第44話 明音編 3
高校デビューって言葉がある。
地味で目立たない…あるいは内向的で後ろ向き、そんな人が新しい環境では目立ちたい!変わりたい!友達が欲しいと自分を変えるきっかけとして中学から高校への進学を期にイメチェンする事をいう。
成功した人もいれば失敗した人もいるでしょうね…。
言葉にする程これはそんなに簡単な事では無いのだから…。
それまで持ち得なかった知識を手探りで探し求め、慣れない環境に身を置くにはそれなりの覚悟がいるでしょうからね。
生憎と私には関係の無い話だけど…。
中学から高校への進学にかけたイメチェンが高校デビューなら高校から大学にかけたイメチェンは大学デビューと言っても差し支え無いでしょう。
そして私がしようとしている大学デビューは一般的なモノとは少し違う。
所謂逆大学デビューだ。
地味で目立たない奴が目立つ外見に変わるのでは無い。
目立つ外見の奴が地味で目立たない…見るからにモテなさそうな奴に変わるのだ。
私はコレを大学生活で目指していきたいと考えていた。
自分で言うのもなんだが私は見てくれだけなら中々だと自負している。
他の女子より背が高くてスタイルがいいのは自分的に長所だし、同年代の女子より大きく成長した胸元の贅肉に群がる男共には枚挙にいとまがない。
それまでは自分の魅力を引き立てる要素の一つと思って受け入れていたが今はただ邪魔なだけだ。
肩はこるし重いから疲れるし…、良いことはない。
それに胸が大きいだけでイコール淫乱と考えられているきらいだってあるのだ、胸を揉まれたら無条件に喜ぶと…そんな訳がない。
強く揉まれても痛いだけで気持ちよさなど1ミリもない。
それを知ってか知らずか大多数の男はおっぱい全体が性感帯と割りかし本気で思ってるんじゃないかと思える発言をしてくるのだ。
思えば智也も蓮司も…そして中岸のおじさんまでも私の胸に執着していたのだから男は胸がやたらと好きなようだがそれは今の私には忘れたい黒歴史の代表格だ。
だからこれまでの経験則で逆大学デビューでは胸は絶対に目立ってはいけないと思うわけだ。
胸周りにサラシを巻くなんて方法もあるがそんな前時代的な事をしなくても今はバストサイズを下げる事のできるブラジャーが販売している。
少し締め付けられてる感覚が窮屈で苦しいが体が慣れていくのに賭けるしか無い。
男共から卑猥な視線を送られない為にも必須なのだから…。
それから伸ばし始めた前髪で目が隠れ、いかにも地味で自信が無さそうな非モテ女子っぽさが出来あがっている。
こう言う髪型は巨乳だったら男を釣る恰好の的だけど貧乳だとどうした訳か一気に人気が下がる。
男とは、本当に現金な生き物だ。
こうして私は大好きだった自分の容姿を捨てて見下してた非モテ女子としての大学生活を新たにスタートさせた。
大学といっても何か目新しいモノがある訳じゃない。
基本的に学ぶ場所であるのは学校である以上は変わらない。
ただ高校と違い基本的には自由だ。
まず制服と言う概念がない。
オシャレしたい奴は好きなだけ自分を着飾れるから自己顕示欲の強い奴はここぞとばかりに自分をアピールしていくだろう。
まぁ…今の私にはもっとも縁遠い話だけど…。
あと高校と言う狭い敷地しか知らなかったら大学の広さに圧倒される、もっとも既に何度かここに出入りしている私には見飽きたとまではいかないが特筆して語る程の感動は当然ない。
初めて入った時はその広さに圧倒されたしこんな所に通っている智也を大人と思って憧憬を抱いたものだ。
今思えば智也が凄いのでは無く、ただ大学の広さに圧倒されていただけなので、アイツ個人にはなんの価値も無かったのだと今にして思い知らされる。
さて、大学に来たのなら専攻する学部なりこれからの事を決めなければならないが私はただ大学に入る事を目標にしていただけなので特にコレといった目標が無い。
そもそも大掛かりなイメチェンを果たした所でここは前の学校とさほど離れていない。
消去法でここに通う同級生はそれなりの数がいるだろう。
つまるところ拡散された動画の女が私だと当たりを付ける人間がそこそこ出てくる事は覚悟しないといけない訳だ。
まぁ今更だ…もうそんな事で怖じ気付いていては生きていけない。
それこそ自殺なり何なりしない限り一生付き纏ってくる。
大学には自宅から自転車で通っている。
高校の時と同じだ。
既に通い始めて一ヶ月が経過したけど予想に反して驚くほどに何も無い。
正直暇だけど変に注目されないだけマシだ。
無意味に伸ばした前髪や貧乳ブラ、猫背姿勢を徹底したお蔭で不気味がられ周りには女どころか男すら近寄らない。
私が例の淫乱女だとバレたからではない。
単純に今の私は客観的に見てとてもキモいからだろう。
高校からの同級生もたまに見かけるが今の私があの夏芽明音だと紐付けられないのか誰も高校の時みたいに言い寄って来ない…だから実に平和だった。
しかしそんな平和は長続きしなかった。
大学には大きな図書館が設置されている。
基本的に暇な私は時間を持て余している。
未だに専攻する学科も決めかねてる私はここで適当に本を借りて暇潰しに徹している。
昔、琢磨に勧められた事のあるラノベを何となく手に取り読んで見ると中々に面白くいい暇潰しになってくれた。
そんな時に前の…丁度対面の席に座った奴がいたけど気にせずずっと本を読んでいたのだけど…どうにも視線を感じて私は顔を上げた…上げてしまった…。
そこにいたのは知ってる顔だった。
以前何度かあった事がある…。
私はあのクズに会うために何回かこの大学には来ている。
そんなおり、クズが私にある提案をして来たのだ。
クズは当時起業とか今にして思うて寝言としか思えない事を企んでいてその為に色々な人を巻き込み、利用していた。
Vチューバーとかよくわからないがそれの事務所を立ち上げるつもりだったらしく、それに詳しくないクズはある程度の知識を持つオタクを利用する事にしたのだとか…。
ただオタクにビタ一文支払いたくなかったクズはオタクを脅し、恐喝する事でオタクを利用した。
そのオタクが今、眼の前にいて私をじっ…と見ていた。
そして口を開いて言ったのだ…。
「もしかして…夏芽明音さんかな?」
「へ…ど…人違いですよ…?」
「やっぱり…夏芽明音さんだよね?君…?」
彼は確信を持って問いかけている。
何故だ…こんなにもイメチェンしてるのに…こんな関係値の少ない人間に直ぐに見つかるなんて…想定外だ…。
「安心してよ…今更君をどうこうする気はないからさ…」
「……どうして…?」
「そのどうしてはどういう意味合いの言葉かな?どうして見た目を変えたのに私だとわかったって意味?それとも恐喝に加担したのに許してくれるのか?って意味?」
「…あっ…あの…」
「そうだね…ここじゃこんな話出来ないし…なにより図書館ではお静かにがセオリーだよね…ついてきてよ…」
「………はい…」
私に拒否権がある訳もなく…彼に付いて行く以外に道は無かった。
連れてこられたのはとある部屋を私物化したのかと思う程にごった返した部屋だった。
パソコンやらよくわからない機材が沢山置かれている…というか見たことがある…これって…
「見たことがあるだろ?これは智也が買った配信機材だよ、どれも馬鹿高いから、僕の懐事情じゃとても揃えることなんて不可能だから彼には感謝してるんだよ?」
「え…?」
「彼のVチューバー事務所を立ち上げて一儲けしたいなんて馬鹿げた野心に利用されたときはどうなる事やらと腹も立ったけど、それなら逆に利用してやろうと思ってね?それでタダ同然でこれだけの機材が手に入ったんだから言う事ないよね?」
「智也を…利用してたの…?」
「愛する彼氏を馬鹿にされて悔しいのかい?」
「冗談……アイツのせいで私の人生目茶苦茶にされたんだ…好きどころか憎いまであるわよ…それで…あんたは私をこんな所に連れてきて何?自慢でもしたいの?それとも私にも復讐するつもり?」
「まさか!復讐なんて考えてないよ…君等のおかげで僕は馬鹿高い機材をほぼ無料で手に入れられておまけに有能な人材を数人確保できたんだ…恨むどころか逆に感謝したいくらいだね!」
「は?」
「僕はVチューバーが大好きなんだよ…Vの箱…所属事務所を作って推しを自らの手で育てる…それはVオタの夢であり希望…生涯を賭けた運命に抗うための儚いレジスタンスなのさ!」
「……はぁ?」
「彼と君は僕にその機会を与えてくれた、利用された、恐喝された過去なんて今や些事と切り捨てても構わないくらいにね!」
「い…意味わかんない…」
「まぁそりゃそうだよね!普通のピープルからしたらVオタの考えなんて狂人と変わらないだろうね!兎に角、智也が企てていたV事務所設立って目的は僕が乗っ取った…っていったら聞こえが悪いけど引き継いだわけさ、僕は今やこの事務所では社長ポジションでね、活動してる配信者は四人いる、みんな駆け出しだけど、それぞれの個性を生かして中々の成果を上げている。みんな可愛い僕の推し達だ!!!」
言ってる意味がまるで理解出来ないけど、要するにクズの起業するって馬鹿げた野望は乗っ取られる形で実現しているみたいだ…。
正直どのくらいの売上が出来てるのか知らないけど多分大した収益は生み出せてないんだろうなぁ…。
この人趣味でやってる所が強そうだし…。
それより気になるのは…
「それでどうして私だって直ぐに気付いたの?…後、こんな所に連れてきて御託を聞かせたかっただけな訳?」
「勿論ちゃんとあるよ…最初の質問に答えるたらVオタは基本声豚だ…他人の声を聞き分ける事に長けているんだ…最初君を見た時は半信半疑だったけど声を聞いて確信したんだよ…君…性格は終わってるけど中々の美声だからね…直ぐにわかったよ…」
「声…ね、」
声は盲点だった…
いくら見た目を変えても声までは変えられない…
その手のプロなら声質を変えれるのかもしれないけど、そんなの素人には土台無理な話だ…。
まぁ…そんな事はどうでも良いんだ、結局この男は何故私をこんな所に連れて来たのか…ソレが未だにわからない。
「で…?結局私をここに連れて来た理由はなに?アンタも私で童貞捨てたいの?」
「はあ!?どっ…童貞…僕はどっ…そんな下らない事で君みたいな恐ろしい女に声をかけたりしないよ…単刀直入に言うけど、君Vチューバーやってみない?」
「はあ!?」
「君…性格は終わってるけど声はマジで美声だし、腐らせるのは勿体無い…それに何となく向いてそうだしね…!」
「なんとなくって…アンタ…そんなの私に出来る訳無いでしょ?」
「いやいや、君話し上手だしあの時のサドっ気のある話し方でいけばファンが付くと思うんだよ…何故そんな地味目のイメチェンしてるのか知らないけど、顔を隠したいならVは好都合だと思うよ?表に出るのはあくまでモデルだし、顔を出したくない配信者にはうってつけだよ!」
何故か知らないがコイツやたらとグイグイくるな…
というよりコイツ…私が今やネットで悪い意味で人気になってる事を知らないのか?
しかし…顔を隠して配信活動か…。
そんな事が本当に私に出来るのか…?
でも私の中にチヤホヤされたいと言う欲求はある。
見た目を地味にしてしまった反動からか、私を褒めてくれる男達が周りからいなくなったんだ。
無意識に承認欲求のはけ口を私は求めている。
求めてしまっている。
だから私はその甘い蜜に手を伸ばしてしまった。
「わかったわ…やるわよ…Vチューバー…」
私がこのVチューバーというジャンルに手を出した事は恐らくは間違いだったのだろう。
そう遠くない未来に私はそう痛感する事になる。
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