純愛
ゴムのような皮膚はぱっくりと切り口を見せたが、特に何の液体も出ては来なかった。
少女はふりふりのレースのドレスを着ていたが、美里はそのドレスの裾をまくってみた。
「黒羽って少女を屍姦するのが好きだったんでしょ?」
「そうですわ」
「こんな小さな子を……変態ね」
「でもその子は自ら望んでそうなりましたのよ、お姉様」
「望んで?」
「ええ」
エイミは微笑むとまたソファに座った。
「この子は黒羽に命を助けられた子ですの」
「黒羽に?」
「そうですわ……この子はネグレクトの末の子供、普通なら虐待死でニュースに載ってますわね。以前、黒羽が警察官だった事は?」
「聞いたわ」
「その時に助けた子供。九死に一生を得た子供はもう黒羽しか見えませんわ。命の恩人ですもの。残る人生の中でこの子の願いは恩人の黒羽が幸せになる事。黒羽は死んだ子供しか愛せないですけど、遺体を買うにしてもすぐに腐る。愛した少女は次々と黒羽を残して消えていってしまうんですの。だからこの子は黒羽を悲しませない為に、少女のまま人形になりましたの。黒羽にとっては生まれて初めての永遠の少女人形。この子は黒羽へ恩返しが出来る上に、初恋も叶いましたのよ。ちょっとしたラブロマンスでしょう?」
エイミがうふふと笑った。
美里は手に持っている少女人形を見た。
瞳はガラス玉だろう、ピカピカに光っている。
「黒羽が初恋の相手なんてついてなかったわね、あなた」
どさっと黒羽の膝に少女人形を返してやる。
その重みで黒羽の身体が車椅子の上で揺らめいた。
「あら、ちょっと感動したんじゃありません? お姉様」
「冗談でしょ」
「でも、今、黒羽の心を占めるのはお姉様ですから、この子に恨まれちゃいますわね」
「相手になってもいいけど、私、子供は殺さない主義だしね」
と言って美里もまたソファに座った。
美里は黒羽を見た。
生きているようだが、完全にこの世界の人間ではない。
このまま永遠に虚ろな目と心を抱えたままなのだろう。
美里は冷めた紅茶を飲み干すと、アキラの車から借りてきた尖ったナイフを取り出した。
几帳面なアキラのナイフはいつもピカピカに研いであり、少し刃に触れただけでその者を傷つける。
美里は黒羽の膝に片足を乗せて、両手で掴んだナイフを大きく振りかぶった。
「黒羽、今度は彼女と一緒に生まれ変わって来なさいよ」
そう言って、美里は黒羽の心臓にそのナイフを突き立てた。
男の心臓を完全に貫くのは非力な美里では無理だった。
美里のターゲットはたいていが男であるので、いつもそれを悔しく思う。
黒羽は一瞬、目を大きく見開いた。
振動で永遠の恋人がどさっと床に落ちた。
黒羽の腕が自分の胸を押さえた。
そして一瞬だけ、美里を見上げて、笑った。




