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感情のソーサラー  作者: よるのとびうお
第一章 魔法の発現
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企む者



 ──ここは深い森に包まれたどこか。月明かりが木々に遮られ微かに地面を照らしている。普段は夜になると魔物の動きが活発になるこの場所も、命は影を潜め、辺りに静けさが漂う。


「あーあ、この僕がこんな事をしなきゃいけないなんてエリス様も分かってないよ」


 暗い森の中では表情が見えないが、木々の間から漏れる明かりが白い髪と黒い翼を照らす。


「君はもう少し口を慎んだら? 第一、エリス様に言われなければ、君は鏡の前から動かないだろう? 私がその姿を見て何度失望したか……」


「それは認めるさ。それでも、こんな森の中で魔物が集まるのを待たないとなんてナンセンスだよ。」


 あ、あとついでにその深く被ったフードを取った方が良い、君の美しさが隠れて台無しだよ。と、エンシーレが月に話しかける様に空を見上げる。

 感情を翼で表現しているのか、落ち着きなく動くそれがまた(わずら)わしい。更には、全く噛み合っていない思考回路にフィンセントは再び肩を落とす。

 そんなやり取りをしていると、暗闇から草を掻き分けて一体のデシウルフが顔を出した。そのままエンシーレを避ける様に迂回して近づいてくると、フィンセントに頭を擦り寄らせた。彼女はフードから顔を出すと哀愁を漂わせた目で見つめ、良い子だね、ありがとう、とお礼を言いながら優しく頭を撫でた。


「魔族の君が怖いって言ってる。良い加減、その(うるさ)い翼をしまってくれよ。私も気が狂いそうなんだ」


 月を眺めていたエンシーレが振り向くと見惚れる様に彼女達を見つめる。その視線を感じ取ったデシウルフは、一目散にその場を離れると暗闇の奥に消えて行った。


「ほら、やっぱりフードを被らない方がいい。君のモノは僕の次に美しいよ」


 月光の中をフィンセントの顔が覗く。灰色の髪の間から二つの耳が揺れ、鼻筋の通った人族の顔立ちが去って行ったデシウルフを見つめていた。その何かを思い出す様な悲しい表情は、暗闇に消えて行く足音が聞こえなくなるまで変わらなかった。


「これ以上失う期待もないけどさ、君はもう喋らない方がいい。二度と」


 この場に再び静寂が戻ると、フィンセントは彼をきつい目つきで睨め付ける。相変わらず(おど)けているエンシーレは両手を頭上に上げると降参の仕草をとった。暗闇の中でもへらへらした顔が鮮明に見て取れる様だ。


「おっと、そんな視線もまた(そそ)るね。狼の様に鋭い視線やデシウルフと話せたりするのは、その耳と尻尾のおかげかい?」


「別に話せる訳じゃない。ただ、思い出したくない記憶が蘇って来ただけ」

 

 早く魔物を集めないと、そう言葉を交わすとフィンセントは再びフードを深く被る。その仕草は、表情が見えずとも深い悲しみの雰囲気をより一層漂わせた。

 それ見たエンシーレはへらへらした口元を手で直し、真面目な顔つきに戻る。翼を畳み目を閉じて心を落ち着かせると、体の輪郭が(ほの)かに光を纏い出す。


「陶酔の魔法……陶酔の鏡(スターゼ・ザイン)……」


 纏った光が体から離れると、隣に全く同じ輪郭を作り出した。それを三つ作り出すと透けた輪郭の中が段々と色づきエンシーレが浮かび上がる。次第に見分けがつかなくなったそれらは静かに(たたず)むと、それぞれの方向に勢いよく飛び立って行った。


「ふぅ……これやると疲れちゃうんだよね。後は僕の分身が魔物を誘導してくれるさ」


 そう言うとエンシーレはその場に腰を下ろし、真面目な眼差しを向けながら優しく微笑む。


「さぁ、僕にもその悲しみを分けてくれよ。そうすれば楽になれるかも知れないだろう? 後はどうせ待つだけなんだ。暇な時間が有り余ってる」


 フィンセントはため息をつくと同じ様にその場に座る。やれやれといった仕草でフードをとると、しばらく沈黙した後に口を開いた。


「君はいつもそうだ。私の悲しさに寄り添いたがるのはやめた方が良い。そんな事をしたって君は少しの得にもならない……」


 まぁ、だから嫌いになれないんだけど。


 後に続くその言葉はフィンセントの心の中で反響し、彼に届くことはなかった。

 どうせ時間が余ってるんだし話してあげるよ。そうして彼女はため息混じりに静かに話し出した──




 ──そこは獣人族が集まる戦士の村だった。戦士になれなければ価値はない。力が弱ければ意味はない。男じゃなければ従うしかない。そんな反吐が出る程の最低な村だったよ。

 そんな村の戦士の長、それが私の父親。狼の獣人で統率力が高く、戦いでは負けなしの戦士だった。でも、そんな父が人族を嫁に迎えると言い出すと周りから猛反対されたみたい。それでも父は何とか周りを(なだ)めるけど、陰で反対している獣人も多かった。そんな中、私が産まれた。

 誰もが讃える戦士の長で英傑無敗の血を引く子供。いくつもの期待の眼差しや、新たなリーダーを待望される中で産まれたのが女の私だ。

 誰も彼もが勝手に期待して裏切られて、父も母も女である事を隠したかったんだろう。付けられた名前は男性名のフィンセント。物心つく前から男の様に育てられ、女である事を隠す様に言われたよ。友達なんていやしない。いたとしても、たまに遊びにやってくる狼の魔物だけ。父は傭兵として村の戦士達を引き連れて戦いに明け暮れ、私と母は村のみんなから隠れる様にしてひっそりと過ごした。


 父親の記憶もほとんどないし、母親は顔すら出て来なくなってるや……はは、嫌な事はよく覚えているとは言うけど、どうやって村を出たのかも忘れちゃったみたい。覚えているのは……まぁ、そんなところかな……



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