運んだ。

 今回は成獣ではないメスの肉を主に使っている為、猪特有の臭みや癖は少ない。

 私の中に居るアカネが、共有した感覚で嬉しそうな声を上げる。


(実はそんなに若くないお兄ちゃんなのであった。んー! いのししのお肉、おいしい!)

(言うなアカネ。せ、精神年齢は低いから……)

(それ、もっとダメでしょー。お兄ちゃん、さんさいも食べたい)

(はいよー。って、否定はしてくれないのね……)


 要求に応え、煮込まれた山菜を口にする。

 萎びていない野菜は久しぶりだ……適度な歯応えが心地よい。


「やはり――ィムの――」

「え? ゼノンさん何か仰いました?」

「ははっ、いやいや。……副団長、今回の戦いはもうひと頑張りですな。リード砦が落ちるまでは、くれぐれも油断召されぬよう」

「敵はこちらに攻めて来ますかね? ゼノンさんはどう思います?」

「来るでしょうな。捕虜を逃がしたのは本日ですから……三日後に、五千ほどで来ると私は予想しますが」

「成程。それはやはり経験則ですか?」

「ま、そんなところですかな。補給屋のジジイの予想が当てになるかは分かりませんが。ほっほっほ」


 三日後ね……さて、どうなるかな。

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