第38話 愛莉編 2
霧山紗月は頭を抱えていた。
理由は当然世話のかかる新人、立儀愛莉についてだ。
奴は事ある事に騒ぎを引き起こす。
コレをやれと言われたらその都度噛みつきアレをやれと言われたら癇癪を引き起こし事もあろうに坊さんに色じかけを仕掛けるクソみたいな奴だ。
無駄に発育が良いからこんな所でなければ効果は抜群なんだろうが奴にとって誤算だったのはここの坊さんは精神修行が行き届いてるのか下手な誘惑には屈せずしっかりとあのバカを叱りつけていた。
まぁ坊さんの方もそのくらいの自制心が無いとあたしとしても困る。
その程度の我慢も出来ないんじゃ人に物を説くなんて絶望的だし何様のつもりだって話だ。
まぁ立儀も最初の頃に比べたら随分ましにはなって来ていた、座禅で叩かれる事も減ってきたしぎゃーぎゃー騒ぐ事も今では減ってきてると思う。
まぁ…それも最初の頃にという言葉を付け足す条件付きだがな。
「紗月ちゃんは真面目だよね~、毎日よくやるよ〜」
「あたしからすればお前のほうが毎日よく騒げるなと感心するわ」
「えー?それ程でもないよぉ〜」
「褒めてねーからな?」
同年代で年齢が近いせいか立儀は私に懐くようになった、ヘラヘラしてるし緊張感とは無縁そうな奴だけど不思議と不快感はない、多分族のリーダーやってる頃やそれ以前の交友関係にこんなタイプの奴がいなかったのがあたし的には新鮮なんだろう。
昔からあたしに絡んでくる奴は喧嘩で名を上げたいなんて奴とか怖がってあたしの機嫌を伺ってる奴か、私の庇護下に入って守って貰おうとか媚を売ってペコペコしてる奴とか考えが透けて見える奴が殆どで友達と呼べる様な奴はいなかった。
だからこんな風にあたしに対してヘラヘラしてる奴は初めてで新鮮なんだ。
まぁ…それが良いことか悪い事なのかは解らないけどな。
「しかしオメェも変な奴だよな?嫌ならこんな所さっさと出てけばいいじゃんよ?」
「前も言ったでしょ?ここで頑張って3年過ごすのが愛莉がお兄ちゃんの妹に戻る最善の方法なの、だから愛莉は頑張るの」
「……ふ~ん、つまりブラコンか」
「ブラコン?愛莉ってブラコンなの?」
「お兄ちゃんお兄ちゃん言ってる奴がブラコンじゃなくて何な訳よ?」
「なるほどー愛莉ってブラコンだったのか〜知らなかったなぁ」
「自分の事だろうがよ?何で初めて知りましたみたいな反応なのお前?」
「えへへ〜」
「だから褒めてねーからな?」
「そ〜言えば紗月ちゃんはどうしてここにいるの?」
「うあ?」
「愛莉みたいに悪い事してここに連れて来られたんでしょ?何したの?ねぇねぇ?何したの?」
「他人のプライバシーってかプライベートな所にズカズカ入り込んで来る奴だなお前…」
「それで!それで!?」
「はぁ…別に大した事はしてね〜よ、無免でバイク乗り回したりセクハラ糞センコーをボコったり、他の中学のイキり野郎共をシメたりしてたら、ここに連れて来られたんだよ。」
「いやいやすごいよぉ!超不良さんじゃんすごぉ!」
「あたしはただ気に食わない奴をボコってわからせてやってただけだよ」
「それが凄いと思うんだけどな?愛莉は弱いからそんな事出来ないよ、いつも愛莉は周りの言う事に従ってれば良いと思ってたし」
「それが悪い事だとは言わねーよ、人の生き方はそれこそ人それぞれだしな、でも人の言いなりになるのは嫌だね、だからあたしは我を通すぜ?それが世間的に間違ってるとしてもな」
「へぇ~、かっこいいね…憧れちゃうよ…」
「……そーいぅお前は何してこんな所に来たんだよ?」
「な〜にぃ?愛莉の事そんなに知りたいのぉ?」
「だー!やっぱいいわ、聞かない!」
「あーごめんごめん!話すから…えっとね…愛莉ね…家族とずっとエッチな事をしてきたの…」
立儀はそこからあたしに何故自分がこんな処に来るに至ったかを話し始めた。
聞いてから抱いた最初の印象は「うわぁ…」だった。
どん引きなんて言葉では足りないくらいの話で正直聞いた事を少し後悔したくらいだ。
まぁでもどこかで妙に納得している。
やっぱりかと…。
立儀はこの歳で妙に艶っぽいというかエロいというかまぁ兎に角あざとい女だ。
男に対して特大の地雷になる雰囲気があるがずっと引っかかってたのはそれを女のあたしの前でもまるで抑えて無い所が変だった。
普通なら同性の前でもこんな感じなら嫌われて当然、下手すりゃイジメの対象にされてもおかしくはない、なのにコイツの態度は性別にかかわらず一貫してる。
あたしや坊主連中に至るまで全ての他人にあの誘惑するような態度なのだ…それしか知らないと言わんばかりに…。
しかし実際は…、コイツは本当にそれしか知らないんだ、それが当たり前の環境で育てられて来たんだ。
まぁ…正直コイツの兄貴には同情する。
年上とはいえガキには変わりは無い。
それで立儀の話した通りの環境に置かれたらそりゃ逃げ出したくもなるだろ…。
まぁ…あたしならそいつ等全員ボコボコにして2度と性行為出来ない体に作り変えてやるくらいはしてやりたい気分にさせられたけどな。
兄貴には同情するが同時に情けないヤツだとは思う。
妹を助け出す事が出来る立場にあったのはその兄貴だけだったんなら意地を見せろとも思った。
まぁ当事者でも無ければその兄貴本人でも無いあたしにとやかく言う義理は無い訳だ。
あと一つハッキリした事がある。
「はあ〜胸糞悪い話だなお前の話はよ?」
「えへへ、やっぱりそうかな?」
「そらそうだろ?普通そんな話をえへへ聞いて聞いて!ってハイテンションで話すお前の情緒をマジで心配するわ」
「そっか〜やっぱり愛莉は変なんだね…」
「……」
「うん…まぁ…ホントはわかってたんだけどね…えへへ」
「…はぁ~馬鹿がよ…いいか?立儀?女の裸ってのは簡単に男に見せていいもんじゃねーんだよ、」
「…そうなんだよね、普通は…」
「当たり前だろ、女の体はそんな安いもんじゃねーんだよ…つ〜かもっと自分を大事にしろ…結局のところ自分を大事にしてくれるのはどこまでいっても自分だけなんだ!自分だけが自分を護ってくれる最後の…なんつーか防波堤…?みたいな物なんだよ!」
「えへへ、なにそれ…意味わかんないけどなんか凄いじ~んと来るよ。」
この馬鹿女は純粋な馬鹿女だ。
見た目通りに精神が成長しきれていない。
くそみたいな連中に付け込まれて歪められた哀れな馬鹿女だ。
あたしと……『私』と同じなんだ。
あたしも下手すりゃこんな風になってたかも知れない。
見捨てられたくなくて…
見放されたくなくて…
媚を売って…縋り付いてたあの頃のみっともない私と。
ほっとけ無い…
こいつをほっとくのはあたしなりに気持ち悪い。
どうしょうもないクソ親に邪魔者扱いされて来た私が最後に行き着いたのがこんな糞の掃き溜めみたいな所だ。
少年院とかで無く児童厚生施設ここなのはまだあたしに温情をかけてくれてた祖父母の優しさであってもアタシが両親に愛されてなかった事実は何も変わらない。
こいつも同じだ。
父親と死別し、母親に利用され兄貴に見捨てられたこいつにはもう何も無い。
ちっぽけな希望に縋るしかこいつには何も無いんだってこいつ自身気づいてるんだろう。
「はぁ…ここの生活は正直暇だけどさ…お前と一緒なら最低でも暇はしなくても良さげかもな」
「愛莉も…紗月ちゃんがいて良かったって思ってるよ」
「ははっ!嘘くせー」
「え〜?嘘じゃないよぉー!」
「はは!」
それから馬鹿女…立儀の態度はいくらか改善された。
いきなり完全な改善は無理だけど前に比べて文句を言ったり癇癪を起こす頻度は格段に減っていった。
数ヶ月置きに態度は軟化して座禅の時も叩かれる頻度は減り綺麗な姿勢を保てる様になっていたし、掃除や洗濯も熟せる様になっていた。
爪が割れたり手の平には豆が出来て皮が厚くなっていて昔のキレイな手先じゃ無くなっていたが彼女はそんな自分の手を見てみてみて〜と、ニヘっと笑って見せてくる。
あたしはそんな愛莉の手を見てらしくなってきたじゃねーかと笑い合っていた。
気づけばあたし等は友達と呼べるくらいには仲良くなっていた。
それからは大体は助け合って暮らしてきた。
後輩が出来れば色々二人で教えたりしたし愛莉の奴は意外に世話焼きで後輩の手伝いとかを進んでやるほどだった。
それからも時間は進んでいく
そして愛莉がここに来てから2年と半年が過ぎてあたしはここを卒業…出ていく事となった。
元々愛莉より半年早くここにいたあたしの卒業は愛莉より当然半年早くこうなるのはあたしもそして愛莉もわかってはいた。
「じゃーな、愛莉…あたしは一足先に久々の外を堪能してくるわ」
「うん…元気でね…紗月ちゃん…あの…私…」
「愛莉…外で待っててやるから速攻で出て来い。あたしもお前がいね〜とその…暇だからな!」
「紗月ちゃん……うん…ぐすっ…私…頑張る…あと半年…ぐす…ひぐぅ…頑張るから…!」
こうしてあたしは更生施設を後にした。
外の世界は何も変わらない…とっくに高校生なんて言える年齢を超えてたあたしはじいちゃんばぁちゃん達の家から新しく見つけた仕事先で働きながら、かつてつるんでたバカ共とそれなりの関わりを持ちながらも平穏な時間を過ごしていた。
あの馬鹿女な友達が出てくるのを待ちながら。




