第弐拾肆話 真夏の夜
「この場を愉しむ」といっても、俺はその辺には疎い。
夜はどうしてもお仕事の時間だと感じてしまうし、そもそもセリス島のような洗練された『夜の遊び場』ってのにはどうにも慣れない。
サービスを提供する側としても『娼館』という直接的な場所とは違い、場を提供してそこから先はお客様同士の駆け引きをどうぞ、となると勝手が違う。
結果、我ながら浮いているという感は否めない。
冒険者三馬鹿トリオ――剣士ザガクリフ、魔法使いカシムラーダ、盾役リヴィス――と行きつけの酒場で呑むか、いっそ王宮の夜会であれば対応もできるんだがな。
もしくは身内だけでのんびり過ごせる場所の方が気楽に休暇を愉しめる。
我ながら両極端な場所しか知らないな。
もうちょっとこう、洒落た遊び場にも慣れておく必要があるのかもしれない。
……何のためなのかはあえて考えまい。
海っぱたまで来たからには下手の横好きとはいえ、釣り好きの端くれとしちゃ海釣りってやつもやってみたくはあるが……どうやらそんな時間は取れそうもない。
セリス島の夜は王都グレンカイナの夜街とはまた違った、海と山が近いリゾート地独特の空気。
魔法を含むあらゆる手段で『明るい夜』を実現させているのは王都と同じだが、その光量――不夜城ぶりであれば王都に軍配が上がるのは間違いない。
ただ緑と蒼に彩られた自然の色と調和した白亜の建物と、魔力を惜しみなく使われた浮遊回廊などが魔法と蝋燭といった街の光とそれを反射する海の光、満天の星空の光に揺れるのは王都とはまた違った風情で幻想的ではある。
そこで遊ぶ人たちの服装も王都とは趣を異にする。
ラフと言ってもいい恰好が多い――中には水着に何か羽織っただけの連中も結構いる――のに、どこか洗練もされていて、場にそぐうのだ。
雑踏の音と、それにかき消されない虫たちの音も『南国』を強く意識させる。
――豪奢で大人な真夏の夜。
こういう洒落た場所で、とびっきりの美女たちを優雅にエスコートする自信なんてまるでない。
当のその美女たちは表通りの小洒落たオープン・バーや魔法による浮遊レストランにはあまり興味を示さず、裏通りに並んでいる屋台なんかに心惹かれているようではあるんだが。
どんな高級店だって似合いの三人だが、俺も含めると絵にならんというか、そぐわんのはどうしようもない。
しかし安屋台でも絵になってしまうというのは、大したものというか素直に感心する。
まあこういう絵面なら、俺も無理なく溶け込めるから助かるが。
真昼間ならまだうちの嬢たちと海にでも浸かってりゃ何とかなるんだろうが、夜ともなるとそうもいかないしな。
いや、あらゆる光源で海を照らして、満天の星空の下で泳げる場所もあるにはるらしい。
だが海で泳ぐとなれば灼熱の太陽との組み合わせがいいなあと思ってしまう以前の問題で、昼であろうが夜であろうが自分が「海の似合う男」とはとても思えないから論外か。
『魔法』が存在するこっちじゃ、『水中呼吸』と『念話』を付与された魔法道具で水中デートなどもできるらしいが、そんな恋人たちの場所へルナマリア、リスティア嬢、ローラ嬢を引き連れて行くほどの肝っ玉は持ち合わせちゃいない。
どなたかお一人とってのはもっと恐ろしい。
まあ正直なところ透明度の高い水中から見る、満天の星と月の光ってのは見てみたくはある。
そうそう来る機会のある場所でもなし、思い切って誘ってみるのもいいかもしれない。
とある事情で泳ぎ、つまり海も苦手なうちの弟娣子どのは現在、ガルザム老に連れられて冒険者登録中。
先の大魔法暴走騒ぎを誰も理解できない方法で納めたことと、ガルザム老の推薦(一部の人間はうちの所有者の推薦てことをご存じだ)ってことで、飛び級で深層へ潜れる階位からのスタートとなるらしい。
元々今ある階位では測れない実力なんだし、その辺はどうとでもなるだろう。
冒険者たちの世界では『力』は絶対。
妙なやっかみなんかは実力の前には吹き飛ばされる。
――正直に言えばやっぱり多少の憧れはまだあるな、そういう世界にも。
弟娣子どのを、まったく羨ましくないといえば嘘にはなる。
弟娣子が仕事としてセリス島の迷宮最深部に潜ることになれば、俺もここへ来る機会は増えるのかもしれないな。
まあそういうわけで、考えてみれば俺とルナマリア、リスティア嬢、ローラ嬢の四人だけになるのは弟娣子が来てからは久しぶりだ。
なんか意外な気もするが、弟娣子は基本俺に引っ付いているからな、なんでだかは知らんが。
「支配人~、これ半分あげる」
「これも美味しいですよ。味見しますか?」
「口移ししてやろうか? ん?」
三人もそう思っているものか、いつも以上に俺にかまってくる。
すでに勝手に屋台で、王都ではあまり見かけない食い物を買っていやがる。
弟娣子の前では何やらお姉様モードになるらしく、こういう隙だらけというか、普通の女の子のような顔を見せるのはどうも照れくさいとみえる。
そういうところも可愛らしいっちゃ可愛らしいんだが、おい最後の。
なにか咥えて頤を上げる仕草のルナマリアに、リスティア嬢とローラ嬢がヘッドロックを仕掛けに行っているが外でそういうのは控えなさい。
いや部屋ならいいのかって話でもないんだが、ここはお前さんら三人の顔が結構知られている(ついでに俺のもだが)王都とは違うんだ。
しかも夜街ってわけでもない、市井の方々が夜を楽しむ場所。
公共の場で何やってんだってのももちろんある。
だがそれ以上に顔が知られてないということは、さえない男がとびっきりの美女三人相手にそういうことをやっているとだな……
「見せつけてくれるじゃねえかよ」
「俺らにもちょいとおすそ分けしてくれよ」
ほ ら な 。
こういうお約束展開ってのはお前さんらみたいなのを連れていると確実に発生するんだよ。
王都で俺に付き合って夜街をフラフラするようになった最初のころにもよくあっただろうが。
お約束だのベタだのってのは、それを起こし得るキャラクターにくっついてるもんだってのを俺はその時学習したんだよ。
俺だってさえない男がルナマリア、リスティア嬢、ローラ嬢みたいなとびっきりと一緒にいるだけではなく、あれやこれや構われてるのを見りゃ絡まないまでも壁殴りくらいはすると思うしな。
本人たちが俺以外の男とそうしているところを見たら……
よそうかへこむ想像は――娼館の支配人と嬢だってのに、なんでいまさらそんなことくらいでへこまにゃならんのかとは思いもするが。
そうじゃない。
ある意味慣れた展開ではあるんだが、どっかで聞いたことのある――
「なんなら庶民日を設定してくれることで手を打ってやってもいいぜ?」
お 前 ら か よ !
背後から声をかけてきたのはお約束展開の見知らぬ強面のお兄さんたちではなく、ある意味見飽きた冒険者三馬鹿トリオ、ザガクリフ、カシムラーダ、リヴィスの三人だった。
膝から下の力が抜けるから勘弁してくれ。
文句のひとつも言ってやろうかと思ったが、三馬鹿の方がうんざりした顔をしているので呑み込んだ。
「何やってんだよお前らは?」
いつもは草臥れた服を着た、優男なのにどこか冴えない剣士のザガクリフ、厳つい顔と体をローブで纏っている魔法使いのカシムラーダ、お前わざとだろと言いたくなる半ズボンなんかを掃いている子供みたいな盾役のリヴィスだが、今は何時になくカッチリした格好をしてやがる。
ああ、冒険者ギルド主催の宴席だから正装をさせられているわけか。
正装(笑)としてやりたいところだが、妙にしっくりきていて笑いきれない。
「支配人にだけは言われたかねえよ!」
いつもへらへらしているザガクリフに切れられた。
いや真っ当な問いかけだと思うんだがな。
「せっかくタダでセリス島に来られたのに、じじいの命令で支配人らの護衛だよ!」
ああなるほど、そういう理屈か。
所属ギルドで一番偉い人に言われたんなら立場上仕方無かろうが。
おまえら冒険者ギルド、グレンカイナ支部所属なんだから。
「その上であんなの見せつけられたらやってらんねえ、絡みに行く連中止めるどころか俺らが率先して絡んだんだよ!」
――おいリヴィス。
「文字通り「何やってんだよお前らは?」じゃねえか! 仮にも護衛が絡んで来てんじゃねえよ!」
確かに同情の余地があることは認めるが、お前らが率先して絡んでどうするんだ。
職務放棄どころの騒ぎじゃねえだろが。
あと「あんなの」言うな。
「俺らが絡まなきゃ、誰かが絡んでたよ!」
「それを止めるのが護衛だろうが! 仕事しろ仕事!」
確かに反省するべきはしてもいい。
だがリヴィスお前、そこまで開き直られてもだな……
「仕事したくねえ~」
「おいこら冒険者様」
一応リーダーだろ、ザガクリフ。
あとで怖いのにどやされても俺は知らねえぞ。
「支配人が『五枚花弁』引き連れて夜のセリス島満喫してるのに、それ見せつけられながら護衛なんて冗談じゃねえ~」
「おい、ちょっと……」
いやあの、カシムラーダさん?
アンタは何時もどっちかというと寡黙で、常識人ポジションじゃなかったか?
「ルナマリアさんに口移ししてもらった後、俺に口移しする気ねえ? ある意味間接キスだよな? な?」
「やめろや……」
落ち着けリヴィス。
確かにルナマリアとは間接キスできるかもしれねえが、そのために俺と直接キスすることになるのは頭からすっ飛んでんのか馬鹿野郎。
見た目通り異性への興味に目覚めたばっかりの子供か手前。
そもそも口移ししてもらうつもりがねえよ、まず。
さすがに二の句が継げなくなっていると、ルナマリア、リスティア嬢、ローラ嬢が俺たちの会話とその表情を見てくすくす笑っている。
呆れられるよりゃマシかもしれないが、今のやり取りで笑うとこあったか?
「まったく……支配人は我らよりも男友達といる方が愉しそうじゃな」
ため息交じりでルナマリアがぼやく。
いやそんなことは決してないんだが、そう見えたか?
「……悔しいです」
リスティア嬢が艶やかな唇を軽く噛みながら、恨めしそうな目で俺を見る。
そういう目で見られることはまれにあったが、三馬鹿トリオをリスティア嬢が羨ましそうに見るっていうのはなんか新鮮だな。
「敗北感~」
ローラ嬢は天を仰いで、ルナマリアと同じく嘆息している。
いや俺にしてみれば何に負けたんだって話なんだが。
とはいえそんな内容に反して、三人とも楽しそうな声だ。
俺がこいつらと馬鹿会話してることの何が嬉しいんだ。
いやそうじゃない。
「友達じゃねえよ!」
「冗談じゃねえ!」「友達なんかじゃないっスよ!!!」「友達なら、しょみん、んが、なにすんだてめーら!!!」
期せずして同時に同じ意味の言葉を発する俺と馬鹿三人組。
リヴィスだけはあとの二人に遮られて最後まで言わせてもらえなかったが。
じゃあなんだってんだと問われても困るが、『お友達』と言われて「そーなんですよ」という間柄でもない。
お互い同じことを言っておきながら、「なにおう?」という表情でにらみ合う。
なんだお前ら、俺に『友達』と思われてないのが不満なのか?
上等だ、手をついてお願いするなら『お友達』とやらになってやろうじゃねえか。
……自分が何で反射的にむかっ腹を立てたのかは深く考え無いようにしようか。
「わかったわかった。好きなだけじゃれておれ。私たちは先に宿に戻っておる。……その代わり戻ってからは相手せいよ?」
「も~。ほんとくやしーなー」
「……テレ隠しなんですかね? ちょっと興味あります」
おいリスティア嬢。
とにかく何に気を利かしたものか、男同士の付き合いを邪魔してはいかんということらしい。
俺が帰るぞと言ってもそうそう素直に聞かない三人が、自ら宿へ帰ると言い出した。
その辺は『イイ女』としての矜持に関わるんだろうか?
そりゃいいが宿に帰ってからの酒の付き合いと、明日の昼間は仰せのままにせにゃならんだろうなあ……
そう言って不満げに、それでも纏う空気はどこか楽しげに冒険者ギルドがおさえてくれているやけに豪華な宿へと戻ってゆく。
女三人で帰らせることを本来なら心配するべきなんだろうが、あの三人なら「声かけんな」という空気を出せばそれを突破できる兵はそうそう居るまい。
あの空気をものともしないとなればガイウスの旦那くらいなもんだろうが、さすがに王弟殿下がセリス島まで非公式できているとは考えにくい……ハズだ。そうであってくれ。
「おい支配人。……ルナマリアさんたち帰っちまったじゃねえか」
ザガクリフが不満そうな声で事実を述べる。
居たら居たで緊張するくせに何が不満なんだお前は。
「そうだな。なんか楽しそうだったが」
理由はわからんが。
そういや過去もこいつらと呑むときは、いやな顔せずにお酌とかに回ってくれるし自分から話を振ったりもしなくなってたよな、そういえば。
……俺に友達が少ないことに気を遣ってくれているんだろうか。
「支配人……顔は笑っていたが、じつは怒ってるんじゃないだろうか、ルナマリアさん、リスティアさん、ローラさん」
いつもの調子に戻ったカシムラーダが、その厳つい顔と体に似合わずおどおどと心配している。
実はうちの『五枚花弁』たちを本気で好きなのはちびリヴィスだけで、ザガクリフとカシムラーダは苦手なんじゃあるまいな。
「いや、あいつらそういう腹芸あんまりしないぞ?」
嬉しけりゃ笑ってるし、腹立てりゃぶんむくれてるし、単純なもんだ。
偶に嬉しさが極まって泣いたり、怒り心頭に発して笑うから慌てるけどな。
他人様が聞けばなんでそんなことで、という他愛もないことがほとんどなんだが、あいつらにとっちゃ大事なことなのだろう。
状況次第じゃ別嬪の笑顔が怖いってのは、ルナマリア、リスティア嬢、ローラ嬢に教えてもらったようなものだ。
……所有者は無表情の時が一番怖いな。
「天下の『五枚花弁』に対してんなことほざけるのは、世界広しといえども支配人ぐらいだろうよ」
いや確かに百戦錬磨というにも生温い高級娼婦様たちではあるけどな。
俺の前でだけは、そういう部分は……
「お前らも何度か一緒に呑んだだろうが!」
自然とした自分の想い上がりのような考えに、思わず赤面しそうになる。
自分に嘘は付けないし、そう考えた時俺は間違いなく優越感も感じていた。
それを誤魔化そうとして勢い大きな声が出る。
「俺らがいると思いっきりスイッチ切り替わってんじゃねえか、ルナマリアさんたち! さっきだって俺らが声かける前と後じゃ全然違うだろうが」
ザガクリフに怒鳴り返される。
この野郎冷静に見てるんじゃねえよ。
くそう反論の余地がない。
なんでこんなむくつけき野郎どもとの会話で赤面なんてせにゃならんのだ。
「まあいいやこの朴念仁に何言ったって無駄だ。つかただでさえ苦痛な任務なのに、綺麗どころを鑑賞するご褒美もなくなっちまったじゃえかよ」
「自業自得って言葉を知らねえのか?」
俺も他人のことを言えたもんじゃないけどな。
なんだサガクリフ、話すと緊張してかむくせに見ている分にはご褒美なのか?
生臭いところまで踏み込みたくないって気持ちはわからんでもないが、恋する純情中年なのかお前。
「で? 支配人一人でうろうろすんのか? まさかセリス島まで来て嬢のスカウトとかするつもりじゃねえよな?」
「王都でもしとらんわ、そんなこたぁ」
おかげさまで胡蝶の夢は嬢の方から面接に来てくれるんでな。
それに望んでもいない素人の御嬢さんを、俺が自分からこの商売に引き入れることは絶対にしない。
俺が直接声かけたなんて知られたら、いろいろと恐ろしいことになりかねんしな。
「……とりあえずそこらで適当に呑むか?」
馬鹿話を続けてもしょうがないので、とりあえず提案をしてみる。
こいつらと呑むのは俺にとって愉しい時間であることは間違いないしな。
絶対に口にはしないが。
「遠慮しとくよ、さっさと宿に戻ってご機嫌取りしてくれ。俺らもはれて任務完了になるしよ」
「まあそうだわな」
こいつらにしてみりゃ任務完了してもプライベートの時間てわけじゃないんだろうし。
護衛対象(笑)と一緒に吞むなんてな、冒険者としちゃご法度ってわけだ。
ガルザム老が恐ろしいってのももちろんあるんだろうが、こういうところはきっちりしてやがるというか、正直に言えばこいつらの本質からは軍人の匂いがする。
「しっかし……」
あらためてまじまじといつにない格好をしている三人を眺める。
正装って程でもないが、きちんと仕立てられたスーツっぽい衣装に身を包んで髪も整え、いつもの無精髭なんかもきちんと剃っていると本気で結構見れたものだ。
「なんだよ」
「お前らもそういう格好してると、結構見れたもんになるな」
嫌みではなく正直なところを伝える。
いつもの格好からは想像もつかなかったが、こっちの方が本来の姿だといわれても納得できるくらいには様になってやがる。
「胡蝶の夢で働いてる支配人も似たようなもんだよ」
「ありゃ仕事着だからなあ、様にならなきゃ話にならん」
おっと。
正直なところではあるがにやにやしながら伝えたら、きっちり反撃をいただいた。
なるほどね、似合う似合わないじゃなく仕事の必要に応じて身につけるものはそれなりに様になるってことですか。
きっちりプロではあるんだな。
不本意な任務ではあるんだろうが。
「俺らも迷宮潜ってるときの装備ならもうちっと馴染んでんだけどサ。こういう格好は慣れないわ」
リヴィスの言葉はもっともだろう。
文字通り自分の命を預ける、相方ともいえる自分の装備が一番しっくりくるってのはよくわかる話だ。
そういえばまだ見たことはないが、一度本気装備のこいつらの姿も拝ませてほしいものだ。
装備を見れば、どの程度の実力かってのは大体わかるものだしな。
「で、お前さんたちも潜るのか? 発見された深層」
ここにいるということはそうなんだろう。
ガルザム老自らが俺たちの護衛を指示したり、俺との会話の中でもじじい呼ばわりしているあたりからこいつらの実力はやはりそれなりのものと考えていい。
「庶民に『五枚花弁』買えるかバカヤロー」などと言ってやがったが、こいつらの本当の稼ぎであれば可能なんじゃないかとも思っている。
どうあれ『庶民日』なんて作るつもりは毛頭ないんだが。
俺と親しいからと言って優遇されるほど冒険者ギルドっていう組織は甘くない。
そういう要素があるにしたって、まずは実力があってこそのものだ。
その順序が逆になることはない。
そもそもギルドマスターがそんな甘いお人ではないしな。
「それがお仕事なもんでね」
しれっと認めやがった。
高難易度迷宮とされているセリス島迷宮の今までの最深部だって、B級パーティーには手に負えないとされていたのだ。
発見された深層に潜れるとなれば、つまりこいつらA級以上なんだな。
うちで花弁付き買うなんて余裕じゃねえかこのやろう。
なんに遠慮して買わないのかは知らないが。
「……そこらの迷宮の最深部と同じに考えんなよ。冒険者ギルドの手練れたちにさえ発見できなくされていた意味ってのをちゃんとわかってるか?」
だがどれだけ実力があっても深層は別ものだ。
ガルザム老やライファル老師でも深く潜れば十分にやばい。
うちの弟娣子とパーティー組んでて何とか安全ってとこだろう。
俺はそこを知ってる。
まあ所有者は歯牙にもかけちゃいなかったが、深層の最奥部は普通の冒険者が生きて戻れる場所じゃないことだけは確かだ。
「何やら物知り顔だな、支配人?」
冒険者ですらない俺の余計な一言に、リーダーであるザガクリフが肩眉を上げて反応する。
そりゃそうか。
自分の責任で潜ろうって冒険者に、そこに命を懸けていない者が知識だけでわかった風にものをいうのは間違ってる。
柄にもなく要らん心配してしまったか。
一応知識としてだけ覚えといてくれればありがたい。
「俺にしてみりゃ、お前らがしれっとセリス島迷宮の最深部以上に潜ることが可能って時点で驚いてんだけどな」
自分たちの領分には踏み込むな、だけでそれ以上のことは聞いてこなかったのは助かった。
だが、こっちはこっちで今日確定した事実は指摘しておく。
よくも今まで『しがない冒険者』で通してきやがったな。
「お互い要らん詮索はやめとくか」
「そうだな」
肩をすくめて苦笑いするザガクリフにのっておく。
何がどうあれこいつらと呑むのは俺にとっては楽しいんだ。
正体がどうあれ、そこは変わらない。
そういう付き合い方は誰かさんたちのおかげで結構得意だしな。
「……死んでくれるなよ」
だからここは素直に言っておく。
『今日こそ呑め』の女将――元クーラ嬢の言う通り、一番じゃなくたって大事なものってのは結構あるもんだ。
そしてこれも女将の言う通り、大事なもんはできるだけ大事にしたいもんだしな。
「支配人にそう言わせた時点で、俺たちがそういう目的だったとしたら大成功だな」
俺の言葉に、ちょっと驚いたような顔でザガクリフが言葉を返す。
なんだよそんなに以外かよ、カシムラーダもリヴィスもハトが豆鉄砲くらったような顔してるんじゃねえよ。
礼のつもりじゃあるまいが、結構踏み込んだことも言いやがって。
「ぬかせ。一人酒はせっかくの酒が不味くなんだよ」
「へいへい、せいぜい気をつけますよ。接客モードたあいえ、ロハで『五枚花弁』三人と呑める立場は失いたくないんでね」
「そんときゃ素で緊張してんじゃねえか、お前」
「う、うるせえ」
今もおそらくは素で慌てるザガクリフは、本来生真面目な性格なのかもしれないな。
プロってやつが必要に応じてどんな風にも振舞えるってのは、うちの嬢たちを見ていりゃよくわかる。
それは別にだましてるってわけじゃないもんな。
己にとっての最優先事項に従って、必要な仕事をしているってだけだ。
そこにいいも悪いもない。
そしてその上で気が合うってんなら、そこからはお互いの問題だ。
お互いの立場がどうあれ、楽しく呑める間はまあまた呑もうや、ザガクリフ、カシムラーダ、リヴィス。
そのためにも、さっきも言ったとおり深層なんかに無理な挑戦しておっ死んではくれるな。
ひらひらと三人に手を振って、俺もルナマリア、リスティア嬢、ローラ嬢の待つ宿へと足を向ける。
いい宿だからいい酒も揃っっちゃいるんだろうが、ここは俺が見繕って『お土産』として持って帰った方が無難なんだろうな。
『お土産』のルビが『貢物』になってなきゃいいが。
荒ぶる神を鎮めるにはいい酒供えるのが一番なんだろうし、まあいいか。
そう思って適当な酒場でいい酒を見繕っていると、海側で騒ぎが起こる。
――なんだ?
酒選びを中断して店から通りに出ると、夜にあふれた人々がみんな水平線の方を見ている。
指をさして大騒ぎをしている連中も少なくない。
下手をすれば昼間の大魔法暴走よりも騒ぎが大きくなりかねないほどだ。
そりゃあな。
水平線上に、巨大な竜――俺に言わせれば西洋風ではなく東洋風――の長くうねった巨躯が現れたら誰だって騒ぐわな。
あれは八大竜王とはまた違った竜種の王。
人語も解する高位魔獣の一体。
本気で襲い掛かられれば、セリス島は半日で壊滅するほどの存在だ。
ああ、今はガルザム老がいるから何とかなるかもしれないが。
「支配人! あれはおるということは……」
「緊急事態です支配人。すぐに胡蝶の夢に帰りましょう、そうしましょう!」
「……無駄だと思うな~」
いやあのな。
俺がどこにいるのかをどうやって把握しているのかは後で問い質すとして、そういう格好で走ってくるんじゃありません。
要らん注目を集めまくってるじゃないか、水平線上に竜が現れているにもかかわらず。
「アンタたちゃ、あいかわらずだねえ」
合流した俺たちの背後から、聞きなれた、しかし今は一年に一度くらいしか聞かなくなった声がする。
水平線上におとなしく浮かんでいる竜――円環竜オスティナトロンド――はある人物の盟友にして騎竜なのである。
おかげで俺は慌てなかったし、ルナマリア、リスティア嬢、ローラ嬢はセリス島のみなさんよりも慌てることになったわけだが。
「……ご無沙汰しております、いつも突然ですね。――所有者」
次話 所有者
3/26(日)投稿予定です。
しばらくは毎週日曜日、週一更新をする予定です。
第伍章は次話で終わり、所有者が登場します。
閑話では各登場人物と所有者の関係を書く予定です。
その前に『胡蝶の夢』出の嬢たちのお話、『幸福な結末』を最初の閑話として投稿します。
投稿期間がしばらく空いてしまいましたが、お見捨てなくお付き合いいただければ嬉しいです。




