出来の悪い弟妹
「あなた達、あの男がどういう男か知ってるの?」
美里は美貴の向かいのソファにドスンと座った。
「エイミ様のパパ……ですよね?」
と美貴が言った。
「そうよ、まあ、あたしもあの男がクズ野郎って事くらいしか記憶にないけど、美貴ちゃんにもそんな事をしたのね。ほんとろくなことしないわね」
「でも、あたしもいいって言っちゃったんです」
美貴がしょんぼりとそう言い、
「あなたお金の為に全部、なくしちゃったんですって? 苦労したわね」
と美里が言った。
「でもエイミ様にここへ連れてきてもらってからは、良いことばかりです。動かないけど、手足も作ってもらいましたし、可愛いお洋服着せてもらって、毎日美味しい物を食べさせてもらって……贅沢すぎるくらいです」
美貴がえへへ、と笑った。
「そうなんだ。あの男の事、恨んでもないわけ?」
と美里が聞くと、美貴は少し考えるような顔をしたが、
「恨んでもどうにもならないですし……今は幸せだからいいかな」
と言った。
「そうなの」
美里は立ち上がり、そのまま部屋を出た。
パタンと後ろ手でドアを閉めてから、
「いいわねぇ。過去を忘れられる人は」
と呟いた。
夕食のテーブルは素晴らしく豪華だったが、そこに来た皆が互いを探り合うような目で見てから椅子に座った。
着替えを済ませたエイミは軽やかなドレスで現れ、最高にご機嫌な笑みを見せた。
「とても美味しそうでしょう? さあ、いただきましょうよ」
グラスにシャンパンやワインが注がれ、エイミの合図で乾杯をする。
美里は黙ったままスープを飲み、前菜を口に運んだ。
テーブルを挟んだ向こうでジョニーが美貴に食べさせている。
二人共、エイミに与えられた上等の服を着てご馳走を食べている。
エイミはそれを眺めながらうふふと笑っている。
美里はそうそうに食事を終えた。
「ごちそう様」
フォークを置いて口元をぬぐう。
「あらぁ、お姉様、まだメインのステーキがありますわよ? 肉が嫌なら魚に変えさせましょうか?」
「ううん、行儀悪くてごめんなさいね。でももういいわ。とっても美味しいけど、相手が悪い、食欲も失せるわ」
美里はそう言って聡を見つめた。
聡は美里の視線を受けて、
「僕が邪魔なら失礼するよ?」
と言った。
「いいえ、どうせなら私があなたを自分の手で退場させるわ」
美里の返事に聡の顔色が変わった。
美里はエイミの方を見て目を大きく見開きながら、
「エイミ、どうしてこの男を側に置いてるの? この男と親子ごっこをしたいなら、すればいい。アキラもそれに付き合えばいいわ。でも次にあたしと姉妹ごっこしたいのなら、あたしにこの男を殺させなさいよ」
と言った。
「まあ、殺すの? パパを?」
とエイミが言い、聡の顔がぎょっとなった。
美里は次にアキラを見て、
「どうしてこの男を殺さないの?」
と瞬きもせずにじっとアキラを見た。
「こんな場所にあたしを招くことがすでに不愉快だって分からないの? あんたがついていながら、この男のいる場所にあたしを招くなんて腸が煮えくりかえるわ、アキラ。この男、あんたより強いの? 」
アキラはそれには答えず、ただ肩をすくめただけだった。
「出来の悪い弟妹ね」
と美里が言い、その言葉に反応してアキラの肩が少し動き、エイミの頬がぴくっと痙攣した。
聡が立ち上がり、
「冗談だろう?」
と言った。足先はすでにドアの方を向いている。
「何故、僕が?」
両手の平をみせながら後ずさって行こうとしている聡へ、
「知らないの? あたしはクズを殺すのが好きだからよ?」
と美里が言った。
「僕はアキラとエイミの父親だぞ?!」
「それが何か? あなたがあの女との間にエイミとアキラを作って、それで何か良いことでもあった? クズがクズを産み増やしただけ。もちろんあたしもクズだし、あなたがあたしを返り討ちにしても異論はないわ。後始末はエイミがしてくれるでしょうし」
美里はそう言ってエイミを見た。
「撮らないの? かぶりつきで絶好のチャンスよ? 実父が殺されるスナッフビデオ。殺戮者は姉。高く売ればいいじゃない。さっき言ったわよね? とびっきりのクズを用意できるって。それってこの男の事でしょ?」
美里の言葉に聡の顔色が青白くなっている。
美里は先程ポケットに突っ込んだカッターナイフをまた取り出した。
「この男を殺したところで、あなたの執事さんがあたしを襲うって事もないんでしょ?」
美里はエイミの老執事を見た。
老執事は少しだけ微笑んでから小さく肯いた。
目が「問題ない」と語っている。




