殺人女王のお部屋 2
「大丈夫ですわ。お姉様のお顔を拝顔出来るようになるには、ノルマがありますから」
「ノルマ?」
「ええ、一人殺したら一箇所モザイクが取れますのよ。もしくは百万円のお布施。これくらいのノルマは何人か達成しておりますわ、ねえ。爺や」
「はい、エイミ様、美里様のお口を拝謁出来た会員千名ほどおります。百万円のお布施が八七〇名、後の一三〇名はその気がおありになればこちらで斡旋してさし上げております」
「殺させたの? 呆れた」
「お姉様へのお布施、凄いですわ、お口だけで八七〇〇〇〇〇〇〇ですわ。ちなみに次のステップですけど、お鼻部分を開けるのに人を十人殺害、もしくは一千万のお布施。片目を開くのに、百人殺すか五千万のお布施。さらに一億のお布施を出せば、お姉さま手ずから殺していただけるという特典で」
「ちょっと! 結局ビジネスじゃない! 人の顔で儲けてんじゃないわよ! ふざけんな!」
「お姉様のファンは一万人もおりますのよ? 素晴らしいわ!」
とエイミは笑顔でそう言って、胸の前で手を合わせた。
「そんな事に百万も出すって、おかしいでしょ? 一千万とかも。あり得ない」
「あらぁ、平民にとってお姉様は憧れの快楽殺人姫ですもの。お姉様にお近づきになれるなら、いくらでも出しますわ、皆さん。第一、お姉様のお口とお鼻はもう五百人は見てますのよ? お顔全体をご覧になってる会員さんもいらしゃいますわ。皆様、お金で買えないものはない方ばかりですのよ。お金も出せず、ノルマも達成できない方は、残念ですけど……月の会費一万円で、モザイク入りのお姉様の華麗なご趣味をほんの少し、ため息ついて崇めるだけですわ」
「そういうの興味ないし、迷惑なんだけど。すぐにやめて頂戴」
美里は隣に座っているアキラを睨んだ。
「あんた、こういうの知ってて、どうして止めないのよ!」
アキラは肩をすくめた。
「俺に止められるわけねえだろ。このサイコパスをよ」
「そんな事してていつか綻びがくるわよ。あんた達は安全な人脈に守られていいでしょうけど、捕まるのはあたしだけじゃないの。馬鹿馬鹿しい」
「そんな寂しい事をおっしゃらないでぇ、お姉様。アキラとエイミはいつまでもお姉様とご一緒するわぁ。それこそ、地獄の底まで。姉妹ですもの、当たり前でしょう?」
「あんた達の当たり前なんか信じられるもんですか」
美里はつんと横を向いた。
視線の先にはエイミの腰掛けるソファのすぐ横に車椅子の美貴とそれを押すジョニーが立っていた。
車椅子の等身大着せ替え人形、美貴はエイミとアキラの父親の聡の横顔を眺めている。
聡がその視線に気がつき美貴を見るが美貴はぱっと視線を外して俯いた。
聡は織田家で目にした物、耳にした事はすべて忘れる、その技だけに熟練していた。
忘れたふりをするのではなく、聡は何も関心がなかった。
誰が誰を殺そうが、どんな陰謀だろうが、どんなグロテスクな物を見ようが、聡には何の興味がなかった。
そうやっていればエイミから小遣いがもらえ、クレジットカードは使い放題、執事に一言言えば、どんな高級な場所も顔パスで利用できた。
聡はエイミの父親というだけでその権利を与えられ、それを堪能した。
「何かな?」
美里の視線を感じた聡が美里に微笑んだ。
優しげな笑みだった。
美里はこの男の事をよく覚えていた。
母親と暮らすアパートに来たのは何回か、母親はこの男にとても惚れていたらしかった。 来た日は機嫌がよく、アキラを連れて三人で食事にでも行ったのか、美里はいつも留守番。アキラは新しいおもちゃ、洋服、鞄、靴、全てを手に入れ、風呂にはいり、散髪をし、美味い物を食べて、まるで裕福な家の子供のようだった。
もちろん聡が来ない日が続けば、アキラを裸に向いてしゃぶりつくような母親だから、アキラとて幸せな子供ではなかったのは確かだった。
美里は立ち上がり、
「吐き気がする。あんたのその顔」
と言った。
聡はえ? という顔で飲みかけた紅茶のカップが口元で止まり、アキラがぷっと笑った。
美貴とジョニーはただただ黙っているだけだ。
ここで耳にし、目にした物が常識では考えられない事を知っているが、非力な彼らはただその波に乗って流れていくしかないのだから。
エイミは小首をかしげ、老執事は真顔で美里の前のパソコンを片付けた。
「もう、こんな時間じゃない。あたし、夕食の用意の買い物の途中だったんだわ。スーパーで山田に会ったばっかりに」
ドアのところで固まったように立っている山田を睨みながら、美里はそう言った。
「お姉様、すぐにお食事の用意をさせますわ」
とエイミが言った。
「えー、でも、帰らないと、オーナーが腹ぺこで待ってるんだけど。お店も閉める時間だし」
「藤堂さんには何か届けさせますわぁ。笹本さんのフレンチでも」
「帰ってお茶漬けでも食べたほうがくつろぐんだけど。よその家はゆっくり出来ないもの」
と言いつつ、美里の目は美貴を見ていた。
「まあいいわ。そんなに言うならご馳走になって帰るわ」
「どうせなら泊まっていっていただいてもいいんですのよぉ。お姉様のお部屋は準備していますの。案内しますわぁ」
と言って、エイミが立ち上がって、美里の答えを聞かずにドアの方へ歩き出したので、美里は肩をすくめてから足元のブランド物のバッグを手にした。
バッグの中身を確かめてから、エイミの後について歩き出した、




