第43話 明音編 2
残りの高校生活は地獄だった。
卒業までの短い期間とはいえ、後ろ指を差されながら過ごす日々は苦痛なんて言葉では決して済まされるものでは無く自殺が頭を過る程だった。
自殺か…。
それも良いかも知れない。
娘の苦悶を理解せずしようともしない親に一矢報いる事も出来るし、この地獄から抜け出す早道にもなって一石二鳥だ。
なにより腹立たしい事がある。
学校にいれば時折見かけるのだ。
腹立たしい奴等が視界に入るのだ。
見たくも無いのに。
立儀琢磨と沙流秋菜の姿が。
あいつ等は自分達が世界で一番幸せですとでも思ってるのか、いつも毎日ニコニコしていてとても腹立たしい。
特に琢磨のヘラヘラした態度がムカついて仕方が無い。
あの女がお弁当を作ってきて、それを食べているだけで、あれだけヘラヘラ出来るのだから頭の中がお花畑で支配されているのではないか?
私がお弁当作って上げた時はあそこまで嬉しそうにしてなかったくせに…腹立たしい…腹立たしい!
自殺すれば琢磨にも少しくらいは復讐出来るだろうか、
少しくらいは後悔させられるだろうか…。
少しくらいはこの腹立たしさも解消出来るかな…
はは…馬鹿みたい。
どうして私が琢磨如きの為に自殺なんてしないといけないんだ…。
これじゃまるで私が琢磨に未練があるみたいじゃないか…ふざけるな…そんなのあるわけ無いんだ!
そんなどうしようもない事を学校に復学してからは毎日の様に考える。
あの2人の仲を引き裂いてやろうかと何度も考えたけど私じゃ沙流秋菜に口喧嘩なんてしても勝てない。
あの女は頭が回る。
私が何をいってもこれまで一度だって動じなかったし最初から智也を駄目男だと見抜いていた。
人の本質を見抜く事に長けているんだ。
そんな奴に口喧嘩なんて仕掛けても勝てるわけない…。
今以上に惨めな気持ちにさせられるだけだ…。
ならば琢磨を誘惑して寝取ってやろうとも考えた。
しかしこれは直ぐにやめた。
何故私が琢磨と寝ないといけないんだ。
一度捨てた相手とするなんてどう考えてもオカシイでしょ?
それは自分で自分を落とす行為だ。
どれだけ落ちぶれたって…そこまで落ちたくはない…。
私は机の上に突っ伏して寝た振りをする。
見たくない物から目をそらして逃避する。
私と智也がヤッてる時に琢磨がよくやってたヤツだ。
現実逃避の為に眼の前の光景から視線を外す。
それで何かが好転するわけではないが、それが自分を守る唯一の方法なのだから、結局あの頃の琢磨が取れる手段なんてコレしか無かったんだ。
智也は琢磨の事が大嫌いだった。
今思うとアイツは琢磨の心象を悪くする為に必死だった様に思う。
私に愛莉におばさん…琢磨の寄る辺をあの駄目男は徹底的に潰して回っていた。
今思うとあんな口だけの男に…いや、男共に私達3人は良いようにされていたのだから、どれだけお花畑が頭の中を支配していのかって話だ。
よく智也は琢磨の事を悪く言っていた。
生理的嫌悪感とでも言えばいいのか。
あの男は多分琢磨が羨ましかったのだろう。
自分より劣る筈の義弟が自分より恵まれてる事が許せなかったのだろうか…。
結局私は…あの駄目男に利用されていただけなんだ。
本当に馬鹿みたいだ。
高校生活は退屈だった。
イジメみたいなモノを覚悟していたけど予想に反して誰も何もして来なかった。
案外そんなものなのかも知れない。
いい年して他人をいじめてる暇なんて無いのだろう。
みんな受験勉強やその他の事で忙しい。
私なんかにかまっている時間も惜しいのだろう。
ただ友達と呼べる人達もいなくなって私は腫れ物扱い。
誰も私には近づかない。
性病が移されるとか思われているのかも知れない。
幸い私達は性病や妊娠には至っていない。
中岸の大人達がピルやコ◯ドームやらを用意していて、やる事はヤッていても対策は怠ってなかった。
その点は流石は大人といった所か、智也達とは違い用意周到だった。
まぁ…あの頃の私は智也の事も大人だと思ってた…思い込んでたけども…。
そんな感じで腫れ物の様な扱いをされて学校では孤立していた私だけど、完全に暇になる事はなかった……。
こんな腫れ物扱いされてる私に、それでも関係を持とうとしてくる男子というのは必ずいる。
とゆーか普通に沢山いる。
「ねぇ夏芽さん、毎日暇そうじゃん?良かったらさ俺等と一緒にこない?」
「夏芽さんみたいな可愛い女の子なら大歓迎だよ?」
「そそ!俺等色々気にしないからさ!きっと夏芽さんも楽しいとおもうよ!」
「あはは…ありがとうね…でも私、学校終わった後も色々やらなきゃいけない事もあるから、また今度ね?」
「ちぇーそれじゃしかたないね!」
「ははっ!フラレてやんの!」
「ばかっ!ちげーし!」
そう言って私は足早にその場を離れる。
うしろからはさっきの男子達の話し声が聞こえる
帰ってから何するんだろうな?
んなのきまってんじゃん!
オナニーだろ?性欲つよそうだし!
だったら俺等にもヤラしてくれたらいーのによー
ギャハハハ
……。
そんな事だろうと思った。
目付きが完全にそういう目だったから直ぐにわかった。
といっても殆どの男子はそんな目しかしてないのだから、いちいち探る必要もない。
私に絡んでくるのは、ああいった頭のフットワークが軽い男子だけじゃなく、地味なオタク臭い奴も割と来る。
「あ…あの…夏芽さん…ずっと好きだったんです!ぼ…僕と付き合って下さい…」
「ゴメンね…私、誰とも付き合うつもりないから…」
「そ…そんな…大丈夫だよ!僕は例の噂なら気にしないから!むしろ僕…夏芽さんの事守ってあげたいんだ!だから…僕と…付き合ってほ…」
「ゴメン…ほんとにそういう気持ちにはなれないから、じゃ…私もう行くね…」
「待ってよ!ならさ!なら…一回だけ…一回だけ…ぼ…僕ともセッ◯スしてよ…いいでしょ?ね?それで諦めるから」
「はぁ?普通に無理だけど?」
「嫌だ!ふざけんなよ!あれだけ散々喘ぎちらして!今更清楚ぶるなよ!…。へへ…どうせ僕の事を陰キャだって見下してるんだろ!…へへ…ならさ…い…いいよね?ね?」
何が良いのかコイツの考えが全くわからない。しかしコイツは既にその気になっているみたいで目が血走っている…
本当に嫌になる…。
私はスカートのポケットからスマホを取り出しその場で彼の写真を撮る。
「は?何してっ?」
「よく撮れてるよ?ほら?」
「……なっ…?」
そこには目を血走らせ、股間にテントを張った…今にも襲いかかろうとしている彼の姿が映し出されていた。
「これ、拡散したら面白い事になると思わない?君も私と同じ有名人になれるよ?どう?片思いの相手と一緒に地獄に落ちる?そこまでしてくれるなら私、貴方の事好きになってあげるよ?どうする?」
「ふ…ふざけんな!そ…そんなの…」
「私が声高々に言いふらしてあげるよ?きっと面白いくらいに拡がるよ?」
「やっ…やめろよ?ぼ…僕は…そんなの求めてない!写真消せよ!」
「馬鹿ね…消すなけないじゃん♪どうしょっかな〜」
「あやまるから…もう関わらないから…だから消してよ…」
「ふ〜ん、じゃ…早く消えてよ?目障り。」
「うぐっ…うぅ…」
泣きそうな顔をした彼はトボトボと回れ右してどこかに消えた。
自衛の為にスマホを持ち歩いていて助かった。
今の私にとってスマホはさっきのような状況に対する自衛手段としての機能しか期待していない。
私は直ぐ様さっきの写真を削除して帰路についた。
勿論拡散なんてするつもりも気もなかった。
私はもうSNSには一切触れていない。
正直もう触ろうとも思わないのに拡散なんて面倒な事をしたいとも思わなかった。
正直あのまま拡散したけりゃすれば良いだろうと、あのオタク男子に襲われたなら私は受け入れるつもりでいた。
今更誰と関係を持った所で非処女に変わりはないし、拡がった動画が消えて無くなる訳でもない。
それに実のところ、このムラムラした感覚が紛れるなら犯されたとしても、それも良いかもねと思っていたから少し残念だ。
あの男も私を好きというなら、その位の気概を見せてくれないとデマカセ言ってるだけだと証明しているだけだ。
正直今みたいな出来事はぶっちゃけた話、初めてでは無い。
何度かあったりするのだ。
しかし大体同じ方法で回避している。
所詮オタク趣味の根暗男子なんてあんなモノだ。
少し脅せば直ぐに逃げ出す根性無しだ。
そんな事を繰り返している内に一ヶ月、二ヶ月と時間は過ぎていった。
女子からは徹底した塩対応を取られて空気のような扱いを受け、男子からはセクハラされたり下心見え見えの告白されたりと、そんな日々が流れていった。
暇な時間は受験勉強に充てた。
勉強くらいしかする事が無かったっていうのが理由の一つだけど、他にも勉強する理由はあった。
勿論親に見捨てられない為の最低限の手段としての意味もある。
でも何かに集中してないと頭が卑猥な妄想でいっぱいになるから私は勉強を無我夢中でやった。
2年くらい前から強くなってしまった性欲がオ◯ニーを強要してくるが、私は敢えて勉強に集中した。
勉強に集中して、性欲を抑え込む事に私は励んだ。
性欲に頭が支配されたら私は駄目になる。
そんなのあの詐欺師のカス男と同類になるだけ…。
だから私は自らの欲望に背を向け続けた。
努力のベクトルが我ながら情けないけど、それが今の自分を支えている自覚はあった。
そうして迎えた受験日当日…私はなんの感慨も無く無心でテスト用紙に視線を落とした。
下手な野心や目標、希望はない。
受かる受からないと一喜一憂する心は既に無く、無心でテスト用紙に文字を書いていった。
おかしいよね…、入試に受からないと何処か遠くに行った両親に見限られかねないのに。
私は驚くほどに受験結果に興味が無かった。
そしてこう言う人間に限って、神様という存在は笑顔を振り撒くのだろう。
「あった…」
受験結果発表日当日。
私は結果発表を行う大学の敷地にいた。
この大学には、あの男に誘われて何度か来ているので今更感慨深さ等はない。
受験結果を示す番号が張り出された掲示版に羅列されたある番号と、私が手にする用紙に書かれた番号は一致していた。
合格していた。
この瞬間、私は来年からこの大学に通う事が確定した。
そこに胸踊る高揚感も未来に向けての希望も望みもない。
あるのは親から課せられたノルマをしっかりと熟せたという安堵と先の長い自分の人生に対する辟易とした思いだけだった…。




