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剣聖の弟子  作者: 二階堂風都
第九章 アリト砦攻略戦
113/155

獣人達の英雄

時折、浅くなる眠りの中で声を聞いた。

 聞き慣れた声、聞き馴染んできた声、初めて聞く沢山の声……。

 それらが近付いては離れて行く。


「……ん……」


 重く、熱っぽいまぶたを動かすと誰かが息を呑むような気配が伝わって来る。

 ぼやけた視界が回復すると、石材が剥き出しの武骨な造りの天井が見えた。

 横からの視線を感じて首をかたむけると、驚いた様子の――


「ミナーシャ……?」


 くりくりとした丸い目が、パチパチと瞬きをする。

 そのままたっぷり五秒ほど固まっていただろうか……直後、椅子を蹴立てて部屋を飛び出していく。

 何をそんなに慌てているのか、出口の近くで一度転びそうになった。


「おき、起きた! カティア起きたっ! ニャーッ!」


 通路に出ると、ミナーシャが叫びながら走って行く。

 置いて行かれた私はスッキリしない頭で周囲を確認した。

 狭い個室で、装飾の無い機能重視の壁と天井、窓は一つ。

 窓の外は明るく、時刻は夜ではなさそうだった。

 自分が眠っていたのは少し硬めの一人用ベッド、壁にはランディーニと千切れかけた皮鎧、それと細かな装備品。

 ここはアリト砦……か?

 しかし個室の数なんて僅かしかないと思うのだが、私が使っていてもいいのだろうか?

 ――あっ、そうだ……アカネは……!?


(アカネ! ……アカネ?)

(……すー……すー……)


 寝ているだけか……良かった。

 気配が薄いものだから、一瞬存在を感知出来ずに焦った。

 安心してから自分の状態を再度確認すると、腕や肩などに跡も残らない様な小さな傷がある程度だった。

 それらも軟膏のようなものが塗られ、丁寧に処置してある。

 ベッドの横の小さな台には水差しまで用意してある。

 この個室といい、明らかにそれと分かる厚遇に少し居心地が悪くなる。

 折角なので用意された水をちびちび飲みながらボーっとしていると、複数の足音が近付いて来る。

 駆け足……というか、随分と落ち着きのない足音だ。


「カティア!!」


 ドアが、歪むのではないかという勢いで強く開かれる。

 あ、金具とドアノブ取れた……。

 先頭でドアを破壊しながら入ってきたのはライオルさんだ。

 続いて三人組とミナーシャ、遅れてゆっくりとミディールさんが入ってきた。

 ミディールさんは壊れたドアを見て怪訝な表情を浮かべたが。


「おじょー、お疲れ様です! 俺、おじょーの戦いに感動しました!」

「お嬢、無事に目覚めたと聞いて安心しましたよ。あれから二日経ちました」


 丸二日も寝ていたのか?

 信じられないな……疲れていたとはいえ。

 取れたドアノブを見て目を白黒させていたライオルさんが、ぽいっと投げ捨てて口を開く。


「よう。まあ、言いたいことは山ほどあるんだが……そうだな、今は一言だけだ。……良く生き残った。皆を守ってくれてありがとよ、カティア」


 彼らしい、飾りのない率直な労いの言葉。

 その言葉で、ようやく戦いが終わったことを実感できた。

 生きてる……私達は、生きている。


「全く、いくら強いからってあんな無茶するんだから。今後はちゃんと私が見張ってないと駄目ニャ」

「ミナーシャに言われると腑に落ちないんですが……」

「何でニャ!」


 心配してくれてるのは分かるんだけど、本人の脇が甘いからな……。

 そういうタイプに保護者面されると、納得いかないというか。

 大体、ミナーシャはガルシアに戻ったら自分の所属領に帰るんじゃないのか?


「ン゛ーッ! ン゛ン゛ーッ!」

「……で、どうしてクーさんは縛られてるんです?」


 入ってきた時から異様な存在感を放っていた。

 背筋の力と羽の力だけでバッタンバッタンしながら移動してきた時は何事かと思った。

 恐いので触れないでおいたのだが。


「あー、これニャ? 興奮してて危ないから……」

「猛獣か何かですか?」


 上半身をロープを巻かれた上、猿轡まで噛まされている。

 一応歩ける状態にはあるので、ここまで来れたようだ。

 どんな事をしたらこんな状態にされるのだろう。


「えっと、解いてあげた方が――」

「いいけど、後悔しない?」

「……やめておきます」

「ン゛ーッ!?」


 呻き声が心なしか悲し気なものになった。

 後で落ち着いてからゆっくり話そう、そうしよう。


「カティア、兵達が待ってる。動けるか?」

「え? ええ、動けますが。待っている?」


 私の疑問には答えず、ライオルさんが手を貸してくれる。

 動けるとは言ったものの、四肢には上手く力が入らない。

 こうして支えて貰えるのは助かるけれど……。

 部屋を出る際、薄く笑んだミディールさんと目が合った。

 彼は何も言わなかったけれど、それだけで私達の無事を喜んでくれているのが分かった。

 防御力の為か、若干薄暗い砦内をライオルさんに抱えられるようにして進んで行く。


「王が人に肩を貸しても良いんですか? 他の兵の反感とか、王の威厳とか」

「何言ってんだ。第一功の人間に対して、王が肩ぐらい貸して何の問題があるよ。それに、あの戦いを見た奴なら誰だって――」


 言葉の途中で砦の広場へ出ると、圧倒される様な光景がそこにはあった。

 広場を覆いつくす兵士達が、こちらに向けて割れんばかりの歓声を上げている。


「「「カティア! カティア! カティア!」」」


 楽器を打ち鳴らし、握った拳を突き上げながら私の名を口々に呼んでいる。

 えーっと……。


「ほら、応えてやれよ。お前に対する歓声だぜ。皆、目を覚ますのを待っていたんだ」

「そ、そうですよね。ええと……では……」

「「「ワアアアァァツ!」」」


 ぎこちなく手を挙げて応えると、歓声が一段と大きくなった。

 砦が揺れんばかりの声に、私の体も震えた。

 砦の広場は大勢の獣人達ですし詰め状態だ。

 入り切らなかったのか、外からも呼応するように声が聞こえて来る。


「お前のおかげでこれだけの人数が生き残った。それだけじゃない、ここに居ない平穏に暮らしている連中だってそうだ。誇っていいんだぞ」


 その言葉に、私は照れ臭くなって下を向いた。

 それを見たライオルさんは私の背中を叩くと大きく笑った。





「で、論功行賞なんだがな」


 まだ疲労が残る私を連れて、部屋に戻ったライオルさんがそんな事を言い出した。

 今は戦いの後の状況を詳しく話してくれていた所である。

 それぞれ仕事があるのか、部屋には私とライオルさん、それとリクさんの三人だけが残っている。

 リクさんは工具を持ってドアを直していた。

 本人曰く、大工仕事は得意とのこと。


「今ですか? 王都に戻ってからでも」

「戻らねえんだよなあ、これが。四国会議に出る使節団と途中で合流して、そこからガルシアに行く予定なんだ。こっちの都合で随分と待たせちまったからな」


 日程を考えると、あれから二日経っているから……まあ、仕方ないのか。

 となると王都に凱旋も出来ない訳で。


「私達はガルシアからの援軍ですから、国宛てに何か返せば良いのでは?」

「お前ね、あれだけの事をして貰っておいて個人に恩賞を出さない訳にいくか。国としての常識を疑われるっつーの。ガルシアには別に礼を出すが、それはそれだ」


 心底呆れたような顔をされた。

 いや、まあ確かに頑張ったけどね?


「で、一つ訊きたいんだが。お前、何か欲しいものあるか?」


 欲しいものか……ううむ。

 獣人国が財政的に苦しい状況なのは嫌というほど知っているからな……。

 何か受け取っておくべきだというのは分かるんだが。


「無いですよ、別に。カノープス将軍の剣も駄目にしちゃいましたし」

「溶けてたもんな。つーか、ランディーニはやっぱ特別なんだな。そっちは何ともないようだしよ」


 将軍はつばから上が原型を留めないほど溶けた剣を目にして驚愕した後、苦笑いだったらしい。

 今度、直接お会いしたら謝っておかないと。


「まあ、そう言うと思ってよ。こっちで考えといた。例の馬、乗り心地は悪くなかったんだろ?」

「悪いどころか……賢いし、速いし、そのくせ悪路や細かな動きにも強い。何処から連れて来たんですか? あの馬」


 はっきり言って客将風情にポンと貸すような馬では無いと思うのだが。

 何処かの名馬としか――


「グルグル……」

「うわ!」


 耳元で突然聞こえた鳴き声に驚くと、窓からニュッと例の栗毛の馬が顔を出していた。

 低い声を出しながら私の方を見ている。

 トンカチの音が止まり、のんびりとした声が割って入る。


「おじょー、それ気遣ってるんですよ。母馬が仔馬の面倒を見てる時の声に似てますから」

「え、本当ですか? リクさん詳しいですね」


 どうやらこの馬、心配して私の様子を見に来てくれたらしい。

 嬉しいが、鼻水も一緒に飛んできて微妙な気分になった。

 やはり賢いのか、あの過酷な状況の中でも無事に砦に戻ってこれたようだ。

 と、そこで窓の外に人の気配が増える。


「あ、居た居た! 少し目を離した隙に……こ、これはライオル陛下! ご無礼をお許しください!」

「構わねえよ。ただ、話の途中なんで連れて帰ってくれるか?」

「はっ! ――こら、こっちに来い! 全く、どうやって厩舎を抜け出したんだ」


 駆け付けた世話係だろう兵士が馬の手綱を引いて去って行った。

 私は突然の事態に呆然とし、ライオルさんは横で腹を抱えて笑っていた。


「ククッ、随分気に入られたみたいだな。アレはな、兄貴……前王に献上された馬らしいからよ。名馬なのは間違いないぜ」

「はい!?」

「調教中に崩御したから、まだ若いし変な癖もついてねえ。あの馬をお前にやるよ」

「あ……え? あ、ありがとう、ございます……?」


 要は、国宝級の馬を君にあげるよ! ということらしい。

 リクさんが釘を叩く音を聞きながら、私は口を開けたまま固まるのだった。

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