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感情のソーサラー  作者: よるのとびうお
第一章 魔法の発現
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決着


 マグリットの咆哮で吹き飛ばされた子供達から苦痛の声を漏れる。撒き散らされた(つぶて)は幼い身体を(かす)め、その跡からは血が滲む。


「リーネ……ソラ……しっかりしろ……私がついているからな……」


 視界がぼやける。それでもテレサは二人に手を乗せる。手元に集まる光が傷を癒やし、子供達の表情が良くなっていくのが分かる。ただ、その手からは血が滴っている。服は破れ、露出する肌は赤黒く滲む。


「マザー……血が……」


 君達……私は大丈夫。助けにきてくれてありがとう。

 生々しい傷を負いながらもテレサは優しく微笑んだ。


「そんな隙は与えないと言いましたよね? 嫌悪の魔法……!!」


 ゲルニカが魔法を放ち、黒い霧が三人を包み始める。


侵食する濃霧(イロウション・ミスト)……!!」


 回避を……いや、子供達を護るのが先だ……! 


 霧に包まれて周りが見えない。暗闇の中で、辛うじて手元だけが見える。霧が侵食し傷口が沸騰する様に痛む。子供達の傷を癒やしておいてよかった。


「マザー……」


 瞳を滲ませ心配する眼差しで見つめる二人。暗闇の中、彼らを癒やしの光が包む。


「もう大丈夫だ。私はまた行ってくるから……良い子にして待っているんだぞ……」


 焼ける身体をよそに、優しい笑顔を向ける。血を流し過ぎた。腕はもう上がらない。それでもテレサは二人を抱きしめる。


「もし私に何かあれば……フロディアを尋ねるんだ……いいね……?」


 ソラが泣きじゃくりながら抱き返す。

 ひっぐ、……そんなの嫌だ……マザー行かないで……


 リーネは腫れた目を隠す様に顔を埋める。

 うう……離れたくないよ……マザー……


 よしよし。泣くな。今夜もまた、料理の腕を振るってやるからな……

 テレサは力強く抱きしめると、二人のおでこにキスをした。


「君達……愛してるぞ……」


「「マザー! 行かないで!!」」


 ソラとリーネの頬に涙が伝う。抱きしめていた手は離れ、愛しさに満ちた表情を最後に、テレサは暗闇に消えていった──




 ──くそ、俺様の怒り(ライオネル・レイジ)が切れた。肋骨が何本かいってるな。身体が上がらねえ……

 能力上昇が切れ、急激な疲労と激しい痛みがマグリットを襲う。何とかゲルニカの元まで移動したが、体が鉛の様に重い。


「哀れだな。さっきまでの威勢はどうした」


「うるせえ。最後は俺様がやる……お前はもう引っ込んでろ」


 黒い霧からテレサが飛び出してくる。子供達はまだあの中だ。再び二人は対峙する。互いに満身創痍で、表情は苦痛に満ちている。次が最後になるだろう。一斉に走り出し互いの距離が縮まる。両者はこの一撃に全てをかけた。

 

愛の狂炎(アドア・マドフレイム)……!!」


俺様(ライオネル)の一撃(・スクレイブ)……!!」


 強大な焔と真紅の鉤爪。眩い光を放つ両者の渾身の一撃が衝突する!!


 直後、凄まじい衝突音が響き渡り空間が震える。地面を抉り、木々を吹き飛ばし、天を割るほどの衝撃が辺りを襲う。

 物凄い風圧はソラとリーネを襲い、黒い霧を吹き飛ばす。だが、テレサの魔法で二人は無事だ。遅れて土煙が勝負の行方を包み込む。


 くっ、凄まじい魔法の衝突……これ程の感情なら……きっとエリス様もお喜びに──




 ──しばらくの静寂が続き、煙が晴れる。一方は倒れ込み、もう一方は辛うじて重力に逆らっている。


「マザー!!」


 リーネの呼びかけは届かない。僅かに保っていたテレサの意識は途切れ、地面に倒れ込む。

 激しい咆哮から始まった両者の勝負は決した。


「はっはっはっ! 素晴らしい!! これこそ大陸の端まできた甲斐があったと言うものだ……!!」


 静まり返る戦地にゲルニカの高らかな声が響き渡る。


「そして、予期せぬ土産も頂けそうだ……」


 リーネに向けてかざされた手に黒い光が集まる。


 嫌……ソラ……助けて……


破壊者の加護(アリオス・フュード)……」


 リーネから光が弾き出されたと思うと、それは彼に吸い寄せられ、ゲルニカの手元に集まっていく。

 何も感じない……身体から力が抜けていき、その場に倒れ込む。間一髪でソラが抱え込み、頭を地面に打ちつけることはなかった。だが、ソラが呼びかけても返事はない。


「さて、そろそろ引き上げようか。マグリット! そろそろ起きたらどうだ!」


 ゲルニカが呼びかけても応答がない。


「ちっ、使えない奴だ。テレサの感情はここで抜き出せないと言うのに……」


 ゲルニカがソラに歩み寄る。幼い心には抱え切れぬほどの出来事が重なり、ソラはただ震えるだけ。その場から動くことができなかった。


「君の感情は頂いても仕方がない様だ。ふっふっふ……もう二度と会うこともない」


 もっとも、君は毎日の様に私を思い出すだろうがね……

 そう言いながらゲルニカは歪む空間を歩いてゆく。同じ様に、マグリットとテレサも歪んだ空間に包まれ……次第に消えていった。


 リーネを抱える様に座り込むソラ。恐怖の余韻は未だ身体を縛り、しばらく動くことは出来なかった──



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