幼い日々
美里が後部のドアを閉め、車の背後を回って運転席に来るまでに、山田はポケットの携帯電話を探った。慌てて電話を取り出し、目当ての人物の番号を押すが、説明している時間はなかった。美里が運転席のドアを開けるまでに、繋がろうが繋がるまいがそのまま自分のポケットにまた滑り込ませるしかなかった。
美里が運転席に乗り込み、山田の方を見た。
「さてエイミの住み処へ案内してくれるわね?」
「ゆ、夕飯の支度はいいんですか?」
「大人が二人ですもの。お腹がすけば自分で何か食べるでしょう」
美里が車のエンジンをかけた。
「さあ、どちらへ行けばいい?」
夕暮れが差し迫ってくる時刻だった。
スーパーの駐車場は混んでいる。
「あなたが道順を素直にしゃべるようになるまで適当に走るわ。あなたの生理現象都合では止まらないから」
美里の言葉に山田はええ?っという顔をした。
「ちなみにこの車はアキラのだから。あの子、神経質でしょ? 車を汚したら綺麗には死なせてくれないわよ」
と美里が言いながら、山田の顔を覗き込んだ。
やはり狂っている、と山田は戦慄した。
この寒い年末という季節に車内はエアコンの冷房全開だ。
すぐに身体が冷えて、山田に尿意が襲ってくるのは確実だった。
「おもらしなんかしたら、怒るんじゃないかしら」
美里はふふふと笑った。
「あなたが言おうと言うまいと、エイミはそんなに気にしないと思うわ。彼女、楽しければいいんでしょう? むしろ遊び相手を連れてきたって言えば、褒めてくれるかもよ?」
「分かりましたよ。エイミ様の所へお連れしますよ」
と山田は渋々言った。
逆らったところでどうしようもないのは分かっているからだ。
「まあ、さすがね、高級住宅街じゃない」
山田が目的地を告げると美里の車はゆっくりと動きだした。
「エイミって芸術家気取りだけどさ。あそこの家系はみんなあんな頭が狂ってる人ばかりなの?」
「え、あなたに言われるのはエイミ様も想定外でしょうね」
「は? 冷房、弱いの? 窓も全開にして欲しいの?」
「す、すみません。エイミ様は織田家では例外です。養女ですから」
「エイミの名字、織田って言うんだ。初めて知ったわ。養女? 施設から貰われたの?? あんな頭イカレテル女、よく施設に返されなかったわね。ちなみにあたしも施設で育って里親の所に貰われたけど、中三で年も食ってたし、美人だから義父に犯されそうになったから殺してやったわ」
「そ、そうですか。さすがですね。エイミ様の場合はむしろ、織田家の方が……エイミ様はああやって生き抜くしか無かったのです」
と山田が言った。




