199話 番外編ーファルビニアの戦い①
エルアルシア国内のアンデッド騒ぎが収まり半年ほど過ぎた頃の話。
「おう、邪魔するぞ」
ゴルダが弁当屋の店舗部分を抜けてやまと屋のリビングへと入ってきた。
俺は台所で弁当の下拵え班に混ざり、慣れない手つきで野菜を切っていた。
日本では一人暮らし暦40年以上だったが、料理は最低限しかやってこなかった。働いているとせいぜい一食分、作るより買った方が安上がりだったからだ。
この世界に来て弁当屋を始めて、料理する事に前向きになった。
台所にいたキールがゴルダに気がつき、お茶(この世界のお茶)を入れ始めた。
「俺が運ぶ」
そう言ってキールからお茶のカップをふたつと小さい木のカップに入った水を持ってリビングへと移動した。
ゴルダの前にカップをひとつ置いた。
「また何か事件か?」
面倒だなぁとため息が出たが、とりあえず聞いた。
俺がリビングマットの上に座ったのを見つけたマルクがやってきて俺の膝にスポっと座った。
マルクの前に小さなカップを置き、俺は大きいカップのお茶を啜った。
「ふむ、事件と言えばそうなのか。経過も知らせにきた」
ほら、やはり、何かあったんだ。それに経過『も』と言った。
アンデッドの件だよな?アンデッドの経過を知らせに来ただけでは無いって事か。
「タウロやヤマカーは、いないのか?」
実はやまと屋はここ数日、大混乱中だ。
あっちゃんは出産を無事に終え、いや、無事なのか?あれで?リンさん、山さんの奥さん、パラさんの奥さんの3人は声を揃えて、
「元気な男の子が産まれたよー、奥さん元気!」と、言っていた。
が、あっちゃんの顔をひと目見て衝撃を受けた。
え、えぇ?死にそうじゃないか?
いや、やってやりましたよ感は醸し出しているけど、息も絶え絶えで顔は腫れているし、リドル君は横で大泣きしてるし?
何より、元気な赤ちゃん?えええええ?いや、萎んでるし頭尖ってるし、血まみれよ?
「ひ、ひひひ、ヒィぃる! ヒールヒール! リザれきゅひょ」
「落ち着け! カオるん!」
「大丈夫ですから!」
気がつくと、タウさんに止められ、カンさんに羽交締めにされていた。
その後、出産はあれが普通と聞いて腰を抜かした。いや、俺、女性にはもっと優しくしようと誓った事件だったよ。
で、その後は夜泣き?この世の終わりのように泣き続ける赤ちゃんをあっちゃんとリドル君が「オムツ?」「ミルク、ミルク作って」「ゲップさせないと、あ、うんちした」と、戦っていた。
リンさん達3人の奥さんが後衛に控えた、前衛ふたりって感じだった。俺は役立たずの荷物持ち…くらいか?
あっちゃんやリドル君はそんな感じだし、ヨッシーやユースケは王都へ行ったし、今、やまと屋はユイちゃんと俺、アリサやダン達子供らで回している。
山さんは王都へ行っている。
例の件で亡くなった事を社員の家族に告げに行っている。
タウさん達は王都からの呼び出しでアジトへ戻っている。
「山さんもタウさんも今、王都に行ってるぞ」
「そうか。とすると、あちらで聞くかも知れん」
「アンデッドがまた出た? それとは別の話か?」
「いや、こちらのアンデッドはよく抑えられている。たまに出ても問題なく処理出来ている。」
たまたま買い物に出ていたパラさんに連絡を取り、リンさんにも二階から降りてきてもらった。
リビングに、俺、ユイちゃん、パラさん、リンさんの4人が揃うのを待ってからゴルダは話し始めた。
「山脈のこちら側は、今のところ静かだ。山脈沿いの麓に立てたカカシ、それと何箇所かを駐屯地にして滞在させている騎士が上手くやってくれている。だが、アンデッドが湧き出る神殿はそのままだ」
「隣の国だろ、手が出せないってタウさん言ってた」
「そうだ。うちの国も手をこまねいている状態だ」
「あっちの国……ファルビニアだっけ、そことは連絡が取れないの?」
「元々、ファルビニアは閉じた国だからな。山脈が壁となりそもそもこちらとは国の交流も無かった」
「この大陸って、いくつくらい国があるの?」
「そうだな、どのくらいの大きさなんだ?」
「ああ。大陸を山脈で縦に半分に切ったこちら側がエルアルシア、俺らの国だ。そしてあちら側には5つの国がある」
「5つも?」
「あちらの上、北側半分がファルビニアだ。南の沿岸一帯はダルガ。ファルビニアとダルガに挟まれるように3つの小さな国がある。
メサ国、カルーココ国、ラッシルガル国だ」
ほおぅ、あっちには5カ国もあるのか。って事は、この国で見つからない家族はその5カ国のどれかにいるにかも知れないな。
「今日、ここを訪ねたのは向こう側のアンデッドの情報と、もしかすると強制依頼が王都のギルドから出るかも知れんと伝えに来た」
「え……、でも向こうは鎖国していて情報が入らないって……」
「ああ。情報はファルビニアと接した国からだ。ファルビニアはもうダメかも知れんと。国はほぼアンデッドで埋まっている可能性が高いそうだ。ファルビニアの南部から辛うじて逃げ出せた民や冒険者からの情報だ」
俺たち4人は無言になった。
この大陸の右半分はエルアルシア、左半分の上半分、つまり大陸の四分の1がアンデッドの国になったのか。
いや、それはもう、どうにも出来ないのではないだろうか。
「メサ国に逃げ延びた冒険者の中に稀人がいたそうだ。ファルビニアに落ちた稀人は王家に囚われ、ひとり残らず隷属の首輪を嵌められたらしい。カオ達のように職持ちの稀人は王家のために使われ、職なしは地方へと出されたようだ。国の端まで追いやられたおかげで今回は助かったがな。恐らくだが、稀人達を使って闇の神殿を攻めさせたのだろう」
皆、声が出ない。俺たちはこちら側へ落ちたから今もこうして生きている。
もし、少しでも落ちる場所がずれて、あちらへ落ちていたら……。
「あ、でも、でももしかして、王家の人と稀人はまだどこかで生きているかも……」
ユイちゃんが小さな声で呟いた。そうだな、死んだという確証はないよな?
「いや、王家の者も全滅している可能性が高い」
「理由は?」
パラさんがすかさず聞いた。
「隷属の首輪だ。あれは一度嵌めたら外せない。外せるのは王家の血を持つ者だけだ。メサ国に逃げ込んだ稀人の首には隷属の首輪があった。しかし、数日後に、突然首輪が外れたそうだ」
「なるほど。王家の血筋が途絶えた……と。」
なるほど。てか、パラさん凄いな。俺、気が付かなかったよ。え?リンさんも、ユイちゃんでさえも、うんうんと頷いている!
「う、うん。そうだよな」
俺も頷いておいた。
「隣国の話だと言っていられない事態になっている。アンデッドはファルビニアだけに留まらず、ラッシルガル、カルーココ、メサの三国の国境も越え始めた」
「え……」
「まずいな、それ」
「ヤバいわね」
「マジかー」
「もしも、この大陸の左半分全部がアンデッドの国になった場合、俺らものほほんとはしてはいられない。アンデッドの討伐依頼が出ると思っていてくれ。王都、国からの強制依頼になる」
そう言い放ち、ゴルダはギルドへ戻って行った。




