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17 - 災禍

誤字・脱字・文法の誤りがあったらごめんなさい。

 ――ここか。


 暗い山中を歩きながら、地面を睨む。

 今俺の瞳の奥を覗き込めば碧と紫の燐光がちらついているのが見えただろう。

 しかし。

「これはビンゴ、か?」

 山道の向こう。

 崖と展望台があるであろう場所から漂ってくる、濁った魔力に目を細めた。




 先輩の依頼を正式に受けると返事をした翌日、先輩が件の少年の資料を持ってきたのだ。

 件の少年というのは自業自得少年ではない。

 行方不明となっている少年のほうだ。

 ちなみに資料は警察から持ち出してきたらしい、方法は聞かないほうがいいだろう。どうせコネを使ってうんぬんかんぬんと言うに違いない。

 ともあれ、その資料に目を通した。

 そこで、俺の第六感に引っ掛かる情報があったのだ。

 それは少年が最後に目撃された場所、である。

 最後に少年が目撃されたのは、今はもう使われていない旧山道の入り口である。

 目撃したのは登山口の近くにあるコンビニでバイトをしていた同学年の学生だ。

 ある意味で有名な彼が旧山道に入っていくのが印象的だったらしい。

 警察は当然、山道を中心に捜索を行った。

 しかし結果は、遺体も出てこなければその痕跡もなかったという。

 だが、俺はその山道奥にある物と、それがある場所を知っていよいよ違和感が拭えなくなってきたのだ。

 山道の奥にある物、それは今は使われていない旧展望台。

 旧展望台のある場所、それは地脈の基点の上。

 もしかしたら杞憂かもしれない、俺の勘違いかもしれない。

 だが……。




 濁った魔力の中、《浄眼》で辺りを見回しながら進む。

 万が一の為に、既に予備の魔力結晶を一つ噛み砕いてある。

「しかし、なんだ? この悪寒は?」

 思わずフラグになりそうな事を言ってしまい、軽く後悔しながら、足を止めない。

 本来なら清浄な山の魔力を感じてもいいのに、感じるのは悪寒だ。

 確かに今は肌寒い季節であり、上着は手放せない。

 だが、それとは別に魂そのものを凍えさせるかのような気配が山道の奥から漂ってきているのだ。

「奏夜、どうだ?」

 と、今まで黙していた人物が問うて来る。

「もしかしたら何か手がかりがあるかもしれませんね」

「そうか」

 俺の簡潔な答えに、やはり簡潔に返事したのは先輩だった。


 俺もついていく、と言ったのは俺が旧展望台に行く事を告げた時の事だ。

 正直嫌な予感というものも微かに感じたのだが、逆に先輩の観察眼や咄嗟の戦闘能力なんかも魅力的だったというのもある。

 なにせ鬼を投げ飛ばしたお方だ。

 下手をしなくても、徒手格闘戦では俺より強いだろう。

 散々悩んだ末に、危険ですけどと忠告はしてみたものの、その結果として今がある。

 まぁ、足手まといになるような人間ではないし、そっち系統の相手なら俺がすればいい。

 時計を確認して、声を掛ける。

「急ぎましょう、可能なら昼間、特に太陽が出ているうちに目的地に着きたいです」

「依存はないな。よし、ペースを上げよう」

 俺の方針に是を示すと二人で急ぐようにして、旧山道を進んだ。




 嫌な予感というのは得てして当たるものである。


 ふとそんな言葉が脳裏を過ぎる。

 もしかしたら予感という感覚は、ある種の危機感地能力の発露なのかもしれない。

 だが、そんな非科学的ともいえる思考に没していられたのはほんの僅かな間だけだった。

 震える声で、先輩に言う。

「先輩、ここでビンゴです」

「……ふむ」

 静かに俺の言葉に頷く先輩。

 霊感のない一般人ですら感じるであろう淀みきった空気。

 旧展望台、そこから覗ける崖下。

 山肌を吹き抜け、崖の下から吹き上がる風と共に瘴気と見舞うばかりの風が扇ぐ。

 肌がチリチリとするのは俺が魔力を持っている人間であるからだろう。

 魔力を持っている人間は大なり小なり他の魔力を感じる事が出来るからだ。

「奏夜、簡潔に問うが、今回の件を解決にもって行くとしたらどうすればいい?」

 何をする必要があるのか? 先輩の真っ直ぐな問いに俺も返す。

 恐らくですが、と前置きしてから言う。

「此処があの怨霊の住処だと思います。先輩が解決するとしたら、この崖下に潜んでいると思われる怨霊を退治するよう依頼を出す事です」

 ただ、恐らくかなりの高額依頼になるでしょうが、とも付け加える。

「なるほど……」

 先輩が僅かに考え込む。

 そして此方にチラリと視線を送ってきた。

 言いたい事は分かる。

 しかし。

「北条の術者を返り討ちにする相手です。俺一人だと、正直自信がないです。特に相手の正体と能力がわからない……」

 相手がどういう存在なのか、そしてどのような力を持っているのか。

 それを見極めないと、勝算なんか出しようもない。

 以前の廃村では、鬼の正体が見極められず致命傷を負ったのだ。

「……」

「……」

 僅かに視線を交えた後、再度旧展望台から崖下を覗く。


「兎に角、まずは連絡を――」


 先輩がそう言って、携帯を取り出した瞬間だった。

 唐突に。


 ニクイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイィィ、ニクィィィイイイイイイイィィッッッ!!!!


 そんな絶叫が響き、頭上の太陽が翳り始めた。




「奏夜、俺は今デジャブというものを感じていてだね……」

「デジャブですか。……デジャブ? あっ、ああ、なるほど、デジャヴュ。既視感の事ですね。……ちなみに自分もいま凄く味わっているところです」

 上辺だけの苦笑が漏れる。

 そして唐突に訪れる沈黙。

 ついで俺の口からは盛大なため息が漏れそうになった。

 前回に引き続き唐突に訪れる危機。

 いや、今回はある程度心の準備が出来ていただけマシというものなのだろう。

 なんともいえない気分のまま振り向けば、旧展望台の広場、その中央に先日見たばかりの影があった。


 影はまるで泥のように沸きあがると、やがては一つの人影となる。

 目を真紅に染めて、瘴気のような黒い靄を纏った少年。

 先日俺と一戦交えたあの少年、呪いの主だった。

 相変わらず目を真紅に染まり、その眼からは滴るように血涙が流れている。

「奏夜」

「分かっています」

 小さく応じると、先輩を庇うように前へと出る。

 位置が悪い。

 俺達は旧展望台の一番奥、数メートル先は切り立った崖だ。

 そして登ってきた山道は少年を挟んだ向こう側だ。

 余りにも位置が悪い。

 まさに袋のねずみだ。

 だが、それ以上に。

「……ッ」

 思わず呻きそうになった声を噛み殺す。

 少年の真紅の眼。敵意だけを抽出し、憎悪と憤怒だけで焼き上げたかのようなその眼。その眼はぶれずに俺の顔へと向けられていた。

 こりゃ、覚えられていたみたいだな……。

 先日の一戦。

 どうやら、厄介な相手と認識したのは俺だけじゃなかったようだった。


 印を組むと、先手を取る。

「【縛魔結界・空椿】!」

 薄く青い結界が俺を中心に広がっていく。

 縛魔結界。隠れるための隠行結界とも魔を消し去るための祓魔結界とも違う。完全に魔を拘束し、その動きを止めるためだけに特化した結界。

 バチッ、とまるで火花が飛ぶような音が響き少年の動きが止まった。

「よしッ!」

 内心で喝采を上げながらも、次なる一手を打つべく行動を始めた。




 実のところ、戦闘になる可能性というのは考えていた。

 流石にいきなりで、とは思わなかったため驚いたが、対策自体は考えていたのだ。

 今回北条の術者がやられたのは恐らくは何も考えずに【呪い返し】を行おうとして失敗したからだろう。確かに己の力量に自信があり、並みの相手であればそれもよかったのかもしれない。

 だが、一戦交えた俺の直感から言わせて貰えば、相手は並みの相手ではない。下手をすれば天災の領域に片足を突っ込んでいるだろう。

 実力的には俺よりも上。確実に上。

 だからこそ、初手で動きを封じ二手目で叩き込む。

それが出来なければ、三手目で……。

 印を素早く組みかえる。

「火行をもって陰陽五行の理を示す! ――【炎禍抱柱】」

 少年の足元から渦巻くように沸きあがった炎が柱のようにそびえ、少年をその中に閉じ込めた。

 辺りにおぞましいまでの苦悶の声が響き渡るが、無視して。

「土行をもって陰陽五行の理を示す! ――【陣石磔刑】」

 少年の四方の地面が波打ったかと思うと、まるで杭を打ち出すかのようにして石の矛が飛び出した。


 ザンッ、という鈍い音が響き渡らなかったのは相手が生身ではなかったからなのだろう。

 しかし、件の少年は結界に動きを封じられ、炎で焼かれながら石の矛で穿たれた。

 ――できれば……。

 とも思いたい。

 しかし。

 アアアアアアァァアアアアアアアアアァァアアアアアアアアアアアアアァァァッ!!

 まるで叫ぶかのようおぞましい声を上げると、炎の柱を内側から引き裂き、そして石の矛を砕き引き抜き、引き千切ろうとする。

 十二分に予想できていた事とはいえ、やはり、強い。

 だが、だからこその三手目!

 印を組み換え、事前に詠唱しておいた術を励起する。

「【封印結界・黒棺】」

 これこそ、俺の最後の一手。

 己が持てる封印術で最高のものだった。


 いまだ石の杭がささったままの少年を中心として辺り一体の空間が大きく歪む。

 そして、その歪みは間をおかずに一気に少年に向かって収縮した。

 アアアアアアアアアアアアアアアアアァァアアァァァァッッ!

 まるで収縮に逆らうかのように、内側から大きく蠢く。

 だが、それに負けないよう印をそのままに意識を集中し、術に魔力を込める。

 この術は事前に準備が必要だ。一度破られたら後はない。

 故に、少年を睨みつけるかのようにして、ひたすら術の完成に意識を注ぐ。

 やがて歪みは薄黒い膜のように変化を始めた。

 同時に、歪みの中の蠢きがいよいよ大きくなる。

 しかし、術は無慈悲にも完成に向けて動き出した。


 ――よしっ!

 内心で喝采を上げる。

 膜が壁のように変化を始め、いよいよ中心に向けて収縮を始めたのだ。

 そして、歪みの中の空間を折りたたむかのように包み込み、やがては一辺10センチ程度の小さな黒い立方体になる。

 まさしく、名の通りの黒い棺。

 だが、一度封印が成功したなら、それは強固な封印となる。

 後はこのままこの上から別の封印を重ね掛けし、俺よりも手だれの術者に任せればいい。

 ふうっ、大きく深呼吸をしながら最後の最後まで気を抜かずに、最後の締めくくりは行う。

「――結ッ!!」

 キィンッ。

 そんな硝子をこすり合わせるかのような音が鳴り、黒い棺は完全に箱となって固定された。

 ホッと、一息をついた。


 一応言っておくが、前回の廃村で痛い目を見ているため、一息をつきつつも気の緩みはなかった。

 相手は確実に己よりも格上。

 だからこそ、己の持てる手段の全てを使い尽くし、型に嵌めたつもりだ。

 運のよさ、というモノが多分にあったのは否定はしない。

 最初の縛魔結界を逃れられたなら、厳しかったからだ。

 なにせ続けて放った五行の術も、そして封印術も、相手がその場所から動かないからこそ当たった術だからだ。

 生憎と修行不足の俺は動き回る相手に設置発動型の術をぶち当てる技量はない。特に封印術にいたっては全力で抵抗する相手に掛けるのは無理だ。

 だからこそ、今回は上手く行ったと思った。

 あらためて言っておくが、俺に気の緩みはなかった。


 ただ、相手の力が予測よりも遥かに強大だった。




 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴッ!


 轟音が響き、地震が発生した。

 規模や揺れの大きさは分からないが、けして易しいものではなかった。

 俺と先輩が思わず地面に這いづくばる。

 と、いきなり揺れに合わせるかのように崖下から液体が流れるような爆音が響き、次いで急展望台の崖を登るようにしてどす黒い汚泥が湧き上がった。

「先輩!」

 思わず、先輩に飛びつくとそのまま急造で作り上げた結界で身を守る。

 汚泥からは明らかな瘴気を、呪詛の気配を感じたからだ。

 だが、だからこそ、汚泥の本当の目的を見逃してしまった。

「奏夜、あれが!!」

 先輩の叫び。

 見れば、汚泥の波が黒い箱を飲み込んだところだった。

 しまった、と盛大に叫んだのは無意識だった。

 だが、それすらも次の瞬間には掻き消された。


 ドォンッ、と一際大きな轟音が響き、吹き上がっていた汚泥が重力に逆らい宙に浮くとまるで巨大な泥球のように変化したのだ。

 変化はそれだけじゃない。

 球状となった汚泥は今一度波打つと今度こそは重力に従い大地に落ちた。

 これがただの汚泥なら、慣性と物理法則にしたがって巨大な泥の津波を広げただろう。

 だが、これは呪いで作り上げられた汚泥。

 汚泥は広がることなく再度、重力に逆らって動き出すと、巨大な五体を作り出した。


 山ほど大きな泥の巨人。


 創世記に神が人を模して創ったとされるモノとは遥かに違う。

 込められているのは壮絶なまでの憎悪と憤怒。

 動かすのは余りにも巨大すぎる悪意と呪詛。

 思わず硬直していた俺とは逆に、先輩が戦慄したかのように呟いた。



「――ダイダラボッチ」



 その瞬間、巨人が啼いた。

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