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剣聖の弟子  作者: 二階堂風都
第十章 四国会議
133/155

エルフの王

「……次は、エルフの国の王の所へ……」

「……あちらにいらっしゃる、貴族の御令嬢に囲まれている方ですか?」

「歳若い女性達に囲まれているという状況そのものが、陛下がそこに居るという証拠かと」

「?」


 キョウカさんの言葉の意味は今一つ分からない。

 姫様の視線の先では、一人のエルフ族の男性が女性達に囲まれている。

 人の壁で良くは見えないが、どうやらかなり端正な顔立ちをしている様子。

 周囲の女性達の瞳は、そんな彼の姿に釘づけのようだった。

 恐らくガルシア貴族の女性達で、十代の若い娘達が中心である。


 一方で、彼女等をエスコートしてきたのであろうガルシア貴族の男性達は、集団から弾き出されて面白くなさそうに酒などを飲んでいる。

 私はどちらかというと男性陣の気持ちが良く分かる……顔面偏差値の差が歴然だと、何も出来ないし強く言えない。

 見ていてツライ状態。

 しかし何だ、女性達が形成しているこのピンク色な空気は。

 はっきり言って、仕事でなければ近付きたくない。


「しかし、聞いていたよりもお若いですね。まるで二十代のように見えますが」

「ウィル・フランプトン・ランヴァイル・ウィンギル陛下。年齢は四十五ですね」

「……名前、長いですね。しかし四十五ですか。エルフは老化が遅いとは言いますけれど」


 キョウカさんの言葉に、私はぼんやりとそんな感想を返す。

 四十五だという彼は、見た目は二十代前半にしか見えない。

 距離が近付いたことで見えた容姿を一言で表すなら、少女漫画の王子様のようだ。

 私は女性の平均身長よりも頭一つ分大きいので、こういう時は便利だ。

 長い耳はエルフの標準装備として、金髪碧眼、手足が長く鼻梁は整っていて顎のラインもシャープで綺麗だ。

 二重の切れ長の目で、周囲の女性に時折流し目を送っている。

 どうやら、この色気のある流し目にコロッとやられている模様。

 エルフは美形が多いので、その王ともなればそれなりに容姿に期待する女性も多いのだろうけれど……この状況はいささか異常なような。

 姫様がそんな、彼を囲う女性陣の輪に近付く前に――スッと一人の男性が腰を低くして近付いて来る。


「姫様」

「……ミディール。例の件……?」

「はい。全て問題なく」

「……そう。ご苦労様……」


 ミディールさんが報告したのは、ガルシアに残ったバアル教徒の残党に関するものだ。

 今夜、若しくは明日の会議に合わせて「事を起こそう」という不穏な動きがあるとの情報を掴んだのは、今朝早くのこと。

 全て終わったという事は、全員を捕らえたか若しくは……といったところだろう。

 これで今夜、何者かに襲撃される危険性が一つ減ったということになる。

 警備の気を抜ける訳ではないが、これは吉報と思っていいだろう。


「……仕事が終わったなら……ミディールも、夜会に参加していって……」

「いえ、私はまだ事後処理が――」

「……駄目、今日はもう……休みなさい。……タキシードも、着てる……」

「これは場に合わせた結果ですが…………分かりました」


 ミディールさんは渋っていたが、姫様の強引な言葉に眉間の皺が少し緩んだような気がした。

 疲れていたとしても、ミディールさんは人に弱みを見せるタイプではないだろうから。

 姫様のこういうところは、素直に凄いと思う。

 尤も、倒れるまで働いてしまった父親を見ていた所為かもしれないが……。


「そちらに同行はできませんが、参加はしていきます。それで許して頂けますか?」

「……うん。いいよ……」

「では、失礼します」


 報告を終え、ミディールさんが軽く頭を下げる。

 しかし、別れの言葉を告げたにも関わらず直ぐには立ち去ろうとしない。

 不思議に思っていると――懐に手を入れ、鈴の様なものを取り出して一振り。


 リーン……。


 雑踏の中にあっても、落ちたコインの音が不思議と鮮明に聞こえるように。

 その音は楽団の楽器の音にも消されずに、周囲の人間の意識を強烈に引き付けた。

 ミディールさんは誰にも見咎められない内に、鈴を再度懐へ。

 夢でも見る様な目でエルフの王を見ていた女性達は、一瞬夢から醒めたような顔をしてこちらに注目すると……再び夢の中に居る様な熱っぽい表情に戻った。

 今度は姫様の方を見て、であるが。

 人の壁が割れ、姫様の通り道が出来る。


「姫様……!」

「リリ様だわ……!」


 貴族の令嬢達が、口々に囁き合う。

 さすがミディールさん。

 この人の壁を掻き分けて進むなど以ての外だし、真後ろに立って咳払いなんてのもマナーを考えれば当然よろしくない。

 姫様の手を煩わせず、彼女らに「そこに姫様が居る」という事を気付かせることで、互いに無礼にならない。

 穏当且つスマートなやり方。

 格好良いよなぁ……私も彼の様な見た目に生まれ変わっていたら……いや、無理か。

 どうせ行動が伴わないだろうし。

 去り際に、ミディールさんが私に声を掛ける。

 視線は互いに合わせない。


「カティア殿。後で少しだけ、お時間を頂けませんか?」

「? ……ええ、構いませんが」

「では、夜会の後で。それから――ドレス姿、素敵ですよ」

「!?」


 予想していなかった賛辞に振り向くと、既にその背中は遠くに在った。

 耳元で囁くから、ぞわぞわきたんですけど……。

 そのまま会場の奥に去っていく――あっ、直ぐに妙齢の女性に捕まった。

 やっぱりモテるんですねぇ……ちっ。

 

 さて、気を取り直して今はもう一人の方のイケメンだな。

 割れた人垣の中を進むのは独特の緊張感がある。

 姫様に続いて、キョウカさんと共にひっそりと目立たないように輪の中へ。


「姫様の後ろの方って……」

「カティアさんよ、カティアさん! 凛々しくって素敵……!」

「ドレスも似合ってるわ……」


 失敗。

 ドレスを着ていることで、恥ずかしさと私へのダメージは二倍だ!

 姫様、もっと速く進んで下さい……!

 キョウカさん、さりげなく私から距離を取らないで。

 泣くぞ。


「……ウィル」

「やあ、リリにキョウカ。それから、カティアだったね? 壇上で勲章を受け取る君の姿――とても美しかったよ。私ほどではないが」

「……あ、ありがとうございます……」


 開口一番、歯が浮くようなセリフを平然と口にするウィル王。

 ……反応に困る。

 そして、最後に付け加えた台詞は一体?

 別に否定はしませんが。


「私から君に、これを贈ろう」


 そう言って何も持っていない手を私に向けて差し出す。

 不思議に思って見ていると、軽く手を開閉させた。

 パッと花弁が舞い、真っ赤なバラが突如手の中に出現した。

 ――おおっ!?


「「「キャーッ!!」」」


 うるさっ!?

 周囲の女性達の黄色い声援に、耳がキーンとなる。

 はしたないですよ、お嬢様達……。

 これは魔法? それとも手品の類だろうか?。

 私は遠慮がちにそれを受け取った。


「ありがとう、ございます。き、綺麗なバラですね……」

「美しさの中にある、薔薇の棘の様な強さ鋭さ……君にはぴったりの花だろう?」


 うわぁ……背中が痒い。

 気障だし、しかも本格的なナルシストの模様。

 その証拠に自分の言葉に酔う様に、うっとりと目を閉じている。

 こんなのが良いのか? ガルシアの女性陣。

 対応に困ってしばし放っておくと、ウィル王がようやく自分の世界から帰ってくる。


「さて、君達と話し込む前に――お嬢さん方。宜しければ、我が臣下達と一緒に踊って頂けないだろうか? 連れて来たのは、人族に友好的な者ばかりだ」


 ついでに美形揃いだ。

 ウィル王の指図を受け、王の後方で控えていたエルフの青年達が女性達を誘って連れて出して行く。

 まるでホストの客引きみたいだ……。

 女性達も王に劣るとはいえ、美形揃いのエルフ達に満更でもない様子である。

 暫くして、密集していた人が散り始めた。

 

 これはちょっと残されたガルシアの男性陣が憐れなんじゃ……と思ったら、彼等の姿が見えない。

 少し会場を見回してみると、あちこちに散らばって思い思いに女性を踊りなどに誘っている。

 意外とたくましいなガルシア貴族!

 ミナーシャも、その中の何人かに誘われているようだ。

 人の事は言えないがあのピンク色の髪は目立つので、嫌でも目に入る。

 ちやほやされて調子に乗っているのがここからでも分かり、少しイラッとくる。

 人が散ったことで視線の圧力が減り、個人的には一安心だが……ウィル王を守る者が誰も残っていない。


「宜しいのですか? 護衛の者も残さずに」

「こう見えても剣の心得がある。仮に賊が闖入したとしても、早々遅れは取らんさ。私の美しい剣術をこの場でお見せしようか?」

「いえ……何となくですが分かります。ただの勘ですが」

「フッ、そうだろう。私も君とは、戦いたくないと思っているよ。味方で良かったと」


 細身ながらも、彼の立ち姿には隙がない。

 戦場を経験したことでようやく身に着いた「強者」と「それ以外」を見分ける目。

 それによると、目の前の男は前者のそれだった。

 なんとはなしに見つめ合うと、そのままウィル王が私に顔をぐっと近づけてくる。

 ……近っ!?

 距離感おかしいよ、この人。


「それにしても君は美しい……それが上辺だけのものなら近付くほどに粗が見えるものだが、君は逆だ。思わず吸い込まれそうになる。私ほどではないが」

「あの……」


 そこで姫様が割って入り、ウィル王の体を私から遠ざけてくれた。

 いつもの無表情に、少しだけ不機嫌そうな色が混ざっている。


「ウィル……カティアにちょっかいを掛けないで……」

「おや? リリ、君が個人に執着を見せるなんて珍しいじゃないか。以前の君ならば――」

「……代わりにキョウカなら、あげてもいい」

「姫様!?」


 姫様の唐突な発言に、キョウカさんが悲痛な声を上げる。

 その言葉が本気でないのは分かり切っているのだが、生真面目なキョウカさんは言葉通りに受け取ってしまったらしい。


「ほう……良いのかい? 本当に貰ってしまうよ? 願ってもないことだ」

「待って下さい! 私には姫様を御守りするという大事な任務が! それに大勢の美女が揃う後宮に、私などが入れられたら直ぐに埋もれてしまいます!」

「君は己の過小評価が過ぎるようだ。で、どうなんだいリリ?」

「……いいよ?」

「姫様ぁーっ!?」


 ウィル王の言の通り、エルフの国には後宮が存在する。

 これはエルフの出生率の低さに起因していて、王家の血を絶やさない為の機関とのことだ。

 三人の子供が居る、ニールさんとフィーナさんの父ゲイルさんはエルフの父親としては優秀な部類。

 遠方なので今日の夜会には残念ながら参加していないが。

 ちなみに人族、獣人、ドワーフ、エルフの順に人口増加率は高い。

 帝国が過去の戦争において物量で押すことが可能だったのも、兵数の差が大いに関係している。

 これは村を出た直後、ニールさんに各国の情勢などを聞いていた時に得た知識だったか?

 ただし異種族同士の場合は出生率にブレが出るので、近年では――


「確か近年エルフ国の後宮では、異種族を迎え入れることにしたんでしたよね? キョウカさんのように、エルフでなくとも問題ないわけですか」


 王家がエルフによる純血では無くなってしまう可能性があるが、このままでは滅びすら見えてくる。

 それくらいエルフの生殖能力の低さは深刻だ。

 確か先代のエルフ王の時に、目の前に居るウィル王しか子が存在しない、という事態に見舞われていた筈だ。

 なので以前はエルフのみだった後宮も、最近になって制限を廃止したのだと聞いている。


「うむ。美しい女性を愛でるに、種族の壁など野暮というもの。私が即位して直ぐに後宮の仕組みを変えさせたよ」

「あ、御自身で提言なさったのですか。失礼ですけど、理由が如何にもというか……」


 そこまで話したところで、先程まで若い女性達が群がっていた理由に得心がいった。

 ウィル王自身が美形だという事もあるだろうが、お近づきになってあわよくば後宮入りの声が掛からないかという。

 エルフでなくても良くなった訳だから、可能性はあるのか。

 要は玉の輿ですよ、玉の輿。

 ああいう扱いをされたという事は、どうやら彼の御眼鏡には適わなかったようだが。


「……そう。だから人族のキョウカでも、全然おっけー……」

「……」


 あ、キョウカさんが白目を剥き始めた。

 余計な追い打ちをしてしまったような気がする。

 そろそろ助けて上げた方が良さそうだ。


「あの、お二人共。余りからかっては、キョウカさんがかわいそうです」

「――えっ!? 私、からかわれていたのですか!?」

「フフ……リリがキョウカを手放す筈がないだろう? だが、自分の容姿には誇りを持ちたまえ。美しく生んでくれた君の御両親にも失礼だろう? 私ほどではないが」

「……うん。冗談、だよ? ……多分……」

「多分とは何事ですか姫様! 腑に落ちませんわ! 嫌だと仰られても離れませんからね! 絶対に!」

「気が変わったら言ってくれたまえ。君達なら、何時でも歓迎しよう」

「……カティアは駄目って、言ったよね……?」


 ……その後も歓談が続いた。

 ウィル王は、変わった人物ではあるが冗談も通じるし意外と良識のある人物だという印象を受けた。

 ナルシストで美しいものを過剰に好む、という最初の印象は覆らなかったが。

 見た目こそ若いが年相応の落ち着きがあり、王としての貫禄も言動の端々から見え隠れする。


「時に……ルミア様は御出席なさっていないのかね?」

「ルミア様は今日はお休みになっています。会議に使用する精霊に関する資料を、今朝までずっと作成なさっていましたので……」

「残念だ。では、フィーナは?」


 ウィル王が挙げた名は、ガルシアからエルフ国へ使者に立った二人だ。

 エルフの王までルミアさんに対して敬称とは、エルフにとってハイエルフはやはり特別な存在らしい。

 フィーナさんは何処に――あ、居た。

 ニールさんと一緒にアカネの相手をしてくれている。

 偶然にも目が合うと、自分の事を指差して首を傾げたので軽く頷いてみせる。

 意図が伝わったのか、こちらにフィーナさんがやってきた。


「どーも、ウィル陛下。二週間ぶりくらいですか?」

「うむ。例の話は考えてくれたかな?」

「後宮入りの話なら断ったでしょ」

「まだ理由を聞いていないと思ってね。私は諦めが悪いんだ。君に描いて貰った私の絵は素晴らしく美しかったが、それだけでは満足出来ない」


 ウィル王、どうやらフィーナさんにも粉を掛けていたらしい。

 しかし、断ったと聞いてホッとした。

 フィーナさんに会い難くなるのは寂しいからな……。


「理由なんて――」


 断る理由を問われ、何故か私の方にちらりと視線を向けるフィーナさん。

 それを見たウィル王は「ほう……」と呟いて口元に手を当てた。

 フィーナさんが慌てるように、早口で捲し立て始める。


「ち、違うって! ……えと、アタシは別に一夫多妻を否定しないわよ。陛下の事だって嫌いな訳じゃないし。でも、後宮なんて堅苦しそうで嫌なのよ! 絵も自由に描けなくなりそうだし、もっともっと描きたい人や描きたいものが一杯あって――」

「成程、理解した。君が最も描きたい対象は既に居るということだね。常識に捉われない真実の愛――それもまた美しい」

「違うってば!」


 あれ、話繋がってる?

 急にウィル王が理解を示し、フィーナさんが顔を真っ赤にして何かを否定している。

 愛……愛ってなんだ?


「……そう……フィーナは、そうなんだ……」

「姫様、どうかなさいましたか? お菓子の食べ過ぎでお腹でも壊しました?」

「……キョウカ……少し黙って……」

「私の扱い最近雑ではありませんか姫様!?」


「フッ…今宵は三人もの女性に振られてしまった……しかし、そんな傷付いた私も美しい」

「ワザと勝ち目の薄い相手に行っていませんか? 見た目によらずタフな御方ですね……ある意味、尊敬しますよ……」


 何だろうこの人、ジワジワくる面白さがあるな。

 簡単に落とせそうな相手は他に沢山居たっていうのに……。

 そのままウィル王が自分の世界に浸りだしてしまったため、その場はお開きとなった。

 最後は獣人国、ライオルさんのところへ。

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