第35話 逆怨みの果て
次回最終話です。
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智也が家から逃げ出し、警察から逃げ続けて既に1週間が過ぎていた。
財布の中は既に空に近い、もうまともな食い物は買えない。
銀行から金を下ろすとそこから自分の現在地が割り出されそうで怖かったのだ。
そもそも貯金額などたかが知れていて例え銀行から金を引き出せた所で何も変わらないのだが…。
最初は大学に逃げ込もうとしたが今思うと最高の愚行だった。
警察が先回りしていて大学施設内に入る事すら出来なかった。おそらくは警察がいなくても俺の顔を見れば速攻で警備員なりが連絡する。
くそったれめ!!
その次は漫画喫茶とかを使ってたがその内ここも使えなくなった。
店員の横に張り紙があり俺の顔がでかでかと貼り付けられていたのだ。
巫山戯んなよ…これじゃまるで犯罪者扱いじゃねーか!
俺が何したってんだよ…やめてくれよ…
許してくれよ……。
昔に付き合いのあった女の所に逃げ込もうかと思ったがここからだと距離がありすぎて金がかかる、そもそも門前払いされたり騒ぎになったり警察に通報されたらそこで終わりなのにそんな事の為に金を使いたくなかったのだ。
ならばとそこ等のちょろそうな女を口説こうとするが誰も相手にしてくれない…ならまだ良い方でみんな速歩きで避けて行く。
それはそうだ。
この時の智也は鬼気迫る必死の形相で女性側からすれば間違い無く良くない事をしようとしていると誰でも察する事が出来る。
普段の彼が持つアイデンティティ。
落ち着いた大人の男。
細マッチョで知的なイケメン。
そんな印象など今の彼にはなく只々不気味、無駄に顔が良いせいで余計に怖く見えていた。
そんな訳で女は皆逃げていった。
結果、俺はこの真冬の寒空の下、家にも帰れず公園のベンチでダンゴムシのように体を丸めて縮こまるしかなかった。 死ぬ…これまじで死ぬ。
風邪引いてないのが奇跡だ…、こんなのあと何日も出来ない…冗談抜きで死ねる……。
詰んでいる…何処までも詰んでいる。
どうして俺がこんなめに…巫山戯んなよ…
巫山戯んなよ!
それもこれも………誰のせいだ…?
明音か…?
あの綺麗な黒紫髪の女か…?
それとも琢磨か?
そうだ…琢磨…アイツのせいだ…。
アイツが悪い…。
アイツがポリにチクったんだ…。
アイツさえいなければ俺は…俺はずっと自由なままだったんだ…。
クソが!
そうだ!琢磨も明音もあの黒紫髪の女…秋菜も!!
親父も俺を見捨てた元母親のクソババアも!!
あの腹立たしいクソオタクもどいつもこいつも殺してやりてぇ!
そうだ、俺はどの道サツに捕まるんだ…だったら人殺しくらいなんて事もねぇ…!
はは…そうだ!今の俺は無敵なんだ…、
敵なんていないんだよ、はは!
自暴自棄の極みに至る思考は彼から冷静な判断力を奪うには十分だった。
もっとも彼のこれまで歩んだ道が冷静な判断の元に築かれたモノだったならこんな事にはなってないのだが、それに気付く事がないのがある意味彼が彼たる所以なのかもしれない。
そうして寒さと苛立ちと怒りで冷静な判断力を欠いていた彼の目に一組のカップルが視界に留まる。
女は智也目線で決して可愛いわけではないのだが、乳が大きく冬の寒さで着込んだ服の上からでも十分に分かる程のもの、1週間もろくに心休まる事無くさ迷い続けて精神的にも肉体的にも疲弊している彼の体に性欲という活力がみなぎる。
自分と言う優良種がこんな底辺生活を強いられてるのにあいつ等は呑気にいちゃつくのだから今の彼には耐え難い冒涜に思えてくる。
思えば明音とは違って乳もケツもデカい訳じゃないが女としての気品、一種のブランド力に秀でた秋菜を抱けなかった事が彼のカスのようなプライドを傷つけていた。
そしてそんな秋菜の隣にいるのが自分よりありとあらゆる面で劣るクズの琢磨だ。
綺麗事しか口に出来ないカス。
無能で凡人の分際でこの俺に何度も意見するあの姿は実に腹立たしかった。
だから弟と結託しあのカスを追い込み潰してやったのだ。
家から逃げる様に出て行った時は大いに笑ってやった。
なのに!なのに!!
彼は怒りに駆られ性欲と本能の赴くままに女に襲いかかる、しかし彼は冷静ではなかった。
普段の彼なら流石に気付いた。
隣の彼氏の体付きを。
智也はある程度鍛えている。
女が好む細マッチョ体系を維持するために無駄に努力している。
しかし相手はボディービルダーかと疑う程の身体を有しまた顔も目元に縦の傷がありソレを隠す様にグラサンをつけている。
髪をオールバッグにしていて見るからに強面だった。
体付きを見てもただのイキリ民では無いのは一目瞭然だった。
「ぶひゃあぁぁーーっ!!!???」
智也は男にぶん殴られる
数メートル吹っ飛んでズザザーと地面に滑り転がる。
泥やホコリを体中で吸って貧相な姿はより貧相に。
「テメェ?何人様の彼女に手を出そうとしてんだごらぁ!?」
「ひえ!?」
「舐めてんじゃねぇぞこらぁ!」
バゴぉ!
「ホゲぇ!?」
ドゴォ!
「ごふっ!?」
ゴスっ、
「おべぇ!?」
殴られ、蹴られ、踏まれ、智也はそれだけでもうボロボロだった。
「リッ君、もういいよ、いこ?」
「そうだな、ちっ、彼女の優しさに感謝しろよ?カスが!」
最後にツバを吐きかけられ、それでも痛みに悶える智也はそれ以上何も出来なかった。
智也の逆恨みによる復讐心はさっきので砕け散った。
信じられないかも知れないが何処の誰かも知れない男に数発ボコられ彼の貧弱な心は簡単に折れた。
父に対して、実母に対して、オタクに対して…
明音に対して…秋菜に対して…、そして琢磨に対して…
全て砕け散った。
これまで親の庇護下で好き放題やって来た彼は目立った失敗体験がない。
また運がよかったのか、元のスペックは決して低く無かったのかは定かではないが彼は挫折を体験した事がなかった。
大抵の事はなんだかんだで上手く行く。
それが彼の座右の銘だ。
案ずるより産むが易しなんて言葉があるが彼はこの言葉を湾曲して理解している。
なんだかんだ上手く行く…そんな意味に捉えているのだ。
しかしそんな考えで社会を渡り歩いていける筈も無く彼は挫折を取り返しのつかないレベルで体験する事となった。
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それは突然の事だった。
秋菜さんに受験に向けて勉強を教えてもらってるとスマホが鳴り響き通話に出ると予想して無かった知らせが届いた。
「なんだったの?」
「智也が捕まったってさ」
「あら、日本の警察も優秀ね。」
「いや、…出頭したらしい?」
「出頭?」
「うん…、正直意外だよな…もうひと悶着あると覚悟してたけど…」
「うーん、案外そうでもないわね…あの手のタイプは根が脆弱なのよ…私としては良く1週間も逃げ回れたとそこだけは褒めてあげたいわね」
「はは、なんだそれ、」
「多分限界だったんじゃない?もう僕には無理〜みたいな?」
「まぁ…そうかも…そこまでガッツのあるやつじゃないし、秋菜さんの言ってるのが正解だろうね」
「秋菜!」
「ひぇっ!?」
「秋菜よ?琢磨。」
「秋菜さ…「秋菜。」…はい…秋菜…。」
「ふふ、宜しい。正直あんな男の事なんてどーでもいいわ、今は二人で同じ大学に行く為にも勉強を頑張りなさいな。」
「そう…だね…、秋菜。」
「……、ふふ…ええそうよ、琢磨。」
ニンマリとした笑顔で満足気に微笑む秋菜。
最近気付いたが彼女にはややSっ気がある気がする。
俺の反応を見て喜んでる節がある。
そこは実のところ明音と同じだったんだが彼女の場合は嫌味がない、なんというか彼女の反応もまた愛らしいし可愛いいのだ。
そこが決定的に違う。
こんな幸せな時間が訪れるなんて少し前までは予想すらもして無かった。
終わった…。
中岸に纏わるこれまでの全てに決着が付いたといっても過言じゃ無いだろう…。
俺も…そして秋菜も、親に裏切られたという共通点から共依存に近い関係にあった。
でも俺は彼女のお陰で前を見れた。
前を向く勇気を貰えた。
そんな彼女の恩に報いたい…、いや、それは俺の本心じゃない…。
誤魔化しや建前なんていらないのだ。
俺自身の気持ちに誤魔化しはいらないんだ。




