心燃えて
足止めを始めてからどれだけの時間が経ったのだろう?
黒い姿を持つ眷属達は闇に溶け込み易く、気の抜けない戦闘が続いている。
周りが全て敵でなければ、同士討ちが恐い状況だ。
今だけは、その心配をしなくて済むが。
完全に日が沈んだ戦場で、頼れるのは炎の光と気配察知だけだ。
「がっ!」
「ぐあっ!?」
「はっ、はぁっ、はっ……!」
何度目か分からない敵の攻撃を凌ぎ切り、感覚が薄れてきた手で剣を握り直す。
全身が焼けるように熱い。
喉はカラカラで、肺が酸素を求めて激しく胸を上下させている。
心臓もうるさいくらいに高鳴って――。
しかし、どうしてだろう?
その割に、周囲の情報がやけにクリアに脳に入って来る。
敵の状態が、気配が手に取る様に分かる。
今も、数人の眷属が空から強行突破を図ろうとしている。
「こ、こんな奴に付き合っていられるか!」
「ライオルの首級を上げればこちらの勝ちだ……! わざわざ構うことは無い、上から行くぞ!」
飛び立つ影に視線を向ける。
見える……眷属の周りを飛び回る小さな精霊達が。
黒精霊化を拒否して悶えるように動き回っている。
彼らの嘆きの声が聞こえてくるようだ。
――辛い? 苦しい? だったら……原因を全て燃やしてしまえばいい。
その為の力なら、ここにある。
発した魔力を、眷属の周囲を囲む精霊に流し込む。
供給された魔力に歓喜の叫びを上げながら、眷属に向かって火の精霊が殺到する。
「な、何だ! どこから燃え――ああああっ!!」
「火が消えないっ!? だ、誰かっ! 誰か助けっ――」
オーラによる防御が意味を為さないほどの、圧倒的な光量と熱量。
特に、オーラが薄い飛行状態であれば一瞬だ。
理由は分からないが、今なら離れた位置でも一切のロスなく魔力が流し込める。
これなら本人が直接放つ放射型の魔法のようには避けられない。
((……! 真横に三!))
アカネと私の、声と意志とが重なり合う。
疲れ切った体に力が戻って来る。
空と同時に、眷属達は地上の横合いからも突破を図っている。
対処すべく踏み込んで一閃する。
呆気に取られた表情のまま、三人纏めて消し飛んだ。
そのまま尻込みする敵集団に向かって突撃する。
斬り、燃やし、砕き、溶かし、抉り、焦がす。
「……ハッ、ハッ……ハッ……」
この荒い呼吸は誰のものだ?
敵か?
いや、呼吸が聞こえるような範囲に敵は居ない。
全て消え去るか灰になった。
だったら一体――いや、そうか。
私達の呼吸音か……。
「て、敵は一人だぞ! 一斉にかかれ!」
「魔法はどうした! 神から授かった力は!」
「駄目です! 炎に全て掻き消されて――!」
((一人? 何を言っているんだ))
私達は一人じゃない。
それに、こんなに沢山の精霊達がついている。
彼らに後押しされるように、ゆっくりと前へ進む。
その度に、敵集団がジリジリと後方に下がっていく。
「ぎ、犠牲を恐れるな! 我等には皇帝陛下と、バアル神がついておられるぞ!」
その苦し紛れの命令に、次々と敵が攻撃を仕掛けてくる。
それらを躱しつつ斬り返し……躱す?
――どうして躱す必要があるんだ?
「!? 剣がすり抜けて――?」
「馬鹿な!? 炎で目測を誤っただけだ!」
『炎を剣で斬れるものか』
「何だ、今の声は――アアアッ! 火がぁっ!」
「頭の中で響いて……ううっ」
「ば、バケモノ……が…………」
斬撃と共に放たれた炎が荒れ狂う。
精霊達が共鳴し、更に勢いを増していく。
奴らが枯らした木が全て燃え、一帯が炎で照らされた。
炎の海が、悲鳴もろとも敵を飲み込んでいく。
まだだ、まだ足りない。
後ろには誰も通さない。
通すぐらいなら、目に映るもの全てを――
『全てを――灰に』
「来るな、来るなぁっ!」
「う、嘘だこんなの……たった一人に、我が軍の主力が……!」
熱い……あぁ、身体が溶けてしまいそうだ。
だが、ここで燃え尽きる訳にはいかない。
もっと時間を。
皆が再び立ち上がる為の時間を……!
「くっ、退くな! 進めっ!」
「無茶です! もう損耗率が三割を超えます! これ以上は……」
「伝令! 本陣が敵の攻撃を受けました!」
「何だと! いつの間に回り込んだ!?」
「司令部から撤退命令が出ています!」
「おのれ……おのれぇぇぇっ! あと一歩の所でっ! 退けっ、退けぇーっ!」
何だ?
敵が進路を変えて去っていく。
待て、まだ戦える……私達は、まだ……。
進もうとする意志に反して、何かがプツリと切れる感覚がした。
体の熱が急速に引いて行く……寒気を感じるほどに。
足は鉛のように重く、視界がぐらついて倒れそうになる。
「……はぁっ、はぁっ……」
空を飛ぶ敵の背が遠のいていく。
私はそれを覚束ない足取りで追いかけた。
途切れそうになる意識を必死で繋ぎ止めながら。
その途上、何か大きな壁のようなものにぶつかる。
「……まだ……私はっ……」
「カティア! カティア! もういい……!」
壁じゃない。
人……?
だれ、だ?
私が抱き止められていたのは、どこか安心感のあるがっしりとした腕。
固く握っていたはずの二本の剣が、音を立てて両手から落ちた。
見上げるとそこにあったのは、鬣と、精悍な男らしい顔立ち――
「……ライ、オル……さん?」
「無茶しやがって……この馬鹿たれが」
叱っている割には……優しい表情をしていた。
私はどう答えていいか分からず、霞む目で視線を彷徨わせた。
「あ……敵は……?」
「撤退した。こちらに追撃の余力は無いが……俺達の勝ちだ!」
「……そ…………よかっ……」
「おい、カティア……? カティア! カティアーッ!!」
意識が闇に沈む直前、私を呼ぶ複数の声を聞いた気がした。




