黒羽と永遠の恋人
「まあ、お姉様ったら」
エイミはうふふと笑った。
「どうぞ二階へいらしてぇ。藤堂さんほどじゃなけど、うちのパティシエもなかなかよ」
「そう、チョコレートが美味しく作れる人は素敵ね」
山田が階段の下で「どうぞ」と身をかわしたので美里は一人で階段を上がっていった。
「ここがあなたの家なの?」
「ここはエイミのアトリエよ。家はあちこちにあるけど、ここが一番好きなの」
「へえ、素敵なおうちね」
「そうでしょ? お姉様もここで暮らしましょうよ!」
エイミがいいアイデアとばかりに両手を合わせて振り返った。
「私にはチョコレート・ハウスがあるし」
「あそこはお店ですもの。お姉様が楽しく暮らす家ではないわ。お姉様にはケーキやコーヒーを運ぶよりも死を運ぶお仕事のほうが似合ってるわ」
「あなたの選んだ客に依頼された相手を殺すって話ならお断りよ? 私は趣味を仕事にしたくないの」
「あらぁ、もちろん分かってますわ。お姉様がクズしか殺さないって事も十分承知してますわ。毎月一定数、純度の高いクズを提供できますわ。世の中、クズばかりですもの。お姉様はお好きなだけ楽しめる上に、お金にもなりますのよ? 力がいるならアキラがいつだってお姉様の側にいるわ? 権力がいるならエイミがお側にね?」
とエイミは楽しそうに笑った。
エイミが大きな扉の前で立ち止まり、両手でその扉を開いた。
真っ白な部屋。
大きなガラス窓にはレースのカーテンがかかっている。
椅子もテーブルもソファも真っ白で、部屋の隅には真っ白なピアノが置いてある。
「どうぞ、お座りになってぇ」
美里は一人がけの白いソファに座った。
テーブルの側に置いてある白いワゴンの上に用意された真っ白なポットから真っ白なティーカップに紅茶を注ぐと、エイミは美里にそれを差し出した。
美里はカップの中を覗き込んで、
「カルピスが出てくるのかと思ったけど、そこは違うんだ」
と言って笑った。
「お姉様って面白い方ね」
とエイミも笑った。
「白が好きなの?」
「ええ、エイミは白が大好きなの」
「へぇ、そう。それで? 交渉はすでに決裂よ。私はあなたとここで楽しく暮らすなんて出来ないわ。四肢欠損の少女や、永遠の恋人の黒羽にも興味ないし」
「ああ! そうだわ。黒羽よ。お姉様に会わせようと思ってましたの!」
エイミはぱんっと手を叩いた。
「生きてるんですってね? 貴方が任務に失敗した部下を生かしておくなんて、とっくに、あなたのオモチャに変えられてると思ってたわ」
美里の言葉にエイミはふふっと笑っただけだった。
そしてテーブルの上の呼び鈴を鳴らすと、扉がノックされてメイドが車椅子を押しながら入ってきた。
「まあ」
と美里が言った。
車椅子には変わり果てた姿の黒羽がただ座っていた。
タキシードを着ているが、がりがりに痩せて骸骨のような身体に布をかぶせただけのようだ。真っ白な顔に表情はなく一点を見つめているし、黒々としていた髪も白くなった上に酷く抜けてしまっている。残った白髪が心細そうにゆらゆらと伸びているのが哀れを誘う。
その抜け殻の様な黒羽の膝の上には少女がちょこんと腰をかけていた。
素晴らしく精巧に作られた等身大ほどの可愛らしい人形。
皮膚も髪の毛の人間の少女のような光沢がある。
フランス人形のような豪華なドレスを来て、ハイソックスに赤いエナメルの靴。
黒羽はその少女の腰に腕を回して抱き締めている。
「お初にお目にかかるわね。彼女が永遠の恋人?」
と美里が言った。
「そう、黒羽は彼女と結婚式を挙げて永遠に幸せになる……予定でしたの」
とエイミがうふふと笑いながら答えた。
「予定? まだ幸せになれていないの?」
「お姉様のせいですわ」
「私?」
「ええ、黒羽ったらエイミに忠誠を誓うと言うから永遠の恋人を作ってやったのに、もう黒羽の心を満たすのは永遠の恋人でもなく、エイミへの忠誠心でもないんですのよ。裏切りですわ」
「それがどうして私のせいなの」
エイミはしいっと自分の唇に人差し指を近づけた。
「?」
「よおく聞いてごらんなさいな。今、黒羽の心を占めるのは恋人でもエイミでもなく、お姉様ですのよ」
美里は黒羽を見た。
確かに血の気の引いた薄い唇がかすかに動いている。
もごもごと何かを呟いているようにも見えるが、何も聞こえない。
「黒羽は何と言ってるの?」
「黒羽は「美里様、どうぞ、お許し下さい」と言ってるんですの」
「はあ? 嘘よ」
「本当ですわ」
エイミはメイドに持ってこさせたポケットアルバムを美里に差し出した。
「何なの」
美里がそれを広げるとスナップ写真が目に入った。
コンクリートのような材質の人形、それも顔も手も胴体も丸いパペット人形だった。
「これ何? 作品なの?」
「それ、黒羽ですのよ」
「黒羽?」
美里は眉をひそめた。




