18 - 絆をもって
誤字・脱字・文法の誤りがあったらごめんなさい。
漆黒の巨人が大きく腕を振りかぶると、勢いよくそれを叩きつけてきた。
「――【時巡・東天五式】!」
5倍速で加速を掛けると、先輩を引きずって一気に駆け出した。
ことここにいたって、魔力の節約なんてのは出来ない。
ペース配分を無視して、一気に展望台を走りぬけた。
次の瞬間、鈍くも重い音が響き展望台が瓦礫へと変わり果てた。
「先輩、走れますね?」
「無論だとも」
声に震えがあるが、むしろ超常現象とは縁のない一般人からしてみれば立派だ。
「俺はここで足止めします。先輩はこのまま麓まで」
「……奏夜は?」
「足止めします」
「…………。……いいんだな?」
映画とかにありがちな無駄なやり取りは無しだ。
先輩は短く、最後の確認を取る。
それに。
「はい」
俺もまた短く答えた。
ともすれば行動は早かった。
俺の手から迸った火球が泥の巨人――ダイダラボッチの顔面で爆発する。
そこに視覚があるのかは分からないが、もしこの化け物の核ともいえるべきモノがあの少年であれは、気を引くぐらいは可能だ。
そして、再度火球を放つ。
今度は一発ではなく、何発も。
意識の端では先輩がここを走り去っていくのを捕らえる。
そしてそのまま。
強く、強く《浄眼》で巨人を睨み付けた。
何度も連続して咲く火の華を尻目に俺の眼は冷静にその存在を解析していく。
かつての廃村と違い、目の前に本体があるだけにその存在が浮き彫りになっていく。
根底にある物は憎悪、呪詛、憤怒。ありとあらゆる負の感情だ。
次いでその体を構成しているもの――泥のような物――が分かってくる。これは物質化した魔力だ。
泥という形に成ったのは、魔力を物質化させた意思のありよう故になのだろう。
ダンッ。
強く大地を蹴ると、そのまま宙返りを行うかのようにしてその場から離れる。
魔力による肉体活性化の術は修得していない。
瞳術【時巡】の固有時加速で強引に体を動かしているのだ。
くそっと無意識に舌打ちが漏れた。
こんな事になるなら、家にいるときに投げ出さずに肉体活性化の術を修得しておくのだった、と。
まぁ、後悔は先に立たない。
深い言葉だ。良くも、悪くも、だが。
そんな、なんともいえない後悔を他所に。
ドゴォンッ。
轟音を立てて、つい先ほどまで立っていた大地が大きく抉られた。
――こいつはまた……。
思わず顔を顰める。
最初はこのまま倒せないものかと考えていたのだが、僅かも立たないうちにそれが厳しい事を理解した。
つい先ほど、《浄眼》がこのダイダラボッチの構成を読みきった。
だが、それは俺に僅かな絶望をもたらすには十分なものだった。
いや、此処にくる前に先輩から受け取った資料。
その情報から幾つかを予測していた。
そしてその内の最悪な事態にぶち当たっていたのだ。
そう。最も考えたくなかった事態。
「チッ」
滅多に漏れない舌打ちが漏れる。
得ていた情報は「旧展望台のある場所は地脈の基点の上」というもの。
そして予想は、もしそこが少年――呪いの主――の拠点だとするなら、地脈を乗っ取りそこに根付いている可能性があるというもの。
結果は。
「土行をもって陰陽五行の理を示す! ――【黒石疾駆】」
大地から鉱物を中心に構成した弾丸を打ち出す中位の術。
それを受けダイダラボッチの指が吹き飛ぶ。
しかし、指が生えるかのようにしてすぐさま欠損が修復されたのだ。
もしこの世界に無限の再生能力というモノが存在するならまさにこれだろう。
「――ぐッ」
思わず呻くが現実は変わらない。
俺が予想した最悪。そしてその的中。
どうやら呪いの主は地脈と繋がることで、そこから無尽蔵に力を得ているようだった。
最悪中の最悪。
最も避けたい形が目の前にある。
だが、だとしたら取れる策はそう多くはない。
というか、このまま全力で逃げるのがベストないしベターだろう。
だが。
オオオオオオオオオッ!!
天に響けよとばかりの咆哮と共にダイダラボッチの腕が一際大きく薙ぐと、強大な一撃が大地を穿った。
地形が変わる、というのを俺は始めて目にした。
「がっ、はぁ、はぁ……」
荒い息を吐く。頭の芯に痺れるような感覚がある。
だが、辛うじて巨大な一撃を回避したのだ。
――【時巡・東天十式】。
時巡による固有時加速の最高速は十倍速。
これは俺の魔力量と発動時の魔力消費量の兼ね合いから計算された限界だ。
一瞬の発動だけでも、かなりの魔力を持っていく切り札の一つ。
だが、地形を変えてしまうほどの強大で広大な一撃を交わす術は、それ以外持ち合わせていなかった。
はぁ、はぁ。
荒い息を整えながらも身を隠す。
不幸中の幸いか、あの巨大な一撃の余波は、一瞬だけダイダラボッチの感覚から俺の存在を失わされるのに足りたらしい。
回避をしながら、隠行結界で身を隠す。
刹那の賭けは、俺に軍配が上がったらしい。
はぁ、はぁ……。
荒い息が納まらない。それほどまでに瀬戸際だったのだ。
出来るならこのまま遁走してしまいたいのだが、俺の魔力量の限界がそれを許してくれそうにない。
目を閉じて体内に意識を伸ばす。
残存魔力は3割弱。
最初の結界の連続発動と先ほどの【時巡】最大加速が大きく響いている。
――きつい。
思わず何ともなしに呟いてしまう。
だが、ダイダラボッチは俺の予想を遥かに上回る手段を講じてきた。
ザバァンッ。
まるで巨大な津波が波止場にぶつかるような音が響いた。
何事かと目を開けるが、遅かった。
「ぐぁっ!」
いきなり汚泥が俺の体を包み込んだのだ。
ダイダラボッチがその体を構成している汚泥の枷を解き、巨大な泥の津波へと変じたのだ。
だが、それを理解する前に俺の体は漆黒の泥に飲み込まれた。
□□□□□□
――にくい。
最初に感じたのはそんな声だった。
次いで。
――憎い。
と、脳裏に直接訴えられるかのような声が響いた。
だが、それだけで終わらない。
俺の脳裏、そしてイメージの中に次々と映し出される光景。
陰口を叩かれる。教科書を隠される。少ないお小遣いを取られる。気持ち悪いと殴られる。ゴミ箱に捨ててある運動着。実験と称してライターで炙られる指。彫刻等で机に彫られた「死ね」という文字。自殺の練習と称して階段から突き落とされる。強要されるお貸しの万引き。遊びと称して剥がされる爪。貰ったと勝手に持ってかれるゲーム機とゲームソフト。臨時収入といって持っていかれた貯金箱。お掃除と言って滅茶苦茶にされた洋服や家の机。気付けば女子の下着を持っていかれたと訴えられた。押し倒されたと鳴きながら訴えてくる女子共。汚い、菌がうつるといってこれ見よがしに行われる行為。教員のおざなりな注意と上辺だけの反省面をする同級生。やまない行為の数々。影で笑う級友。
――憎い。
黒い何かが俺の中に入ってくる。
憎い、とただそれだけを叫びながら。
笑いながら行われる行為の数々。そして反省もせずに笑いながらそれを見るクラスメイト達。その顔が一人、また一人と映し出されては心に焼きつくように見せられる。
殺してやる、と地獄の底から響くような声で訴えられる。
――俺が消エル。
俺という自我が、存在がまるで塗りつぶされるかのように。
僅かに、ほんの僅かに残っている俺という部分が警鐘を鳴らしている。
このままで、喰われる、と。
だが、そんな警鐘すらも渦巻く憎悪が塗りつぶしていく。
恐怖在れ、苦痛在れ、絶望在れ。
ボクという存在の全てを呪詛へと変えてお前らに返してやる。
――誰かのコエが俺の中でナンドモナンドモ繰り返される。
この身に刻まれた絶望を、この心に刻まれた憎悪を。
その全てを刃と化してお前らに突き立ててやる!
お前らの家族、恋人、親兄弟、そして子々孫々に至るまでボクの呪いを掛けてやる!
――コレハ誰ダ? オレはダレダ? オレ? オレトハナン、ダ?
死ね。
死ね死ね。
死ね死ね死ね。
死ね死ね死ね死ね死ね死ね。
死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ねシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネ…………………………………………………………。
……。
――アア、※※トイウ、ソンザイ、ガ、キエ、ル……。
……。
……。
……。
……。
……。
……。
――奏夜、そんなモノに呑まれないで。どうか目を開けてください。
声が聞こえた。
変化は一瞬だった。
魂にこびり付いた汚泥を洗い流すかのように、俺というソンザイの中で黄金の炎が燃え上がったのだ。
――っっ!!
俺が俺という存在を、自我を、意思を、精神を、魂を、その全てを認識。
まるで別人になったかのように、思考が正常な稼動を再開する。
……やばかった。
思わず氷で体を貫かれたかのような感覚で震える。
恐らく今までの人生の中で一番やばかった。
ただ死ぬときの恐怖とはまた違う。己が融けてきていく感覚。
死すらも分からない闇の中、俺とは違う誰かが俺を上書きしていく感覚。
心の底から味わう、正真正銘の恐怖。
だが、再び俺を取り込もうと身を包んでいる汚泥から冷たいものが伝わってくる。
同時に。
――奏夜、このようなものに負けないで。
と、俺の中から俺を優しく抱きしめるような感覚が広がる。
俺を融かそうという汚泥――魔力――とも違う。
純粋に俺を励まそうとする温かい声。守ろうと抱く腕の感触。
今一度己を認識する。
そう。気付けば簡単だった。
此処は汚染された魔力が支配する一種の異界ともいえる場所。
物質も精神も全てが存在する混沌。
そこで俺は黄金の髪をした美女に抱かれていた。
まるで上質の黄金を融かしたかのような黄金色の髪、そして満月を映したかのような淡い金の瞳。そして緋袴に背の開いた白衣。
背中から生えた翼は俺を包むかのように回されている。
カルラ!?
そう。
俺に憑坐している天の女神だった。
ようやく気付いてくれました、と女神は小さく微笑んだ。
カルラはそって己の両の掌を俺の胸へと当てる。
大丈夫。貴方はこんなものにやられるような人じゃない。
だがカルラ、俺の魔力はもう僅かだ。此処を出られるような術はもう……。それに今だって、こうして泥の中で自我を保って至れる事が奇跡だ。
今の俺には無理だ。
己を融かされそうになった恐怖が、そして力の及ばぬ現実が、俺を震わせる。
しかし、カルラは微笑んだ。
大丈夫、貴方は知っているはず。
な、何を?
さあ、名前を呼んで。奏夜はもう分かっているはず。だって、それは貴方の中に既にあるもの。
俺の記憶に黄金の炎が輝く。
今の私には無理だけど、奏夜が呼ぶならきっと大丈夫。
だから……。
……。
そうか。
そう、だな。
脳裏に輝く炎はその勢いを増す。
そうだ。俺は既に知っている。既に知っていた。
そう。奏夜は知っている。
私の力。私の権能。私の象徴を。
そうだ、俺は――。
カッと目を開く。
そして叫んだ。
契約と、そして絆を持って己に与えられた力の名を。
「――万象魔を灰燼と帰せ!」
同時に、暗い異界の中、金色の炎が俺の体から湧き上がる。
そう。それこそ天の神が持ち得る浄化の炎。神の炎。
炎は踊る。
まるで己を呼んでくれた俺に歓喜するかのように。
そして、その炎はカルラの髪と瞳、その色と同色。
叫ぶ。全てを決する為に。
「――出でよ! 【迦楼羅炎】!!」
音もなく、衝撃もなく、地上に黄金の太陽が降臨した。
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