押し寄せる者達
──港を封鎖! 監視の人数を増やして厳戒態勢を敷いて!!
この日のサンティオーネは異様な雰囲気に包まれていた。魔物の来襲が多いこの街でも海から現れる事は滅多にない。更には既に犠牲者が出ていたり、大型と思われる形跡が残されていたりと、普段とは明らかに違う異変に街の警戒を最大限まで強めていた。
港ではフィリアの指揮が飛び交い護衛団はそれぞれの配置について海を監視する。エルビスの姿はそこに見られなかったが、どうやら高台から全体を見渡しているようだ。
「あ、フィリア! なんか街中がいつもより慌ただしくて……何かあったの?」
ほとんどの人は屋内や街の中心部に避難をしており、港を歩く人はまばらだ。そんな中、まだ事情を知らないソラがフィリアに近寄り声をかけた。
「この海には大型の魔物がいないはずなんだけど……今回は何だかいつもとは違うみたいなの」
どんな時も明るく振る舞っていたフィリアだが、今の表情は暗い。空にも分厚い雲がかかり始め、波風が一つとして立たない静寂な海がフィリアの不安を更に掻き立てた。ソラもフィリアの隣に立ち、全く動きのない水平線を見つめる。
「私はこの海を毎日見てきたけど、こんなに静かな海は初めてよ……」
二人はしばらくの間、そのまま海を見つめていた。停泊している船が揺れ、木が軋む音だけが耳に伝わってくる。
「そう言えば私を探してたの?」
そんな不安な空気を掻き消すかのように、フィリアが小さく微笑むとソラに問いかけた。
「そうだった! アルタさんと打ち合ってたらおでこが少し腫れちゃって」
ソラも頑張っていて偉いね、とフィリアは頭を撫でた。そのままソラのおでこに手をかざすと優しい光が集まり、だんだんと腫れが引いていった。
「ありがとう! ぼくもいつかフィリアやエルビスみたいに強くなりたいんだ」
フィリアを見つめるその目は無邪気に輝き、不気味な空気の中を照らした。けれど、フィリアの表情はいつもよりかたいままだ。
普段の港に流れる爽やかな風は完全に姿を消し、じんわりとまとわりつく様な潮気が滲み出る汗と混ざって不快感を増す。と、その時、水平線の奥で何かが動いた気がした。
「フィリア……あれ、何だろう。ほらあそこ!」
フィリアはソラが指差す方向に目を凝らした。今、何かが動いた……次第に水平線が騒がしくなり白波が立ち始める。あれは一体……
「ア、アクアリザード!? そんな大型の魔物が何でこの海域に……ってそれどころじゃない! 今すぐに警報を鳴らして!!」
直後、魔物を知らせる鐘が街中に鳴り響く!!
港では、さっきまでの静寂が嘘かの様に慌ただしく声が飛び交った。団員達はすぐさま集結し、まだ外にいた住民達は街の中心部へと急ぎ出す。その間も魔物は激しく白波を立たせると凄い速さで近づいてくる!
「ソラ! 今回はあなたも避難して!! これは普通じゃないわ」
フィリアは真剣な表情で言葉をぶつけた。彼女の眼差しは真っ直ぐとソラを見つめる。
しかし、ソラは今までに何度も戦いに参戦してきた。魔物を倒した経験も、力も自信だって付いている。その自信がソラの心を引き止めた。
「で、でも! 一緒に剣を振った事もあるし、魔物を倒した事だって──」
「──ソラ!! 私を見て!!」
溢れ出す言葉を遮りフィリアはしゃがみ込むと、ソラの両肩に手を置いて向かい合った。視線が交わりソラは溢れていた言葉が詰まる。
「これは普通じゃないの、いつもの様に守ってあげられないかもしれない……」
フィリアの言葉がソラの昂る感情に現実を突きつける。ソラは熱を持った心を少しずつ落ち着かせると、フィリアの瞳に映る自分が見えた。
「あなたは強い。でも、あなたはまだ子供でもある。私は子供達やこの街の人達を守る為に前線に立っているの。心の底から愛しているこの街がいつまでも笑っていられる様に、その為に戦っているの」
フィリアはそう言うといつもの笑顔をみせた。ソラの頭を撫でるとゆっくりと立ち上がり身体中に光を集める。
「それに、きっとリーネも怖がっているわ。あなたが側にいてあげて。ね?」
子供は幼いが故に感情に溺れやすい。しかし、フィリアの言葉は確かにソラの心に届いていた。ソラは小さく頷くと、礼拝堂に向かって駆け出す。
今まではリーネがぼくを引っ張ってくれた。でも今はもう違う! 今度はぼくがリーネを支えるんだ──そう、心に誓いながらソラはリーネの元へと走って行った。
ソラを見送ったフィリアは手を重ね合わせて祈りを捧げた。集めた光が輝きを強める。
「親愛の魔法……親愛なる貴方へ!!」
フィリアは集めた光を空へと放つ!! それは空高く昇った後に飛び散ると、幾つも枝分かれをしながら団員達の元へと飛んで行き彼らを包み込んだ。
「さぁ! 皆んなは私が守ってあげる! 気合い入れて行くよ!!」
サンティオーネの海は激しい飛沫が飛び交い、近づいてくる魔物の勢いで海がうねり出す。その魔物、アクアリザードはどんどん数を増やしていき、その様子は最早、災害と呼べる程であった。高台にいるエルビスはアクアリザードを十分に引きつけると……眩い光の矢を空へと放つ……!!
「希望の魔法……降り注ぐ希望!!」
放たれた光の矢は、幾つもの流星となって魔物達に降り注ぐ!! 海をうねらせるそれらは堪らず次々と沈んでいくが、それを上回る質量が港に押し寄せる! 桟橋は崩れ、船が沈み……ついに両者は衝突する!!
「「「来るぞ!! 迎え撃て!!!」」」




