サロンにて
「たっだいまー!」
「ただいま」
アカネと共に久しぶりの自室に戻り、旅装束や装備を外していく。
ここは以前、闘武会の開催前に泊めて貰った部屋をそのまま使用しているものだ。
普段は姫様の護衛の任がある為、私は許可を得て王城に住んでいる。
見た限り部屋の中に埃は無く、ベッドのシーツも清潔なので不在中もしっかり掃除を行ってくれていたらしい。
替えの服を収納から取り出して行く。
「お兄ちゃん、またそういう服? もっと女の子らしい服にしようよー」
「余り肌を出したくないんだよね。それに装飾が多いと動き難いっていうのもあるんだけど、何よりも恥ずかしい」
「えー、勿体ないよー」
ジーンズに近い素材のボトムスと、ジャケットに似たトップスに着替えてベルトを締める。
やや男性的な見た目の服であり、どちらも飾り気は無い。
コットと呼ばれる中世付近の文化形態らしいゆったりとした服もあるが、裾が長すぎて動くのには適していない。
他にも布を重ねて着る服やシャツの様なシンプルな物もあり、服の多様性に関しては、やはり迷い人のおかげという気もする。
着替えが終わり、外した装備をざっと眺める。
……手入れをしようにも、ランディーニ以外は――
「ずいぶんボロボロになっちゃったね」
「まあ、そうだね」
皮鎧は千切れかけ、マン・ゴーシュは修復不能なレベルにヒビが入っている。
ランディーニだけは何ともなく、僅かな歪みや欠けも見られない。
今後も何が起こるか分からない為、装備は常に万全にしておきたい。
ガルシアでは装備は個人で揃えることになっているので、国の支給などは期待できない。
その分、兵士に支払われる報酬は高いが。
「まだ日が高いし、武器屋を覗きに行こうと思うんだけど。アカネはどうする?」
「ニールくんとフィーナちゃんに会ってからにしようよ。それからでも間に合うよ」
「……そうだね。少し探してみようか?」
出迎えの一団の中に二人の姿は無かった。
他の任務でもあったのだろうか?
何であれ、使用人なり兵士なりに城内で聞いて回れば何か分かるだろう。
使者としての任務が終わり、暫くの間は休暇ということになるので時間は有る。
私達は部屋を出て、まずはサロンへと向かった。
「……」
「……」
――居た。
サロンにはフィーナさんとニールさん、それから獣人の四人組が揃っていた。
ただし、彼女等の間には奇妙な緊迫感が漂っている。
フィーナさんとクーさんが睨み合ったまま動かない。
「……どうしたんです? あれ」
私は迷った末、少し離れた位置に居たニールさんに声を掛けた。
「! あ、カティアさん、アカネちゃんもお帰りなさいっす! 無事にお帰りになられて嬉しいです。怪我してないっすか? 長旅の疲れとか、食事が合わなかったりは大丈夫でしたか?」
「ただいま戻りました、ニールさん。――ニールさんも、お元気そうで何よりです」
「ただいまー」
私達を見ると、相変わらず人の良さそうな笑みを浮かべてこちらを気遣ってくる。
そこは以前と変わらないが、体つきが数ヶ月前よりもがっしりとしたような……?
「帝国との戦争に参加したって聞いて驚きましたよ。カティアさんなら大丈夫だとは思ってたっすけど……」
「……ええ。良ければ、後で愚痴や苦労話なんかも聞いて頂けますか……?」
私の言葉にニールさんは意外そうな顔をし、アカネはにっこりと笑った。
やがてニールさんも微笑み、しっかりと頷いてくれる。
「はい、聞かせて下さいっす」
カノープス将軍の言葉が今も胸に残っている。
――ああ、本当にこれだけのことで心が軽くなるんだな。
私も淡く笑うと、ニールさんに話しの続きを促した。
「で、フィー姉っすけど。あちらの鳥人のクーさんという方と暫く話をしている内に何故か険悪に」
自己紹介はお互いに済んでいるらしい。
いざこざは勘弁願いたいところだが、原因を聞かないと対処のしようがない。
私は意を決して二人に近付いた。
足音が契機になったのか、二人が同時に息を吸い込む。
「白です!」
「黒でしょ!」
「二人共、何の話をしてるんですか?」
「何って、カティアちゃんに似合うドレスの色の話――あれ、カティアちゃん?」
私に気付かないほど言い争いが白熱していたらしい。
目を丸くして、フィーナさんが私を見た。
「はい。ただいまです、フィーナさん」
「カティアちゃーんっ! おかえりなさいっ!」
再会に、笑顔になったフィーナさんが勢い良く抱き着いて来る。
クーさんがそれを見て目を見開いた。
抱き合っているフィーナさんと私を指差して震えている。
「な、な、何でお姉さまにそんなに馴れ馴れしく!?」
「だって仲良しだもん。悔しい? ねえ、悔しい?」
煽るフィーナさんに対し、クーさんが鬼の形相になる。
女の子がしていい表情じゃないよそれ……。
しかし、そこでトテトテと近寄る小さな影が。
「二人は久し振りに会ったんだよ。だから許してあげて、クーちゃん?」
クーさんが今度は口を開けて固まる。
どうやらアカネは忘れているらしい。
リクさんとカイさんとクーさんは、アカネの姿を見たのは今が初めてだということを。
「……ち」
「「「ち?」」」
「小さなお姉さまが目の前にぃぃぃっ!? え、夢ですか? 幻覚ですか? 良く分かりませんがかわいいいいいいいいいいいいいいいい!」
「カオスニャ……収集つくのこれ……?」
私に聞かないで欲しい。
ミナーシャの危惧の通り、事情を説明し終わるまでに結構な時間を要した。
談話室のテーブルセットを二つ、八人で占領して座っている。
「――と、いう訳で私の魔法の威力の大部分は精霊であるアカネによるものです。理解して頂けましたか?」
「大精霊ですか。半端ないですね、お嬢は本当に。獣人は魔法には疎いんで分からん部分もありますが」
「お姉さまに似てカワイイので私は何でも良いです。あぁ、触れられないのが残念で残念で……」
「おじょー、話は変わるんですけどシラヌイは大丈夫です。色々と話をしたら厩舎番の方が誠心誠意お世話をすると言っていました」
リクさんには余計な仕事を押し付けてしまった。
一人で王城にも迷わずに来れた様で、なによりだった。
「ありがとうございました、リクさん」
「いえいえ、俺らはおじょーの部下ですから。何でも言って下さい」
部下か……まだ部隊も発足していないし、全く実感が無いなぁ。
リクさんの気持ちは嬉しいけれども。
「そうそれ! カティアちゃんの部隊の話よ! Aランク以上の兵士しか入れないって言うから大変だったのよ!」
突然、私の部隊という言葉に反応したフィーナさんが捲し立てる。
ニールさんが同意するように頷いて渋い顔をする。
「フィー姉はルミア様に魔法の特訓でしごかれてました。自分はアイゼン騎士団長とスパイク様に駄目出しの嵐を……ううっ」
「で、カティアちゃんの出迎えにも行けずにギルドの昇格試験を受けていたってわけ」
それで出迎えの中に居なかったのか。
確か以前はニールさんがCランク、フィーナさんがBランクだったな。
「結果はどうでした?」
フィーナさんがガッツポーズを見せる。
どうやら無事に昇格で出来たらしい。
「兵士のランクですか。話には聞いていましたが、俺達みたいな移住組はどうなるんですかね?」
カイさんが疑問を口にする。
それに答えたのはニールさんだ。
「大概は試験を受けて評価が付くんですけど……戦時下は戦争で実績があればそれを考慮したランクになった筈っす。その上リクさん達はライオルさんの推薦付きなので、まず試験は行わないかと」
そうなのか。
だったら、全員Aランク相当の能力と実績はある筈だ。
大体、ミナーシャがAなのだから同程度動けていた三人がそれ以下というのも考え難い。
ランクだけを考えると、この場に居るメンバーだけでも既に結構なエリート集団だと言えるだろう。
……それにしても結構な時間が経ったな。
ニールさんとフィーナさんの旅の話も聞きたいが、そろそろ武器屋に行かないと余裕を持って選ぶ時間が足りない。
明日でも良いのだが、腰に二本の剣が無いとどうにも落ち着かない気分だ。
「話は一旦この位にして……皆さん、この後の予定は何かありますか? 私は待機というか、休養を言い渡されたのですけれど」
「俺達はおじょーの指示に従えと言われてますんで、おじょーがお休みなら自分達も待機ですかね。それとも、何か別の御命令がありますか?」
「いいえ。ガルシアには不慣れでしょうからゆっくり休むなり、城や街を見て回るなりして下さい。私は今から城下に行きます」
皆が頷き、そのまま解散の流れになる。
かと思いきや、フィーナさんが急に大声を上げた。
「ああーっ! カティアちゃん、絵!」
「え?」
「え? じゃない、絵よ、絵画! 獣人国でも活躍したって噂がもう流れてて、その絵は無いのかって版元からせっつかれてんのよ。話を詳しく聞かせてよ、絵に起こすから」
「それなら、私本人よりも傍で見ていた人達に聞いた方が良いんじゃないですか? 自分を絵に描くように客観視しろって言われても難しいですから」
「それもそうね……よし、あんたたち全員アタシのアトリエに来なさいっ! 久々に腕が鳴るわ!」
張り切ったフィーナさんによって獣人組が有無を言わせず全員連行されていく。
一人を除いて戸惑った様子を見せているが、ああなったフィーナさんは誰にも止められない。
「え、何々? 強引過ぎないニャ、えっと、フィーナちゃん、だっけ……?」
「お嬢に負けない位パワフルですね、エルフの姐さん……」
「おじょー! これじゃ休めないです!」
「お姉さまの絵があるんですか!? 見たいです、フィーナ先輩!」
声がフェードアウトしていく。
ぐいぐいと押されるようにして曲がり角に五人が消えて行った。
アカネが私の指を引っ張る。
「お姉ちゃん、ちょっと酷いんじゃない? 四人も長旅で疲れてると思うんだけど」
「いや、まあ、上手く話す自信が無いのは本当だから。それに装備は大事なんだよ? さてと……」
そろそろ私も移動を始めよう。
ただ、武器屋の場所なんて把握してないな……。
ライオルさんが名指しした武器屋のオヤジさんなら先程の見物人に混ざっていたが、店の場所もあの近くの区画か?
確信が持てないので、詳しそうなニールさんに連れて行ってもらえたら助かるな。
声を掛けてみようか。
「あの、ニールさん。もし時間が空いているのでしたら買い物に付き合って頂けませんか?」
「――!? まじっすか、デートっすか?」
「? 男女で買い物に行くことをデートと呼ぶのであれば、まあそうかもしれませんが」
「行くっす! 行きます、是非!」
その定義だと、私達は王都に来るまでに何度もデートをしていたという事になるが……。
ともかく、ニールさんと共に武器屋に向かうことになった。




