発現
ソラはエンシーレに向かって剣を向け、追撃をさせない様に牽制をする。
「敵意の無い人を傷付けるなんて……人に寄り添う感情はないのか!」
「はっはっは、人を傷付けるのがそんなに悪い事なのかい? 君達は魔物を斬りつけその肉にあやかっていると言うのに?」
エンシーレは再び指先を向けソラに狙いを定めた。
「そんな綺麗事は感情を持ち合わせた者の言い訳に過ぎない。強き者が奪い続け、弱き者は逃げ惑う。それがこの世界の摂理なのさ……!!」
向けられた指先に光が集まり出す。
斬りかかろうにも間合いが遠い。魔法をぎりぎりで避けて踏み込むしか……でも後ろには二人が……!! 刹那の選択を迫られたその時、
「待って、ここは私がやる」
エンシーレの腕を押さえ短剣を抜いたフィンセントが二人の間に割って入る。
「ごめんね。彼は加減ができないから」
尻尾が揺れ、もう一つ揺れる瞬間、フィンセントは勢いよく地面を蹴り出し距離を詰める……!!
「良い子は大人しくしていて……!」
完全に不意を突かれたソラは辛うじて剣を握り直す。彼女は低い姿勢のまま力を短剣に伝え、握り直された剣を下から吹き飛ばす! しかし、ソラも厳しい鍛錬を乗り越えてきた。力強い打ち込みを、片手を払われながらも耐えると、そのまま体を捻って横に薙ぎ払う。上に弾かれた力を遠心力に換え流れる様な一撃で斬り返す。 が、フィンセントはソラよりも更に低い姿勢を取り、迫る剣筋を短剣の腹で滑らせ受け流すとソラの腹部を思いっきり蹴り飛ばす……!!
ソラは勢いよく吹き飛び、転がりながらリーネとシュレイロードを過ぎ壁にぶつかると、表情を歪ませた。
「げほっげほ、う、うぇ」
い、息ができない。何とか空気を吸い込もうとするが体がそれを拒絶しているかの様に酸素が入ってこない。
「ごめん。君が思ったより動けるからつい……」
フィンセントは少し驚いた表情で謝罪の言葉を漏らす。壁まで吹き飛ばされ身体中が痛みで熱を持つソラとは裏腹に、彼女は熱気一つ纏っていない。
「はぁ、はぁ……まだ、これから……うぅ」
ぼくはどんなに厳しい修行も乗り越えてきた。フィリアやエルビスの扱きに比べたらこれくらい……ソラは痛む身体に鞭を打ち再び立ち上がり剣を構える。
「素晴らしい! 目の奥に炎が宿った様なその眼差し! 確かな鍛錬を積んできた証拠だ」
エンシーレは大きく翼を広げ天を仰ぐ。彼は高揚し声を荒らげ、先程までの冷たい視線が消えた。指先にはもう魔力が込められていない。
「フィンセント! まだ付き合ってあげようじゃないか! 皆んなを守る為に彼は今、強い感情を抱きつつある。僕はその表情が歪み、滲み出し、心の底から溢れ出る絶望が欲しいんだ……!!」
フィンセントは呆れた顔でその言葉を聞き流すと、小さく頷き再び剣を構えた。
エンシーレは対峙する二人に満足したのか、それを観戦する姿勢を取る。不気味に目を細めるその視線は、目の前の光景に釘付け──いや、この場を思い通りに支配する自分に酔いしれている。
「そうだ、こうしようか。君が倒れ、剣を置き、目に映る炎が消えたその時には……そこの二人を殺せ──」
──その言葉を最後まで聞くことなく、再びフィンセントが地面を蹴り出す!! 残像が消え切らない程に速く接近する剣がソラの首元に突き刺さる……!! が、それを紙一重で横に躱すが、躱す先には彼女の蹴りが──
「──う、躱せ……」
エンシーレの口から放たれた言葉はソラの反応を遅らせた。重い衝撃がソラを襲い弾き飛ばされる!! ソラは床に何度も打ち付けられながら転がり、その度に体から血が流れ痛みが蓄積していく。
──二人の激しい戦闘の最中、肩を貫かれたシュレイロードに応急処置を施すリーネ。
感情を失いこんな状況でも恐怖を感じない。だからこそ、リーネはこの場で誰よりも冷静だった。
大丈夫。ソラが何とか時間を稼ぎ注目を集めてくれている。あの魔族も二人に夢中でこちらを見向きもしない。今のうちにシュレイロード様を安全なところへ避難させなければ……
(シュレイロード様、今のうちに安全なところへ避難を……)
(はぁ、はぁ、すまない……く、うっ)
(肩をお貸しします。ここから少しずつ距離をとりましょう……)
二人は相手に悟られぬ様に少しずつ、少しずつと歩き出す。わたし達がいれば足を引っ張るだけ。ソラが食い止めている間に早く助けを……
「狂酔の弾丸」
「…………!?」
不意に足元の地面が爆ぜ、衝撃が二人を襲う……!!
(気が付かれた!? 完全に視界の外だったのに……!?)
「何をしているんだい? 君達がいなくなったら興醒めだろう?」
エンシーレはこちらを一瞥もせずに魔法を放つと静かに顔を向け固まる二人を更に釘付けにした。その冷たく刺さる様な視線は、これ以上動くことはできないと悟るのに十分過ぎるものだった。
魔族は、次は頭を狙うと言い残すと衝突し合う二人に再び視線を戻した。
(ダメ……これじゃあソラが──)
──身体が焼ける様に痛い。それでも転がる勢いに身を任せ何とか体勢を立て直す。
(落ち着け、まずは目の前の相手に集中しなくちゃ)
ソラは意識を研ぎ澄ませ剣を握り締める。何度も剣を振ってきた。その時の事を思い出せ。培ってきたものに疑いはない。後は恐れず、踏み込むだけ……そう決心した、瞬間、向こうで地面が爆ぜる……!! 衝撃の波が髪を揺らし伝わってくる……! 巻き荒れる風を瞼で受けながら目を凝らすと、尻尾が揺れ低く構える彼女の奥で魔族が再び魔法を放つのが見えた。
「やめろ! はぁ、はぁ、人の命を……何だと思っているんだ……!!」
「自分の感情に取り込まれて、手当たり次第に当たり散らす。そんなの、魔法使いとして間違ってる……!!」
ソラは滅多に声を荒らげない。しかし、自分の感情を撒き散らし、全てを奪おうとする目の前の魔族を決して許す事は出来なかった。
(相手が強敵だろうと関係ない。マザーに助けられ、怯える事しかできなかったあの時とは違う。今度は、ぼくが……ぼくが皆んなを守るんだ……!!)
強敵な魔族の襲撃、更には再び大切な人が危険に晒されるこの状況がソラの心を突き動かす……!!
「この街の皆んなを傷つけるのは、ぼくが許さない!!」
ソラの身体が、構えた剣が、痛みの中で一歩踏み出したその勇気が、その全てが眩い輝きを放ち、この場を包み込む……!!




