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剣聖の弟子  作者: 二階堂風都
第九章 アリト砦攻略戦
108/155

衝突

 前回と同じ栗毛の馬に乗って山中を駆け下りる。

 本来、馬は下りには弱い筈だが充分速度が出ている。

 それも往路のような整備された道ではなく、今通っているのは、木が生い茂る獣道だ。

 後続と離れすぎないように気を遣うほどに、怯えることなく進んでいる。

 出立前にライオルさんが直接引き渡しに来た馬、という時点で普通じゃない気はしたが……。

 砦に置いて行こうとしたら、馬の世話をしている兵士が絶対に大丈夫だから乗って行け、と言うし。

 無事に生きて帰れたら、どちらかを問い詰めるとしようか。


「中隊長、空が!」


 兵士が叫ぶ。

 木立の切れ目に見える空の一角が、眷属の大軍勢によって真っ黒に染まっていた。

 ――何て数だ。

 山の中腹、ライオルさんが居る本隊の辺りに向けて次々と降下していく。

 今からあそこに向かい、合流するのが目的な訳だが……適度に敵の注意も惹きたい。

 私は軽く手を挙げて後ろの兵に指示を出す。


「手筈通りに準備を」

「はっ!」


 敢えて獣道を進んだのは、空の敵からの発見を遅らせる為だ。

 不意を突いた先制攻撃で、なるべく数を減らしたい。


(お兄ちゃん、大きいのいけるよ!)

(了解。まずは制空権を失わせる!)


 私は全魔力の約半分を使い――手の平に小さな火の鳥を生み出した。

 闘武会でも使った魔法、その改良版だ。


「ちっさ! 何それカティア、そんなんで大丈夫なの? 虫くらいしか倒せなさそう……」


 ミナーシャが心配そうな顔になる。

 私が乗ったままの馬が小さくいななき、火の鳥を気にして強く耳を立てた。


「この子の方がミナーシャよりも鋭いようだな」

「どういう意味ニャ? んー、にしてもその口調慣れないにゃあ……」

「見ていれば分かる……行けっ!」


 木立を抜けて空に向かった火の鳥が上昇していく。

 そして上昇する度に……徐々に巨大化していった。

 大きさが二倍どころか十倍、百倍に膨れ――


「でっか!」


 全長百メートルほどまで成長した火の鳥が空を舞う。

 気付いた眷属達が逃げようとするがもう遅い。

 何事かを叫んでいるが、数瞬後には多くが悲鳴へと変わった。

 火の鳥が羽ばたく度に、眷属が飲み込まれては消えていく。


「追い回せ!」

(右旋回!)


 木立で視界が制限され、コントロールが難しい。

 しかしあのサイズだ、大雑把な動きでも効果は高い。

 暫く火の鳥による蹂躙が続いたが、逃れるように地上に降りた眷属達が黒魔法をぶつけて相殺を図り始めた。

 砦で見た霧ではなく、高速で打ち出される黒い塊をぶつけている。

 外れたものは勢いを失くして消えているので、霧と違って持続性は無いらしい。

 黒魔法に蜂の巣にされ、火の鳥の勢いが弱まって来る。


「呆けるな! 投石開始! 魔法士隊も続け!」


 私の魔法を見慣れているミディールさんが逸早いちはやく指示を飛ばす。

 そこでようやく魔法士隊が追撃を始め、私の魔法に気を取られた眷属を撃ち落としていく。

 魔法士隊以外の兵は……ミディールさんの指示通りに拳大の石を一斉に投擲した。

 投石という手段を取ったのは理由がある。

 飛行している状態の弱点をクーさんに詳しく聞いたところ、


「基本的に飛んでいる最中はオーラを翼に多く分配します。必然的に体を覆うオーラは減少しますし、飛ぶという行為には高度なバランス感覚が必要です。なので、弱い攻撃でも体に当たれば――」


 落ちる、だそうだ。

 眷属であってもこの法則には当て嵌まると考えられる。

 弓と矢を用意する下地はこの世界には無く、故に私は手頃な投石という手段を提案した。

 投石紐の類は残念ながら用意出来なかったが、オーラがあるこの世界では普通に投げるだけでもかなりの威力と飛距離が出る。

 リクさんがオーラを纏い、力強く投げた石が眷属の肩を捉える。

 反射的に肩のオーラを増幅させ、防御を行った眷属は、


「!? なっ、うおぉぉぉ!」


 翼のオーラが弱まったことでバランスを崩し、落ちた。

 よし、効いているな。

 次々と魔法や石を浴びた眷属が落下していく。


(お兄ちゃん! 火の鳥が……)


 アカネの声に逸らしていた意識を戻す。

 すると、黒魔法の集中砲火に晒された火の鳥は、十分の一程の大きさまで弱まっていた。

 これ以上は無理か。

 既に不利を悟ったほとんどの眷属は地上に降りたので、戦果は上々だ。


(アカネ!)

(うん、最後に一働き……!)


 その言葉に、火の鳥が再び膨張を始める。

 あっけに取られ、動きを止めた眷属は次の瞬間――炸裂した炎に焼かれた。

 そのまま周囲に居た眷属達を巻き込みながら、放射状に熱がはしる。

 熱波をまともに浴び、空に残っていた眷属達が次々と山に落ちて来る。

 私のすぐ横にも、火だるまになった眷属が落ちて来た。

 熱さにもがき、転げ回っている。


「にゃっ!? こいつまだ生きて……! この、このっ!」


 慌ててミナーシャが瀕死の眷属を何度も踏みつける。

 が、見かねたミディールさんが剣で止めを刺した。

 熱に苦しんでいた眷属が動きを止める。


「さすがに無慈悲に過ぎますよ。敵とはいえ、苦しみを引き延ばすとは……それでも戦士ですか」

「わざとじゃないもん! つい、びっくりしたはずみで……カティアがちゃんと倒しきらないからぁ!」

「よし、初撃としては十分だ。各員、警戒を厳にしつつ本隊に向かって前進!」

「「「はっ!」」」

「無視!? か、カティア、ちょっと――」


 私はミナーシャに至近距離まで近付くように手招きした。

 いつまでもこんな調子では困し、周囲の兵にも示しがつかない。

 空を不用意に飛ぶ敵は激減したが、既に敵は山中に入り込んでいる。

 視界が悪いこの戦場、大事なのは索敵である。


「騒いでいないで集中して。ここから先はミナーシャの目が頼りになる。もう日が沈みかけてるから……ただでさえ日が届きにくい山中、敵よりも先に相手を発見するのが大事だ」


 近付いたミナーシャに、周囲の兵まで届かない声量で話し掛ける。


「ん? もしかして私、頼られてる?」

「ヤタさんが追われている音にも気付いたし、以前に暗い場所でも良く見えるって言っていたよね? 頼りにしてるよ」

「…………ふーん。そっかー、カティアってば私を頼ってるのかー。んふふー。じゃあこのミナーシャちゃんについてきなさい! 行くよー!」


 一瞬で調子に乗ったな……まあ、いいが。

 彼女の索敵能力はかなりのものだ。

 魔法に関しては鈍いようだが知覚能力が総じて高く、斥侯としてはぴったりの人材である。

 中隊の先頭に立って顔や耳、鼻を忙しなく動かす。


「……! ……!!」


 進軍を再開して程なく、といった時だった、

 早速、身振り手振りで敵の発見を知らせて来る。

 敵の数はそれほどでもないらしい。

 ミナーシャはリクさんとカイさん、クーさんを呼び寄せ、どうやら自分が先行して攻撃に行くようだ。

 ミディールさんを見ると、問題ないだろうという様子で小さく頷いた。

 私も手振りで了承の意を送る。

 ミナーシャとリクさんが木を登り、木から木へ次々と飛び移っていく。

 カイさんは低姿勢で草むらと同化するかのように走る。

 クーさんは木々の間を縫うように、音も無く飛んで行った。


(忍者! 忍者だよ、お兄ちゃん!)

(いや、違うから。正しく獣じみてるな……音の消し方、気配の消し方、全員完璧だ……)


 特に、大柄なリクさんが体重を感じさせない動きで木の間を跳んでいるのは驚きだ。

 ほとんど同時に、四人が敵兵の背後から襲い掛かる。

 爪と拳が、鎌と斧が翻り、瞬時に四つの命が散った。

 ようやくゆっくりと前進する私達の目にも見えた相手の全容は、小隊規模。

 人数的には恐るるに足りない。

 そのまま四人に続いて中隊員で包囲し、目立った死傷者を出すことなく勝利することが出来た。

 その後も小規模な敵の偵察隊や小隊をことごとく潰しながら進んで行く。

 と、ここまでは順調だった。

 ようやくライオルさんの本隊が居る筈の山の中腹に差し掛かる。


「か、カティア! 本隊が!」


 そこにあったのは、木々が枯れて剥き出しになった山肌と、おびただしい数の獣人達の死体の山だった……。

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