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剣聖の弟子  作者: 二階堂風都
第十章 四国会議
131/155

光の中で

 セットした髪やら衣装やらが乱れないように気を遣いつつ、出来る限り早足でホールへと向かう。

 ――歩き辛い、歩き辛いよこの格好!

 私達が通る度に何故か警邏けいらの兵が二度見してくるので、視線を振り切る様に更に加速。


「待って、カティアちゃん。大股歩きは駄目よ。踵の高い靴は、歩幅を小さくして歩いた方が綺麗におしとやかに見えるんだから」


 フィーナさんがそんな私の腕を掴んで引き止める。


「今はそんなことを言っている場合では――」

「駄目よ。その手の靴を履くのは初めてなんでしょう? 癖になったらどうするの。それに――」

「それに?」

「多分大丈夫よ。少しくらいなら遅れても」

「……何か根拠があるんですか?」

「ドワーフって、元々土と火の精霊をあがめている種族なのよ。そういう精霊信仰っていうのは、エルフにもあるんだけど」

「初耳です」

「エルフの風・水とは対みたいな関係ね。今になって初めて精霊の存在が確認された訳だけど、火の精霊に深く関わっているカティアちゃんなら、そう邪険にされることはないかなって」

「どちらも普通に自然信仰か何かだと思っていました。精霊を信仰していたんですか」

「ガルシアが出来てからは公然の秘密って感じで、まあ興味のある人以外は知らないのが普通よ」

 

 これは不勉強だったな……特にガルシア本国では、そういった種族特有の信仰を捨ててくる人も多いから。

 私はエルフもドワーフも、単に他種族よりも自然を大事にする種族という認識しかしていなかった。

 そういった信仰があるということは、過去に精霊を視認出来る人物でも両種族に居たんだろうか?

 実際に、精霊は身近にずっと在った訳だから。


「私も知りませんでした。獣人国では、建国の祖を戦いの神としてまつっているだけですね。先祖を祀るのと似た様な感覚なので、宗教色は薄いかと」

「ガルシアも多種族が集まる性質上、実質無宗教っすね……まあ、民衆はどんな神を信じても良い事にはなってます。自由っす」

「ふわぁーぁぁ…………にゃむ……」


 クーさんとニールさんが語る、各国の宗教事情はそんな感じだ。

 興味が無いのか、眠そうに欠伸あくびをしたのはミナーシャ。

 帝国のバアル教が異常に排他的且つ攻撃的な為、対立する各国の宗教は柔軟性が高く、いずれも民衆に強制をしていない。

 何にせよドワーフ国とエルフ国の人々にとっては、今回の大精霊の顕現は神が降りて来たに近い出来事な訳だ。

 そんな大精霊の力の一部を借り受けている私の扱いは、フィーナさんの言う通り悪いものにはならないだろう。

 かといって偉ぶる気は毛頭無いので、会ったらきちんと遅刻に対する謝罪は行うつもりだが……もう急いでも、数秒程度しか違いが出ない距離だ。

 なので、フィーナさんに言われた通りの歩き方を実践する。

 歩幅を小さく、後は背筋でも伸ばせば良いかな?


「そうそう、そのまま顎は引いて……うん、そんな感じ」

「お姉ちゃんがちゃんと女の子してる……!」


 静々と歩く私に、アカネが目を丸くした。

 普段の私、そんなに酷い?


「そもそも、遅れたのはカティアちゃんの所為せいじゃないんだから気にすることないわよ。じゃあ、アタシ達はあっちだから。カティアちゃんとアカネちゃんはそっちから、ね」


 フィーナさんが扉を指差す。

 会場はもう目の前だ。

 こちらはホール壇上の裏手に通じる関係者用の扉で、フィーナさん達は大勢のゲストが出入りする一般用の大扉へと向かって行く。


「カティアさん、いつも通りで大丈夫っすよ。自信を持って下さい」

「お姉さま! 不肖この私、今夜はお姉さまとアカネさんの晴れ姿を網膜に脳内に焼き付けた後、皆に広く広く伝えて――」

「はいはい、その辺にしてもう行くニャ。二人共、後でね」


 四人が去っていく。

 私はアカネと二人、いつもの賑やかな調子に軽く笑い合ってから扉を開けた。

 中に入ると、準備万端といった様子の姫様とキョウカさんが待っている。

 警護の女性兵士も、室内に二人ほど。


「お待たせしました」

「……カティ、アカネ。じゃあキョウカ……そろそろ……」

「……!」

「……キョウカ……?」


 姫様が椅子から立ち上がり、キョウカさんに声を掛ける。

 しかしキョウカさんは、私の姿を見た瞬間から口をポカーンと開けて固まったままだ。

 ややあって、下を向いて溜息を一つ。


「カティアさん、何てお美しい……。益々この姿で人前に出るのが憂鬱になってきました……。どう考えても、三人で並んだら一人だけ見劣りするではないですか」

「何を仰っているんですか。キョウカさんの方がずっとお綺麗ですよ」

「御謙遜を」

「いえいえ、これは本音ですから」


 元々が日本人の私の目には、キョウカさんの様な和風美人の顔立ちは好ましく映る。

 メリハリの利き過ぎた今の私の容姿よりは、むしろ羨ましいくらいだ。

 独特の奥ゆかしさがある。


「……」

「……」


 私達は無言で見つめ合った後、がっしりと握手を交わした。

 手袋ごしでも、確かに通じ合うものがあった。

 ……どうやらお互い、自己評価と周囲の評価が噛み合っていないようだ。

 実感の無いもので自信を持てと言われても中々に難しい。

 おだてられているだけじゃないかと疑ってしまう。

 姫様が不思議そうに首をかしげる。


「……? 何、してるの……?」

「いえ、仲間が居たので」

「人に見られることに慣れ切っていらっしゃる姫様には、御理解頂けないかと」

「……むぅ……」


 仲間外れにされたと感じたのか、姫様が僅かにむくれる。

 そして私の傍に居たアカネに目を止めると、屈んで視線を合わせて薄く微笑んだ。


「……アカネ、カティとお揃い……?」

「うん! リリちゃんはお人形さんみたいだねっ。きれー」

「……ありがと。アカネも……綺麗だよ……」

「ほんと!? リリちゃんだけだよ、そう言ってくれたの。みんなかわいいかわいいってさぁ。イヤじゃないけど、欲しい感想じゃないもん」


 いや、まあねえ。

 今のアカネを見てどちらの感想が先行するかって言うと……可愛いよね、うん。

 二人の会話を尻目に、キョウカさんが拳を握って一言。


「いざとなればさりげなく姫様の陰に入れば良いのです。普段通りに、我らはひっそりと後ろに居れば問題ありません」

「そうですよね。それが良いです」


 後ろ向きな考え方まで、キョウカさんは私と一緒だった。

 主を盾にする護衛の従者二人……いや、敵が来た時はちゃんと盾になりますよ? 本当ですよ? 

 だから姫様、今夜だけはその輝くような美貌で私達の存在を霞ませて下さい。

 誰にも見えなくなる位に。


「……じゃあ、今度こそ行くよ……皆、待ってる。……準備はいい……?」


 姫様の言葉に全員が頷くと、察した兵士が舞台の壇上に通じる扉に手を掛ける。

 滅多に使われない為か、少し軋むドアが開かれると、華やかな光景が目に飛び込んできた。

 姫様、キョウカさん、私とアカネの順で中へと入る。

 ――着飾った男女が明るいホールの中、賑やかにお喋りに興じている。

 意外だったのは、それほど国によって集団が形成されていない事だ。

 人種や国を問わず、積極的に交流を図っている様子が窺える。

 獣人国の民衆は人族に差別感情を持っていたが、この様子を見る限り各国の上層部に関しては協調意識が高いようだ。


「あれは……」


 ……半透明で光る人達が、客の中に四人ほど混じっているのが見えた。

 目立つな……。

 大精霊の存在は、既に各国の要人に受け入れられているらしい。

 事前に、夜会ではアカネが姿を現したままで構わないと言われていたのが……こういう理由が背景にあったみたいだ。

 風と土には会ったことがあるが、初見の大精霊は男女の姿をしたものが一柱ずつ。

 男の方には見覚えがある。

 予想はしていたが、火の大精霊の中で私が会った男……ガルシア初代国王ジークが、明らかに私個人に向けて白い歯を見せてニッと笑った。

 ――よお、また会ったな。

 そう口が動いたように見えた。


「お姉ちゃん、あの人……」

「こちらを見たってことは、私が火の大精霊の中で会ったジークと同じ存在って事で良いと思う。細かく考えるとまた再構成された人格で記憶だけ同じ、とかも考えられるけど……頭が変になりそうだ」

「うん、それが良いね……」


 こちらが火の大精霊だとすると、もう片方が水の大精霊だろう。

 そちらは見た事が無い髪の長い女性だ。

 そんな人ならざる存在が混じるゲスト達だが、壇上に姫様が現れたのを見ると徐々にホール内が静かになっていく。

 と同時に魔道具による会場の明かりが絞られ、姫様だけにスポットライトのように眩い光が照らされた。

 自分の姿が暗闇に紛れたので、少しホッと一息。


「――皆様、本日はお集まり頂き有難う御座います。ガルシア王、リリ・ガルシアです。会議当日に先立ちまして、今宵は――」


 鈴を振るような声で、姫様が定型句を読み上げる。

 普段と違う明瞭な話し方は、滅多に見られない姫様の外行きモードだ。

 アラン王の躾なのか、式典の場での姫様はしっかりしている。

 ……記憶に新しい獣人国の使者の出迎えでは、盛大に素の状態で出て来たけれど。

 ルミアさんが大変激怒していた。


「――と存じます。まずは、乾杯の前に栄誉勲章の叙勲を行います。史上初となるガルシア・獣人国双方からの同時叙勲となりますので、異例ではありますがこの場を借りて執り行うことをお許し下さいませ」


 壇上の横に座っていた、ライオルさんとトレイのようなものを抱えたルイーズさんが立ち上がる。

 他の二国の首脳もそこに並んで座っていて……ギダンさんと思しき小柄なドワーフ族の人物は、腕組みをしてむっつりとした表情をしている。

 確かに機嫌が良さそうには見えないが、ニールさんが言っていたほど怒ってはいないような……?

 誰かに勲章を贈るというライオルさんは私と目が合うと――片方の口の端を吊り上げて笑みを見せた。

 嫌な予感が背筋を駆け上がる。

 姫様が壇上中央の位置を二人に譲りつつ、再度口を開く。


「カティア、前に」


 あああ……やっぱり。

 キョウカさんが気の毒そうな目でこちらを見てくる。

 だから姫様が一緒に壇上に上がれって言ったのか……私が逃げられないように。

 ――ドレスを着て勲章を受け取るって、何かおかしくないですか?

 軍服とかの方が相応しいのではないか?

 私は渋い顔をどうにか取り繕うと、姫様とライオルさんの前に進み出る。

 スポットライトに私の姿が照らされ、会場内がざわめいた。

 ガルシアの人々からは笑顔と拍手が、獣人国の人々も複雑そうな顔ながらも拍手を。

 残りの二国の人々は――私に対して懐疑の表情を覗かせている。

 そりゃあ姫様の傍仕えの様にして後ろに立っていた女が、武功を上げましたと急に前に出て来たらこうなる。

 私があちら側に居たなら、同じ表情をしていたことだろう。

 そんな視線の温度差こそあれど、あれほど嫌だと言ったのに物凄く目立っている……もう山に帰りたい……。


「ごほん。獣人国王ライオルである! 先の戦における功を称えガルシア近衛騎士カティア・マイヤーズに、英雄の証として一等勲章、及び些少ではあるが金子を与える! ――すまんな、こんなものでしか労に報いることが出来なくて」

「いえ、ライオルさん……カティア・マイヤーズ、謹んでお受け致します」


 後半は私にだけ聞こえるよう、小声である。

 ドレスの裾に気を付けながら膝をつき、ライオルさんに向かって頭を下げる。

 先に渡された金子は少しと言いながら、ずっしりと重かった。

 僅かに開いた巾着の口から、それが全て金貨だと分かる。

 獣人国が宝飾品の類を全て売り払ってしまったことは知っていたし、この金貨だって今後のことを考えれば痛手でない筈がない。

 彼等なりの誠意の現れが、無理をして用意したであろうこの重さなのだと私は思った。

 ……獣人国産の農作物が流通するようになったら、なるべく優先して買う様にしよう。

 そしてもう一つの武骨なデザインの勲章を、ドレスの胸元にルイーズさんがピンで止めてくれる。


「この素敵なドレスには合わないかもしれませんが……これは、私達からの精一杯のお礼の気持ちです。どうか受け取ってくださいませ」

「はい、ルイーズさん」

「ありがとうございました、カティアさん……獣人国は、貴女への感謝を決して忘れません」


 確かにドレスには合わないかもしれないが――これは今夜の間は着けておくべきものだろう。

 感情を滲ませながらも、ルイーズさんの壇上での所作は堂々としたもので、こんな風に公衆の面前で振る舞えたら格好いいと思う。

 姫様やライオルさんのそれは幼い頃から作られた純粋培養の技術なので、私には到底真似出来ない。

 生まれの差というやつだ。

 なので、手本にするならルイーズさんの様な人が正解だろう。

 ライオルさんと入れ替わり、続けて姫様が私の前に立つ。


「ガルシアからは星級勲章に加え……」


 姫様が勿体ぶる様に溜めをつくる。

 私の心情としては、晒し者になっている時間がキツイのでなるべく早くして欲しい所なのだが。

 勲章のランクもよく分からないが、星級と聞いたガルシア貴族が感嘆の声を上げたので、恐らく低くはないのだろう。


「カティアを空席の近衛騎士団・副団長に任ずる」


 ――うん? ふく……?? 今、副団長って言った!?

 姫様の護衛こそしているが、今の私の階級は平の騎士団員だ。

 上は将校、侍従、参事――あの、三階級以上すっとばして昇進してるんですが?


「今後も励むように」

「……えっ、あ……は、はっ!」


 つい間の抜けた返答しか出来なかった。

 呆然としている内に、姫様が星型の勲章を私のドレスに取り付けると……会場の方に向き直った。

 両手を掲げて呼び掛ける。


「我が国の誉れ高き騎士に、皆様改めて拍手をお与えください!」


 会場が拍手に包まれる。

 私は慌てて立ち上がると、胸に手を当てて会場の方へ一礼をした。

 顔を上げると、会場の様子が一気に目に入ってくる。

 一際嬉しそうに、大きな拍手をしているニールさん達を偶然見つけた。

 最前列に居たスパイクさんやアイゼン騎士団長、ダグザさんも笑顔でこちらを見てくれている。

 事情を知らない残りの二国の人々も、つられるように遠慮がちにだが私に拍手を送ってくれた。

 面映ゆいが……それと同時に温かい気持ちにもなる。

 ――ここのところ、今の自分の立ち位置が恵まれすぎていて何もかもに満足しそうになる。

 前世でも家族や友人は大事にしてきたが、今はこうして多くの人々に認めて貰えている。

 今居る場所が眩し過ぎて、その光の中で自分がふっと消えてしまいそうな不思議な感覚が……。

 会場の音が徐々に小さく聞こえ、視界もどんどん色褪せて――


「駄目だよ」


 不意に、真横まで来ていたアカネが私の手を固く握る。

 音が戻り、世界が急速に色付いていく。

 小さな手は、不安で震えていた。


「そっちに行っちゃ、駄目……」


 私は安心させるように手を握り返した。

 アカネが甘えるようにぐっと体を寄せてくる。

 今、私はどうなっていた?

 ……時折感じる、この妙な脱力感と何か関係があるのだろうか?

 拍手が鳴りやまない会場の中、遠くで火の大精霊 (ジーク)が険しい顔をしているのが少し気に掛かった。

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