罪の象徴
あっ、ダメだ。俺、死んだわ。
固く目を瞑ったままで、俺は覚悟を決めてその最期を——ん?
体が全く痛くない。それどころか衝撃も感じない。
俺はゆっくりと、瞼を開けて体を見た。
「おっ! 怪我してないじゃん! なぁ湊、先生! 今、俺どうなった?」
2人のいる後ろに振り返ると、そこには白目を剥いた俺が……。
「——っ!! うわぁ!!」
俺は、思わず腰が抜けて座り込んだ。
さっき湊がしたようになるとはわかっていても、流石に自分の体が目の前にあると、混乱するのは許してほしい。
だって初めてなんだから。
「って事は……」
改めて体を見てみると、湊とは微妙に違う黒い服に、手足には切れた鎖がついていた。
「なんか変な感じだよな」
俺が手首の鎖をプラプラさせていると、
「おい。何ぼけっとしてんだ。まさか忘れてるわけじゃあないだろうな」
後ろから、腹に響くような低い声が聞こえてきた。
振り向くとそこには、「断罪人」の剣を止めている巨大な龍が俺を睨みつけてきていた 。
「うわっ! 『断罪人』が増えた……」
「誰が『断罪人』だ! ったく、儂の『咎人』はこんなポンコツなのか?」
「うるせぇ!」
出会ったそばから酷いやつだ。はじめましての状態でポンコツとはなんだ!
おっと、そんなの考えてる場合じゃない。
「なぁ。あんた俺の『罪の象徴』なんだろ? 助けてくれたりしないのか?」
「助ける助けない以前に、テメェ武器持ってねぇじゃねぇか」
ん? 武器はどこだ?
俺は体をペタペタと弄ってみたが、服と鎖しか手に触れない。
「無いんだけど! どうなってんの!?」
「儂に聞くんじゃない! 気合いでなんとかしろ!」
「そんな無茶苦茶な……」
助けを求めて湊の方を振り向くが、呆れた表情をしている。
どうやら助けてはくれなさそうだ。
「やるしかないのか……」
幸い「断罪人」は龍が食い止めてくれている。あとは俺が武器を出すだけだ。
「頼む……。出てくれ!」
俺は目をつぶって、全神経を集中させた。
すると不思議なほどに心が澄み渡り、穏やかな感情が胸を満たした。
俺は今までこんな体験をしたことはない。きっと、肉体から解き放たれて魂のみの存在となったからこそ辿り着ける場所だと思う。
目をつぶっているはずなのに、何かが見える。
赤い炎だろうか? ゆらゆらと揺れている。
その光を掴むように、俺は鎖で縛られた腕を伸ばした。
ずっしりと感じる重さが手の中にある。
この目をつぶっている数十秒は、俺の人生の中で一番長く、そして意味のある時間になっただろう。
俺はそう確信して、目を開けた。
「おっ。すげぇ」
俺が持っていたのは、ゲームやアニメで出てきそうな大きさ1メートルはあるサイズの銃剣だった。
でも……。
「これ、どうやって使うの?」
平和な日本で暮らす俺が、ファンタジーの銃剣をすぐに扱えるはずがない。
振り回して、ちょこちょこ撃つくらいでしょうか。
「まぁ、やってみますか」
「儂の『咎人』ならば、この程度の『断罪人』ごときさっさと始末してこい」
龍はそう言うと、「断罪人」を外へ弾き出した。
それに続いて俺も湊が開けた壁の穴から出る。
戦闘準備は完了だ。でも、心の隅に恐怖心がへばりついて離れない。
相手は俺の何倍も大きい怪物だし、湊達は手伝ってくれないし、武器はよくわからない銃剣だし。
でも、絶対に負けたくはない。
勝てなくても、負けなければ次はある。そう信じたい。そう信じて生きていたい。
だから俺は——
「ありたい俺の理想を信じる!」
思い切り一歩踏み込む。すると、生身の体では考えられないようなスピードにどんどん加速して、そのまま「断罪人」の横を通り抜ける。
横を通るとき、俺は渾身の力を込めて銃剣を振るった。斬りつけられた「断罪人」の足に黒い傷が走る。
その傷口から漏れ出すのは血ではなく、黒いもや。
そのもやは、しばらく傷口付近に留まったあと、空中へ霧散した。
「もう一回!」
俺は二度、三度、四度と何度も「断罪人」を斬り続けた。しかし倒れる気配が全くない。
顔がないので叫び声を上げないし、表情もわからない。
「まだ終わらないのか……」
流石に俺も疲れてきて、攻撃の手を一瞬止めた。
その時だった。「断罪人」が反撃してきたのは。
俺は、「断罪人」に蹴り飛ばされてフェンスに激突した。ぶつかったフェンスは大きく湾曲し、その衝撃の大きさを物語る。
「がはっ!! い、痛え……」
手の甲で口を拭うと、付いていたのは真っ赤な血。どうやら、「咎人」と「断罪人」ではダメージの受け方が違うらしい。
「で……でも、よかった……。『断罪人』と同じだったら、精神的に耐えれる気がしねぇよ」
そんなことを思っている間にも、「断罪人」はどんどん近づいてきている。
「どうすれば勝てる? 何か秘策はないのか?」
歯を食いしばり、周りを見回すが決め手となるものは何もない。
今俺が使えるのは、この銃剣だけ……。
「ん? ちょっと待てよ……」
最初とは何かが違うという違和感。
初めになかったものが増えている。
「こんなところ光ってたか?」
勝利の糸口は見落としがちになる。今だって、必死で探さなければ刀身部位の根元の光は見つからなかった。
俺はこの光が勝利を呼ぶと信じ、銃口を向けた。
もし、この賭けを外せば俺は死ぬかもしれない。
近づいてくる「断罪人」を前に、俺はそんな事を考えていた。
銃剣に灯る光は、初めからあったわけじゃない。おそらく戦っている間に光り始めたもので、今からも増えるはずだ。
だから、この光は銃剣に溜まったエネルギーを示しているんだと信じたい。
問題は、「断罪人」を倒すためのエネルギーがそれで足りるかだ。あれだけ斬りつけても死なない怪物なんだから。
「やるしかないよな。これしか手はないし」
確実に当てるため、俺は辛抱強く待った。
怖くて、距離が離れている内に早く撃ちたい気持ちが勝ちそうになったが、外してしまえば元も子もない。
震える指を気合いで抑えつけ、敵を引きつける。
50m。まだまだ遠い。
10m。まだだ。まだ待て。
5m——
「今だ!」
俺は、トリガーを引いた。
激しい反動で吹き飛ばされそうになるのを、なんとか歯を食いしばって耐える。
爆音と共に銃口から飛び出したのは、俺が今までに見たことのないほど鮮やかな紅に輝く光の線。
その光線は、振り下ろされようとする大剣の下を通り過ぎ、「断罪人」の胸を貫いた。
黒い煙が「断罪人」の胸から吹き出る。その中に確かに見えたのは、妙に白い結晶体。その結晶も、銃剣のエネルギーには耐えられず、砕け散った。
それが合図であったかのように、「断罪人」は倒れ、その体は塵となって消えた。
「はぁ、はぁ……。や、やったのか?」
「終わったぞ。初めてでもたついていたが、よくやった」
気がつけば湊、幹坂先生、それに俺の「罪の象徴」の龍がすぐ近くまで来ていた。
「なんだよ。手伝ってくれてもよかっただろ?」
「それじゃあ、あなたの為にならないわ。今日の『断罪人』はまだまだ序の口にあたるレベルだから」
嘘でしょ。あれでもかなり強かったですけど。
「まぁ、第一段階はクリアだな。とりあえず今日は所長のところに行って……」
「お、おい。ちょっと待ってくれよ、湊。第一段階ってどういう事だよ。まだ戦わないといけないのか?」
「いいからそのあたりは後で話すから……。お前さ、今から予定なんかないよな?」
「ないけど……」
母さんはいつも通り夜まで仕事だし、凛音には遅くなると連絡を入れておけば良いだろう。
「ついて来て欲しいところがある」
俺の一日はまだ終わらないようだ。




