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剣聖の弟子  作者: 二階堂風都
第十一章 開戦
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力の代償

 四国会議も残すは調印式のみとなり、往時の忙しさは収まりつつある。

 時間に余裕が出来た私は、体の不調に関してルミアさんに相談することにした。

 幸いルミアさんの方も時間を取れるとの事で、現在は泊まり込んでいる部屋にアカネと共にお邪魔している。

 中は書物と書類が散乱していて、精霊関連で判明した情報を纏める為に奔走していた様子が窺える。

 二人でテーブルの上をどうにか使える状態まで整理し、私がお茶を淹れたところでようやく話が出来る運びとなった。


「……ふむ。弱まった魔法の威力が突如増強され、しかも敵の攻撃が体をすり抜けたとな」


 私が取った無謀な行動に対し、散々にお説教してからのこの言葉である。

 見た目は童女のようでも、こういう所はしっかりおばあ――年上の女性なんだなあと思う。


「記憶が怪しい部分も多いですが、アカネと後から確認しても齟齬そごはありませんでした」

「戦場で正気を失う兵など珍しくもないが……お主の言う事なら、別に疑いはせぬよ」

「ありがとうございます。ですが一応、確認の為にその戦場を監視していた獣人国の兵からも、それらしい証言を幾つか得ています。目覚めた後に話を聞こうと近付いたら、あからさまに怯えられたので少し傷付きましたけど……」

「うん。それとその時は頭の中がごちゃごちゃーってして。でも出てくる声は一つで」

「う、うむ? アカネの言葉は、酷く感覚的で難しいのう……。と、とにかくじゃ。これは推測の域を出んのじゃが、恐らく――」

『お前の体が一時的に精霊化してたってことだな! カティア!』

「だ、誰ですか!?」


 声がした方向に反射的に首を動かすと……上、だろうか?

 椅子から腰を浮かしてそちらを見ていると、天井から突然ニュッと足が生えた。

 唖然としていると、腕組みをした男が天井を貫通しながらゆっくりと部屋の中に降りてくる。


『俺様だ!』


 割り込んできた声の主は、火の大精霊――ジークのものだった。

 床に着地すると、自分を親指で指差して名乗って? 見せた。

 大仰な登場をして見せた背後で、二つの溜息がシンクロする。


『わざわざ部屋の上部へ迂回したから何かと思えば……君は相変わらず阿呆だな。ボクは身内として恥ずかしいよ』

『まさかとは思うけど……これが常態なの? 度し難いわね……初代国王』

『何だよ。折角の再会なんだ、驚きがあった方が楽しいだろ? 硬い! お前らの態度は硬過ぎる!』

『君が緩いだけだろう……?』


 目の前には、土を除く三柱の大精霊が揃って並んでいた。

 火は茶の短髪、長身で鍛えられた体つきのジーク。

 風はボーイッシュな短髪で、エルフ標準の金髪と緑の瞳を持つミストラルさん。

 彼女とはニールさんと城下へ買い物へ行った時に出会ったのでこれが二度目となる。

 水だけは完全に初見で、視線を向けるとどうやらあちらから名乗ってくれる様子。


『初めまして、カティア。それとアカネ。私の……この代理人格の生前の名は、サスーリカ』


 涼やかな声が部屋の中に響いた。

 うん? サスーリカ……?

 聞き覚えがある名前だった。

 それにこの特徴的な容姿。

 大精霊の代理人格は、今の所ガルシア国内の偉人が選ばれ易い傾向がある。

 そもそも代理人格は、大精霊が円滑に意志の伝達を行う為に生み出したと本人達が語っているので、これは間違いないと思う。

 なるべく馴染みの深い人物を、ということなのだろう。

 ということは彼女も……ええと、確か本で……それも最近……あっ。


「もしかして……氷の魔女さん、ですか?」

『その呼ばれ方は好きではないのだけど――そう呼びたければ、別に構わないわ』

「あ、いえ。ではサスーリカさんと」

「よろしくー。青いお姉ちゃん」

『宜しく。長い付き合いにならないことを願うわ』

「? それはどういう……」


 それっきり視線を外し、私の疑問に答えてくれる気はなさそうだった。

 氷の魔女は三代国王に仕えたガルシアの英雄だ。

 その異名が示す通り、水系統に含まれる氷魔法を得意としていた。

 国境にあるリィスという湖を利用して、真偽は定かではないが数千もの敵を氷漬けにしたという逸話が残っている。

 空色の髪と瞳は、本の挿絵とほとんど同じものだ。

 アカネが「青いお姉ちゃん」と呼んだのも、的を射ている表現といっていい。

 その理屈でいくと私達は二人とも「赤い人」になってしまうわけだが。


『偉く愛想のない対応だなぁ。別に発言の意図くらい教えてやってもいいんじゃないか? 減るもんじゃないんだし』

『……』


 水の大精霊が無言でジークを睨みつけた。

 その鋭利な眼差しは、直接向けられた訳ではない私まで、思わず震える様な迫力があった。

 室温が数度下がったような気さえするほどだ。

 それを目の前で見せられたジークの顔が引きった。


『あ、あの女こええぞミスティ。俺様、実体ないのに寒気が』

『……君が悪い。冗談を言う相手は選びたまえ――と、昔から言っているだろう?』

「お主等な……人の話の腰を折っておいてそれはないじゃろう? さっさと精霊化とやらの続きを話さんか! 雑談をしたいのなら他所よそでやれ! 他所で!」

『まあまあ、そう目くじら立てなさんなって。今、順を追って話して……話して…………あー……………………頼む、ミスティ』

『全く……』


 妙に既視感のある二人――もとい二柱のやり取り。

 誰かさんを思い出すな……リで始まってリで終わる名前の人。

 まさか説明放棄が遺伝だとは思わなかった。

 風の大精霊であるミストラルさんがそれに慣れている様子なのが、見ていて何とも言えない気分になる。

 火と水の大精霊が場を譲るように一歩下がり、風の大精霊がテーブルの真横へと進み出る。

 意識を誘導する様に、長い人差し指をスッと立てた。


『まずは論より証拠。そこから補足が必要なら随時、ということにしよう。ルミア、貴女の種族はハイエルフだったね?』

「む? そうじゃが」

『ハイエルフは特別、魔力探知能力に長けている。ボクには生前、ハイエルフの男を師と仰いでいた経歴があってね』

『懐かしいなー。シュテッパートだろ? 良い奴だったよな』

『……そうだが。説明する気がないなら黙っていてくれ、ジーク』

『あ、悪い』


 謝りつつも悪びれた様子が薄い。

 付き合いの長さ故か、彼女もそれ以上は追及する気が無さそうだった。

 その諦め顔に苦労人の気配を感じる。


『はぁ。話を戻そう。今からその探知能力を用いて、カティアの状態に探りを入れて貰う』

「ふむ。今までも何となーくなら使っとった能力じゃが……その口振りじゃと、この能力の踏み込んだ使い方も知っているという事で良いのじゃな? 儂は現状では、カティアの異常を特に感じ取れん」

「うん、然りだ。説明する相手の頭の回転が速いと、楽で助かる」


 その言葉と共に皮肉のようにジークに視線を向けるが、当の本人は知らん顔だ。

 ミストラルさんが言うには、能力の扱いに熟練したハイエルフなら、近付くだけで相手の魔力を隅々まで探ることが可能とのこと。

 しかしルミアさんは、その境遇の為に誰にもその能力の使い方を教わることが出来なかった。

 結果、種族特有のその能力を万全には使えていないということらしい。

 それでも以前、私の中にアカネが眠っていることを見抜いた訳だけど……。

 結果的にそれが、アカネの救う為に行動を起こすきっかけとなったので、私にとっては非常に有り難い能力ではあるのだが。

 どうやら今回も、その能力にお世話になる事になりそうだ。

 どんどんルミアさんに対して頭が上がらない状態になってるような……いつか受けた恩を返したい所だ。

 ミストラルさんが早速始めよう、と続けて私とルミアさんを近くに座らせた。


『まずは対象になるべく密着する』


 密着と聞いて、ルミアさんが正面から私に抱き着く形になる。

 至近距離で目が合うと、うっすらとルミアさんの頬が桜色に染まる。


「お、おお。これは少々、照れくさいのう」

「仰らないで下さい……何だか私まで恥ずかしくなってきました」

『いやいや、お前ら女同士だろ? 何でそんな――ん? ……ああ、そうか、忘れてたわ。そうかそうか……うむっ。マジでカティアはややこしい奴だな! めんどくさっ!』

「うん! お兄ちゃんだから仕方ないねっ!」

『火の精霊同士、気が合うのは分かるがね……静かにしたまえ、君達。これは集中力が必要な行為なんだよ。では、次。対象の鼓動の音を聞きながら、探知側が呼吸を合わせる』

「鼓動……こうか?」


 割と遠慮なく側頭部を押し付けられる。

 不意打ち気味な感触に、反射的に体がびくりと跳ねた。


『……間に無駄な脂肪の塊があるようだけど……ちゃんと聞こえているのかい? それ』

『無駄とは何だ。大きい事は良い事だ! 眼福であるっ! ……そういやエルフって、全体的に細身の奴が多くないか? 何でだ? 草ばっか食ってるからか?』

『黙れ馬鹿王。こちらを見るな。で、どうなんだい? ルミア』

「……。何だか……眠く……なってきた……のじゃ……」

『おい』

「はっ!? い、いや、大丈夫じゃ……ちゃんと聞こえておるとも。じゅるっ」

「あの、涎……」

「呼吸を合わせ、集中すれば良いんじゃな?」


 ルミアさんが目を閉じる。

 す-、ふー、という長い呼吸が、鼓動に合わせて少しずつ短くなっていく。

 …………。

 そのまま暫く規則的な呼吸が続いたかと思うと、ルミアさんが驚いた様に急に頭を離した。


「こ、これは……やはりそういうことか……」

「ルーちゃん? お兄ちゃん、何処か悪いの?」


 再度、確認する様にルミアさんが頭を密着させる。

 少しの間の後、今度はそのままの体勢で口を開いた。


「魔力は問題ないのじゃが……オーラの総量が不自然に減って――いや、オーラが体内で循環せずに外へ溶け出している? まさかとは思ったが」

『正解。そしてそれは、先程ジークが言った精霊化の後遺症でもある』


 確かに最近の鍛錬でも、オーラが上手く出ない日が続いていた。

 しかし、体調が悪いからオーラが弱っていると思っていたのだが……まさか逆だとは思わなかった。

 オーラが漏れているから体調が悪かったのか。

 原因は分かったけれど、何故そうなったのかが不透明なままだ。


「ミストラルさん、先程から仰る精霊化というのは?」

『戦いの最中、沢山の声が聞こえ、赤く光る何かが見えた……君はそう言ったね?』

「は、はい。幻覚でなければ、少し前にアカネが可視化してくれた精霊と同じものだと思いますが……」


 あの時は頭が熱に浮かされたようになっていたから、自分が見ていたものが現実かどうか自信がない。

 しかし、風の大精霊(ミストラルさん)が私の言葉に頷く。


『同じものさ。戦場で感じた声も、光る何かも、精霊の姿なんだ。アカネが見せてくれたケースの方に支障はない。ボクらにも出来る事だ。問題なのは――』

「人間は自力で大精霊以外の小さな精霊を視る事は出来ない。例外は大精霊が介した場合だけ……つまりアリト砦の時は、一緒に居たアカネが見えるようにしていた訳では無いんじゃな? 故にそれが問題じゃと」

『その通り。カティアが自力で視えてしまうのはマズいんだ。窮地に陥り魔力が減ったカティアは、それを補う為にオーラを精霊に限りなく近いものに変換……己を疑似的な精霊と化し、周囲の精霊と同調しながら強引に魔法の効率を高めてその場を切り抜けたんだろう。いやはや、恐ろしいことをしたものだ』


 あの瞬間、君は人と精霊の中間の様な存在と化していた。

 人としての体を維持するためのオーラが急激に減り、実体の有無すらも朧気おぼろげな状態。

 だから敵の攻撃が当たらなかったのだ、と彼女は言葉を続けた。

 最後まで剣を握り続けることが出来たのは奇跡だと。

 頭に響いた声は、精霊と同調したが故にその思念を拾ってしまった事が原因とのこと。

 姫様の中に大精霊が留まっていた時と似た様な現象らしい。


『よくも元の体を取り戻せたものだ。しかし精霊は本来、死した者の魂が新生を待つ姿。力を借りるだけならまだしも、そちらの領域に生者本人が無理に踏み込んだ代償……とでも言うべきかな。不調に陥るのも無理からぬことなのさ』


 ……理屈は理解した。

 けれども開戦が間近に迫った今、このままの状態で戦場に出るのは厳しい。

 何よりも、周囲の仲間に迷惑を掛けかねない。


「……では、黙って回復を待つしかないのですか? それとも、まさかずっとこのまま――」

『落ち着きたまえ。結論を急がない。そもそも何故、君がオーラの精霊化などという芸当が出来たか……それを紐解けば、自ずと対処法が見えてくる。鍵は魔法剣にある』

「魔法剣と何の関係が?」

『反発するのが基本のオーラと魔法……その融合を可能にしているのは、ひとえに君がオーラの質を操作する能力を持っているからだ。それが異質な魂を受け入れ、二つの魂を支え続けるその肉体の能力なのか、それとも一度死を体験した魂から発する能力なのかは、ボクらにとっても不明だが……』

「んー……? ようは、お兄ちゃんが変ってこと? ルーちゃん」

「まあ、変……ではあるの。変人じゃな。間違いなく」

「ひどい言われよう」


 通常の魔法は、各人の持つ魔力の波長がいずれかの精霊と噛み合えば発動する。

 それが一つしか合わせられない場合は一属性シングル、複数に合わせて魔力の波長を変えることが出来れば二属性ダブル三属性トリプルなど多属性の使用者となる。

 というのが、精霊の存在が判明してから分かった法則らしい。

 オーラに比べると魔力は柔軟で、波長の操作を行っても体に影響などは出ない。

 私の場合は、本来出来ないオーラの波長を変えてしまっていることが問題とのことだ。

 魔法剣の個人的なイメージは、魔力とオーラをぶつからないように剣に向かって螺旋状に回すというものなのだが……ニールさんに話した所、オーラは量の調整が精々で、普通は曲げたり回したり出来ないと苦笑されたことがある。


『結論としては、無理に疑似精霊化させたオーラが元に戻らないまま更に体内で増産……当然、生身の体には合う訳がないからそれらは体外へ排出されていく。恐らくオーラを操作する能力が、精霊化の反動で何らかのダメージを負ってしまっているのが原因だろう。もしそのまま放っておけば――』

「放っておけば?」

「体の維持に必要なオーラが減少していく。行き着く先は――死だ」


 何となく予想は出来ていた。

 最近になって頻発している意識が遠くなっていく感覚が、前世で刺された時と似ていたから。

 なのでその言葉に、私はそれほど衝撃を受けなかったのだが……。


「い、いかん! それはいかんぞ! 早く具体的な解決策を教えんか! 最近は長年かけて蓄えた知識が役に立たんことばかりじゃ……!」

「そーだよミッちゃんっ! 早くしないとお兄ちゃんが、し……し……うぇぇ……」

『み、ミッちゃん!? 何だその珍妙な呼び名は――ま、待て、泣くな! ボクは事実を告げただけだ! 解決策だって順を追って――』

『あーあ。何泣かせてんだよミスティ』

『ボクの所為せいか!? ボクの所為なのか!? ええいジーク! 見ていないで何とかしてくれ! 子供は苦手だ……!』


 泣き出したアカネを宥める面々をよそに、水の大精霊が大きな溜息を吐いた。

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