放課後は猫を連れて
放課後、俺は湊に連れられて街を歩いている。
目的地も知らされずに。
「どこに向かってるんだ?」
「着けばわかる。知りたかったら、さっさとついてこい」
雑な説明でついていく俺も大概だが、それしか伝えない湊もどうかと思う。
学校を出て電車まで乗って、一体どこに連れて行くつもりなんだろうか?
「そろそろ着くみゃ。もう少しだから頑張るみゃ」
そう答えるミーシャさんは、俺が抱えている。
俺も「咎人」になったのだから、ミーシャさんに触れられるのには納得だけど、何で湊は自分の「罪の象徴」を俺に押し付けてんだよ。仲悪いのか?
でも、なかなかの手触り……フワフワとした毛並みに顔を埋めて深呼吸がしたくなる衝動に駆られそうだ。
それに比べて俺の「罪の象徴」といえば、「断罪人」との戦いが終わった後から一向に出てこようとしない。
(おーい、起きてるか?)
(……)
心の中で呼び掛けてみるものの、全く声は返ってこない。
仕方ない。今は生身の体で、喋ってくれるやつと話すしかないな。
「そういえば湊さぁ、お前いつから『咎人』になってるんだ? 戦い方とか様になってたし、結構ベテランだろ?」
「……そうでも無い。半年くらいだ」
半年前というと、年末ごろか。
そんな時期なんてどうだって良いが、俺が何も知らずにのほほんと高校生活を送っていた間に、湊は命をかけて「断罪人」と戦っていたのだ。
「そうか……過酷だな」
力を持たない人々は何も知る事はできない。
電車に乗るサラリーマンも、無邪気に走り回る子供達も、街を守る警察官も、昨日までの俺も。
何気ない日々を過ごしているすぐ隣で、人が命懸けで戦い、その命が失われているかもしれないという事を、誰も知る事はない。
「……痛いみゃ」
「ご、ごめん、ミーシャさん! 無意識だった」
湊の話を聞いているうちに、思わず彼女を抱く力が強くなっていたようだ。
代わりに優しく撫でておいた。
湊には俺から話しかけたのだが、彼と話していると自分が今まで何も見えていなかった事を思い知らされる。
今日まで魂を見る事ができなかった以上、仕方ないと言えば仕方ないのだが、この世界を知ってしまった今では、どうしようもなく無力感を感じてしまう。
「そんなに考え込む必要は無いみゃ。『咎人』は確かに一般人とは全く異なる力があるみゃ。だから、相互理解は難しいとミーシャは思うのみゃ。ミッチもこの力に目覚めた時は誰にも相談できなくて一人きりだったみゃ」
前を行く湊を見ながらミーシャさんは言う。
彼女は湊を一番近いところで見守ってきた理解者である。
俺が考えている以上に湊とミーシャさんの絆は深いのだろう。
「それなら、『咎人』同士がお互いの気持ちをわかってあげれば良いのみゃ。ミッチの事はアーちゃんが、アーちゃんの事はミッチが。それに、ミーシャやアーちゃんの『罪の象徴』だって頼ってくれてもいいのみゃ」
俺の腕の中でミーシャさんが慰めてくれた。
猫に慰められるなんて人生初の体験だよ。
「……そうだよな。つーか、アーちゃんって俺のこと?」
ミーシャさんはコクリと頷き、尻尾で俺を指す。
「まぁ『咎人』といえば湊と俺と、あと幹坂先生もいるしな。案外他の『咎人』も身近にいたりするんじゃないか?」
「アーちゃんはなかなか鋭いみゃ……。そうだ、目的地はここみゃ」
湊が目の前で立ち止まる。
車通りの多い国道沿いの大きなビルが立ち並ぶ中で。
俺達の通う繋碌北高校の周りには住宅街やアパートなどがたくさんあるが、こんなビル群は無い。
俺もたまに遊びに来る時しか訪れない場所ではあるが、流石に電車で何駅か移動すれば街の様子も変わるというものだ。
「ミッチ、時間は大丈夫みゃ?」
「この時間ならあの人達も集まってるだろ。先に連絡も入れてあるし、最悪所長さえいればいい」
やはり俺には説明がされず、先に湊がビルに入っていく。
「ほらほら、アーちゃんもついていくみゃ」
「いや、知らないビルには入っていくなっていうのが俺の信条で……」
「つべこべ言わずに従うみゃ」
「わ、わかったって……」
ビルに入るのを渋る俺を急かすミーシャさんは、未だに俺の腕でくつろいでいる。
猫一匹分の重量を学校からずっと抱えて疲れてきたが、目的地についたそうだしあと少しの辛抱だ。
……やっぱり、まだ抱えてたいかも。フワフワだし。
腕に当たる柔らかい感触を確かめながら、階段を登る。
階段を登るというのは、平らな地面を歩くより揺れるため、俺の胸にミーシャさんの体がポンポン当たる。柔らかい。気持ちいい。これだから猫はたまらないぜ。
おっと、ミーシャさんに気を取られている間に湊とずいぶん差が開いてしまった。
「お前、階段登るの遅すぎないか?」
「なら少しくらい待ってくれよ。俺はお前が世話しなきゃいけない小動物抱えてこんなところまで登ってんだからさぁ……。で、ここが目的地か?」
湊が待っていたのは、磨りガラスのドアの前だ。
そのドアのちょうど目線の高さくらいの位置に、文字の書かれたシートが貼られていた。
「なになに……渡瀬探偵事務所……探偵事務所!?」
保健室の次は探偵事務所か……。
なかなかハードな一日だぜ。




