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剣聖の弟子  作者: 二階堂風都
第十章 四国会議
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幕間 槍兵と警護任務

 ……よし、誰もこないな。

 周囲に人が居ない事を確認してから、正面を向いたまま口を開く。

 本当は警護中の兵は私語厳禁なのだが、少しくらい話をしないと強烈な眠気が襲ってくる。

 今、話題にするなら四国会議の件か王になって帰ってきたあの人、若しくは共に帰ってきた彼女のどれかだろう。

 僕が話の内容に選択したのは当然、彼女のことだ。


「……今朝のカティアさんの様子どう思います? 先輩」


「すげえよなあ。俺があれだけの功を立てたら、したり顔で自慢して回るってのに。出立前と一ミリも態度が変わってねえんだもん」


 僕らがカティアさんの姿を見たのは久しぶりのことである。

 獣人国へ使者として向かい、更にそのまま帝国との戦いに助勢。

 一騎当千の大活躍の上、見事に撃退したと聞いた時は自分のことのように興奮した。

 同じ国の人間として誇らしい限りで、一報を受けた王都はその話題で持ち切りだった。

 それもあってか、フィーナ・ラザさんの新作の絵を心待ちにしている人も多い。

 それに便乗して贋作の絵が出回ったりして情報部が摘発に忙しそうだった。


「まあ仮に先輩みたいに自慢して回ったとしたら、直ぐに人望なんて地の底ですがね! 先輩なんて元々減るような人望無いのに!」

「お前喧嘩売ってんだろ! 今日の仕事が終わったら模擬戦だ! ボロボロになるまで叩きのめしてやる!」

「ワーコワーイ」


 互角の実力でどうやって叩きのめすというのかね? はっはっは。

 そんな先輩はともかく、謙虚な姿勢がカティアさんの人気の秘訣だと思うね、僕は。

 今朝はキョウカ殿と交代で顔を見せたのだが、第一声が


「おはようございます、毎日お疲れ様です。今日も一日よろしくお願いします」


 これだ。

 何の変哲もない挨拶と侮るなかれ。

 「ご苦労」としか言わない上司やらたまに来る貴族たちとは、これだけでも大違いだ!

 あんな風に優しい笑顔も添えられると一日の活力が湧いてくるね。

 そんなわけで僕らは現在、姫様の執務室の前で警護を行っている。


「そういや、あの人の後援会ファンクラブは出来てねえのか? 姫様みたいな」

「もうありますよ。ほら、会員証」


 何を今更。

 当たり前のことを聞いて来るな、この先輩は。

 後援会というのは対象となる人を祭り上げて、その人の素晴らしさを語り合ったり共有したりする素晴らしい集まりのことである。

 本人非公認の組織だけどね。

 ちなみに姫様の後援会は「リリちゃんズ」、カティアさんの団体は――


「えーっと、何々……カティアさんを遠くから見守る会……気持ち悪っ!」

「気持ち悪いとは失礼な! カティアさんが騒がしいのが苦手だと聞いたから、こういう組織名になったんですよ!」

「もっと言うなら、お前の会員番号も気持ち悪いわ……何だよ八番て。一桁かよ」


 総会員数が五千を越える会の一桁番号シングルナンバーだぞ。

 他の会員から見れば羨望の的なのに、先輩は分かってないなあ。

 ちなみに敬称が「さん」なのは「様」呼びを本人が嫌がったという話から来ている。

 称号持ちは他国で言うところの将軍職なので、大抵の兵は敬称で呼ぶのが正解となる。

 しかし、とある兵士が「カティア様」と呼んだところ、本人から止めて欲しいと言われたとか何とか。

 なので今ではほとんどの兵士が「カティアさん」と親しみを込めて呼んでいる。


「そういやお前知ってるか? あの人、また変な噂が立ってるよな。例えば――」


 先輩が何かを言い掛けた所で、執務室の扉がゆっくりと開かれた。

 ――おっ、噂をすれば。

 慌てて居住まいを正し、先輩が口をつぐむ。

 扉から静かな所作で出て来たのはカティアさんだ。

 どうも間が悪かったようなので、先輩に代わって僕が用向きを尋ねた。


「あっ、カティアさん。どうかなさいましたか?」


 まだ姫様の執務時間は残っている筈だ。

 体感的には昼休憩にもまだ遠く、カティアさんが外に出て来る理由も特に無いと思うのだけど。

 まさか何か異常が? という疑問には、彼女が軽く手を上げたので違うと分かる。


「少しの間、部屋を離れます。一人は中で護衛を。姫様本人が外に出たいと言っても決して出さないようにお願いします。分かっているかと思いますが――」

「窓には気を付けるように、ですね。あの……我々には命令口調の方が。下手したてに出られると、増長する兵が居ないとも限りませんし」


 先輩が無駄と分かりつつもカティアさんに進言する。

 まあ、様付けを嫌がるような人なので答えは分かり切っているのだが。

 窓の件に関しては眷属の飛行能力を警戒しての話だ。


「性分なので。申し訳ありませんが留守を頼みます。では」


 うん、予想通りの反応。

 そのままカティアさんは廊下の先へ足早に去っていった。

 方向からして目的地は厨房、僕の予想では姫様のお菓子だな……。

 カティアさんが廊下の角を曲がるのを見計らい、先輩が再び口を開く。


「……むう。ありゃあ人気でるわ。偉ぶった様子が微塵も感じられねえ。ある意味、あの口調で壁を作っているとも取れるが……」

「僕も彼女の部隊に入りたいですよー。Aランク以上とか厳し過ぎる」

「お前、戦場の最前線に放り込まれたいの? 物好きだな」

「……遠くから見守りましょう! 後援会の名の通り!」

「アホか」


 そもそも兵士ランクが足りないけどな!

 精鋭部隊ということは先輩が言う通り、行き先は最前線なんだろう。

 カティアさん大丈夫かなぁ?

 心配な一方で、見てみたいなぁ彼女の勇姿。


「で、どっちが中で警護する?」

「僕が! と言いたいところですが、一応姫様と同性である先輩の方がいいでしょ」


 姫様と同じ部屋だなんて魅力的な選択肢だが、後でそうと知れたら「リリちゃんズ」の会員に何をされるか分かったもんじゃないからな。

 先輩に役目を譲っておくのが無難だろう、僕だって命は惜しい。


「一応って何だよ。俺はちゃんと女だよ」

「はっ、そんな口調で何言ってるんですかぁ? 髪も短いし体に凹凸だってないじゃないですか! カティアさんを見習え!」

「よし分かった。お前、殴られたいんだな?」

「そんなことよりも中の警護が無人はマズいですって。アラ……土の大精霊様が一緒とはいえ、実体は無いんですから。ほら先輩、早く早く」

「……ちっ。後で覚えてろよ」


 先輩が中に入り、執務室前には僕だけが残された。

 それにしても、一人になると途端に疲労感が増してくる……。

 ――警護任務には忍耐が必要だ。

 押し寄せる眠気、固まってくる体、渇く喉と時間になっても中々交代に来ない同僚等々。

 それらに耐えて、耐えて、耐えた先には……まあ給料っていう当たり前の見返りしかないんだけどね。

 ああ、辛い。

 そのまま三十分ほどが経過しただろうか?

 ――お? あれ、廊下の先に見えるのはカティアさんじゃないか。

 用事を済ませて戻ってきたようだ。

 遠くで見ても近くで見ても美人だなあ。

 長い髪を靡かせて歩く姿が非常に様になっている。

 見守る会の会員の半分が女性ってのも納得の格好良さだ。

 リリちゃんズは野郎ばっかりだしな……。

 せめて彼女が常に視界に入っていれば、退屈な仕事にも張り合いが出るんだけどなー。


「お疲れ様です。異常はありませんか?」


「はっ、異常なしです。――それは姫様へのご褒美で?」


 姫様への「ご褒美」……表現がちょっと不敬だったかな? その割にしっくりくるけど。

 カティアさんは蓋がされた銀のトレイを持っている。

 姫様の甘いもの好きは有名で、王位に就く前はキョウカ殿から隠れて何度も城から抜け出していた。

 目的は甘味屋だった訳だが、今はカティアさんの手造り菓子がお気に入りらしい。

 なので最近は城下へ行くことも減っていたが、カティアさんが暫く不在だったからな。

 自然と、姫様は甘味に飢えておられる。


「正解、差し入れです。多めに作ったので良かったら如何ですか?」

「職務中なので……と言うべきなのでしょうが、頂きます!」


 喜々として受け取りましたが何か?

 だってカティアさんの手作りですよ。

 見つかったら懲罰? 知らんな!


「ふふ、どうぞ。中の彼女にも、戻ってきたら渡してあげて下さい」


 二つのお菓子を受け取り、僕はその発言に驚いた。

 これは意外だ。

 カティアさんは先輩が女だと認識できていたらしい。

 線が細い男だと勘違いされることも多いっていうのに。

 初見で見抜くのは……会った人の大体三割ってところかなぁ。


「カティアさん、よく先輩が女だって分かりましたね」

「え? 確かに中性的な見た目の方ですけど、美人じゃないですか彼女。あまりからかわずに大事にしてあげたら、もっと女性らしい面が見られるかもしれませんよ?」


 先輩の女らしい面?

 …………いやいや、ないわー。

 ほら、鳥肌が立ったぞ? 超恐い。

 僕の余程嫌そうな顔を見たのか、カティアさんが苦笑した。


「では、姫様の警護に戻ります。引き続き入り口の警戒をお願いしますね」

「はっ! お任せを!」


 そう言うと、片手ではそれなりに重い扉を簡単に開いて室内に入っていく。

 それにしても、どうして彼女は普段から僕が先輩をイジり倒していることを知っていたのだろう?

 あの大規模訓練以来、僕らとは数度城内で会った程度だと思うのだけど。

 ひょっとしたら、僕が思っている以上に彼女は周りを気に掛けているのかもしれない。

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