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剣聖の弟子  作者: 二階堂風都
第十一章 開戦
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治癒魔法とオーラの源泉

 私が見たものは、恐らくサスーリカさんの記憶なのだと思う。

 まるで私自身がサスーリカさんになったような不思議な一体感があった。

 しかし本人からその事に対して言及する様子がないので、意識して見せたものではなく偶然見えてしまったという可能性が高い。

 ……故意ではないけれど、勝手に覗き見をしたような罪悪感があるのが気になる。

 素直に見たものを言うべきか、それとも黙っていた方が吉なのか。


(どうかしたかしら?)


 あっ! ……そ、そうか。

 これがアカネと同じ状態なら、私が考えていることは筒抜けじゃないか。

 なら隠しても無駄――


(貴女、随分と感情の起伏が激しいのね。悪いけれど、私達は貴女とアカネほど高度な同調はとれないの。だから何か言いたいことがあるなら、明瞭な意思をもって話し掛けて頂戴)


 ……セーフ! セーフだった!

 この流れ、今更打ち明けられる感じじゃない。

 私はすかさず黙っている方を選択し、言われた通りにサスーリカさんに対して返答した。


(あ、いえいえ。アカネ以外の人……大精霊は群体だから人達、ですか。それが自分の内側に居るのは初めてなので、戸惑ってしまって)

(そう。私は口下手だから……風の大精霊が復帰したら、どうすればいいか聞くといいわ)

(……復帰できるんですかね? あの方)


 依然ミストラルさんは座り込んだまま。

 傍でルミアさんがオロオロしているという様相だ。

 これでいいのか代理人格。

 そういえば、彼女らはどういう基準で選ばれているんだろう……?


「あー!! 何でわたしの場所に青いお姉ちゃんが居るの!? 返してっ!」

『おいこらアカネ! 結局俺様の名前ちゃんと呼んでないじゃ――んあ? どしたん、こいつ』


 叫ぶアカネと、それを追いかけてジークが近寄って来る。

 小さくなったミストラルさんを見て、ジークが怪訝けげんな表情になる。


「儂が少し言い過ぎての。落ち込んでしまってそのままじゃ」

『ああ、何だいつものか。しゃーねーなあ。ルミア、耳貸せ』

「何じゃ?」


 ごにょごにょごにょ。

 話を聞くルミアさんの顔が微妙なものになっていく。

 ややあって、おずおずとミストラルさんの前に進み出た。


「あ、あー……前言をひるがえす気は無いんじゃが……」


 ミストラルさんは下を向いたままだ。

 ジークがぶんぶんと手振り身振りで何かを伝えようとしている。

 しっかり教えた通りにやれ! と言っているように私には見える。


「くっ……な、無いんじゃが! お主の説明は非常に分かり易かったのう」


 長い耳がぴくりと動く。

 下を向いたまま顔は上げないが、聞こえてはいる様子。


「考察も的確な上、話の途中じゃったが何やら既に対策まで講じておる様子ではないか。これだけ頭の回転が速い者も、歴史上そうはおらんじゃろうて」


 ぴくぴく。

 獣人ほど露骨ではないが、確かに耳が反応している。


「お主の洞察力、それに大精霊ならではの知識など、もっと力を貸してくれたらこれほど心強い事は無いんじゃが――」

『やはりボクの力が必要なようだね!!』


 !? 急に立ち上がって拳を振り上げた。

 しかも、見た事が無い位に満面のドヤ顔が張り付いている。

 頭の回転の速さよりも、その変わり身の早さの方が凄いような……。


『な。へこみやすいが立ち直りも早い! おだてられれば何処までも昇っていくし、こいつは見た目よりも単純な奴なんだ』

『ジークに言われたくはないが……能力を認められて嬉しくない人間は、居ない!』


 力強い断言。

 よく分からないが、復活した様で何より。

 ミストラルさんは再起動して瞬時に状況を把握した様で、まずはアカネに向けて言葉を掛けた。


『アカネ、この憑依は一時的なものさ。治癒が済めば水の大精霊は出て行く』

「ほんと? じゃあ……嫌だけど、我慢する……」


 私はアカネの頭をポンと叩くと、ミストラルさんに向き直った。

 自分で治療する必要があると聞いた以上、気合を入れて臨む必要がある。

 魔法もオーラも精神状態が肝だ。


「それで、ミストラルさん。ここからどうすれば?」

『うん。風の大精霊の中にもマヨイビトだった者は居てね……その断片的な知識によると、君たちの世界ではここよりも医療が発達していたんだろう?』

「そうですね……この世界では手術を伴うような外科学は、ほとんど発展していないようですし。医者の迷い人は、残念ながら現れた事がなさそうですね」

『興味深い話だが……細かい差は今は置いておこう。君は、水魔法による治療の限界は知っているかい?』

「ええと……体の外側の裂傷など、目で見て確認できる範囲が主……でしたか」


 魔法による治療の限界は思いのほか低い。

 水魔法は傷口には抜群の効果を発揮するが、身体の内部の異常となると途端に効果が激減する。

 骨折は痛みが和らぐ程度、内臓関係となると全く効果を発揮できない。

 風邪や感染症などにも弱く、ラズロウ小隊長が腕を落とされた際に傷口を焼いたのもこの為である。


『魔法はそれを明確にイメージできるかで効果のほどが決まる。仮に人体構造の究明が進めば、水魔法による治癒も発展の余地があるのかも知れないが』

「要は魔法の出力の大小よりも、身体の作りを理解しているかどうかですか」

『分かるだろう? ルミアやリリには無理なんだ。君でなければ』


 といっても、私だって医学部出身という訳ではない。

 それでもこの世界の医療水準よりはマシということなのだろうが。


「ですが私に水魔法……使えますかね?」

『水の大精霊が憑依可能な時点で問題ない。君自身の魔法適正は、ボクの見立てでは恐らく四属性だろう』

「え? でも、以前に試した時は確かに――」

『弱いんだ、純粋に魔力が。発動に足りない位に。火が十分に出せたのは、今も昔もアカネが居たからだろう。アカネが精霊になるまでは魂から魔力が供給され、なってからは弱い魔力を高効率で変換していたからだ。どちらでもない時は自身のオーラで無意識に補っていたと考えられる。これは君ならではの芸当だがね。その気になれば、君は全属性の魔法を使える筈さ』

「おおう……」


 まじですか。

 私は魔力に関してとんだ無能だったらしい。

 火魔法を放つ際にガス欠が早いなーとは思っていたが。

 オーラに習熟してきたのは最近の事だし、魔法を一通り試したのは小さい頃の事だ。

 今はオーラの補助付き、つまり一部を精霊に近付ける事で全属性の魔法を使えるという訳だ。

 使えないと思い込んでいたので、試す機会なんて一度も訪れなかった。

 ただし、やり過ぎるとアリト砦の様な――また今回の様な反動を受けた状態になると。

 アカネが精霊化した後に魔法の威力が増したのは、純粋に精霊の密度の方が魔力量よりも重要だからのようだ。

 そう考えると、大精霊という存在の恩恵の大きさを感じずにはいられない。


『あ、す、すまない。無神経だったかな。代わりにという訳では無いが、大精霊を扱える者は二人だけなんだ。アカネだって大精霊に近いものなわけだから……大精霊の顕現に関わったリリと、アカネが傍に居る君は特別なんだ。普通は精霊を体内に受け入れた時点で、精神が破綻してしまうからね。それに君なら、オーラだけでも称号持ちになれる力を持っているさ』


 ルミアさんに睨まれ、ミストラルさんがフォローを入れてくれる。

 私は顔を左右に振って気にしていない事を示す。


「いえ、自分の実力を知ることは大事ですから。お気遣いありがとうございます。それなら尚更、オーラを回復させることが急務ですね」

『ルミアによると、腰の辺りに澱みのようなものを感じるらしい。何か心当たりはあるかい? 大精霊の中の知識は細切れで、どうも頼りになりそうもない。君の前世の知識だけが頼りだ』

「……少し時間を下さい。考えてみます」


 明確なイメージが大事なら、大雑把に腰全体を癒しても意味はないだろう。

 私は魔力が低いらしいから、水の大精霊の補助があっても試行出来る回数は少ない筈だ。


「お兄ちゃん、頑張れ!」


 アカネの声援を背に、立ち上がって部屋の中をウロウロと歩き回る。

 これはオーラが何処で生み出されるか? という話に繋がっている。

 魔力は魂の力、オーラは肉体の力と言われているが具体的には解明されていない。

 もし肉体が生み出すというのが本当なら、体の何処かににオーラを生み出す器官があるのではないか? と仮定してみる。

 理科やら科学の授業は余り得意ではなかったが……人体模型やら健康番組やらの記憶を精一杯に思い出してみる。

 そしてルミアさんが異常を認めたのは腰か……腰……うーん……腰って言うと普通に考えれば骨の部分だよね?

 腰から近い内臓は腸とかだろうし……思っていたのと違うなぁ。

 オーラって、血と一緒に体を巡っている感覚だからな……腸で血が作られる訳でもあるまいし。

 ……ん?

 そもそも血って何処で作られるんだっけ?

 肝臓? 脾臓ひぞう? 膵臓すいぞう……は、違ったっけ。

 後は骨髄……あっ!?


「――骨だっ! 骨ですよっ! 腸骨っ!」

「お、落ち着けカティア。骨とオーラが何の関係があるんじゃ?」

「オーラが血と共に巡っている感覚は確かなんです! 血は主に骨髄から生み出されている。なら、オーラが同じ場所から生み出されていても不思議はない!」

「コツズイ? 骨から血が……? 儂にはよう分からんが……」

「試してみる価値はあります!」


 推測を補強する材料もある。

 爺さまは腰を痛めた直後から、オーラの量が文字通り「半減」してしまった。

 もしあれが、骨の異常ではなく腰のオーラを生み出す能力が弱った所為だとしたら……。


「宜しいですか? サスーリカさん」

(何時でもどうぞ。カティア……水魔法の秘訣は凪いだ心と、流れに逆らわずに力を利用することにあるわ。水が癒しの力を生むのは、それが生の根源にして原初の物質だからこそよ。荒々しい火とは対極に位置するものね)


 呼吸を整え、目を閉じて集中する。

 サスーリカさんの助言を聞きながら、水魔法に合った魔力を精製していく。

 練る魔力は形が無く、それでいて何処までも深く深く、包み込むような……。


(……貴女らしくて良い魔力ね。さあ、そのまま私に委ねて――力を増幅して貴女に返すわ。それでもオーラによる補強が無い以上、治癒力は最低限しかないから……慎重にやりなさい)


 上手く水魔法が発動し、制御がサスーリカさんから私に戻って来る。

 腸骨の中、柔らかい組織に入り込んで行くイメージで……。


「――っ! う、くっ……!」


 水魔法を動かして行くと、とある場所で激痛が走る。

 組織の一つ一つが、細胞の一つ一つが悲鳴を上げている。

 どれだけ体に無理をさせていたか、今更ながらに思い知った。

 痛みを頼りに水魔法を流し込んでいく。

 活性化し過ぎ、自壊するまで働こうとしている細胞――それが休むように、癒される様にイメージしていく。

 太い注射針を何度も何度も突き刺すような痛みが続く。

 しかし、途中で止めては意味がない。

 無限に続くかと思われた痛み――。

 不意に、それが和らぐ。

 まだ鈍い痛みは続いているが……最後に軽く、全体に治癒の力を巡らせるが激痛は治まったようだ。


「はっ、はぁ、はぁ……ルミアさん、どうですか……?」


 額に汗が滲んだ顔で、息を切らせながら問い掛ける。

 はっとしたルミアさんが私の胸に耳を当てる。


「……弱々しいが……オーラが確かに巡っておる! 成功じゃ!」

『お疲れ様、カティア。完治まで時間が掛かる様なら、また呼んで頂戴。今日と同じように協力するわ』


 憑依状態を解いた水の大精霊が微笑む。

 こんな顔も出来るんだ、この人。

 呼吸を整え、軽く額の汗を拭う。


「ありがとうございました、サスーリカさん。みなさんも、ありがとうございまし――ぐふっ!?」

「お兄ちゃーん!!」


 腹にアカネの頭突きを受けながら、私は皆に感謝して頭を下げた。

 反応は様々だった。

 特に何もしていないのにふんぞり返るルーク、感謝されて緩い顔になったミストラルさん、疲れたからと新しい茶を要求してくるルミアさん。

 ……手足にも力が戻りつつある。

 ただ、暫くオーラが少ない状態で過ごしていたので全力時の感覚が不安だ。

 オーラが完全に戻ったら、帝国との本格的な開戦前に誰かとしっかりした模擬戦をした方がいいかもしれない。

 こういう場合の相談相手はアイゼン騎士団長だな。

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