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チョコレート・ハウス 死  作者: 猫又


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私の人形はよい人形 3

「何しに来たの、あの娘達」

 と美里が言った。

 アキラは肩をすくめて、エイミのテーブルを振り返った。

「さあ、だるま女の自慢だろ」

「だるま女って何よ」

 美里が眉をひそめた。

「だるまはだるまさ。四肢欠損ってやつ? 金の為になら手足切断ショーにでも出るやつがいるんだよ。貧乏は罪だな」

「え! お金の為?」

「あの女はそうだって聞いたぞ。けど金の為だけじゃなくて、異常性癖で自分の手足を切って喜んでるのもいる」

「自分の? 手足を?」

 美里の目が大きくまんまるになって、アキラを見ている。

「その癖が自分に向くか、相手に向くかの違いもある。自分の手足を切断したくてたまらない人間、欠損人間にしか性的な興奮を感じない人間……」

 ごほん、ごほんと咳払いがして、

「アキラ君、大変為になるけど、そういう講義は店ではやめてくれるかな」

 と藤堂が二人の背後から声をかけた。

「ごめんなさい。本当、世の中狂ってるわね。身体切断なんて、頭がおかしいわ」

 と美里が言い、ダスターを持ってから空いているテーブルを拭きに行った。

「気に入らなきゃ見境いない殺人鬼に頭おかしいとか言われたくないだろうな、だるま人間も」 

 とアキラが肩をすくめて藤堂を見ると、藤堂が苦笑した。

「……それにしてもエイミは君を諦めたのか?」

「美里を説得に来たんじゃね?」

「説得?」

「みんなで楽しく暮らしたいんだとさ」

「みんなって?」

「笹本さんのフレンチ、藤堂さんのデザート、材料調達のハンター」

「え?」

 藤堂がアキラの顔をまじまじと見た。

「エイミは本能で生きてる女だ。楽しけりゃそれでいい。楽しい事さえして暮らしていけたら満足なのさ。人肉フレンチもデザートもハンターも、エイミにしたらごっこ遊びの延長でしかない。自分の箱庭の中で芸術品を作り、手持ちのレストランがあって、ハンターが狩りをして、ソレで遊ぶのが楽しい。エイミが側に置きたいのは俺だけじゃなく、美里も藤堂さんも笹本さんもさ。みんなエイミの舞台の為の人形に過ぎない」

 アキラはきゃっきゃと楽しそうにケーキを食べるエイミと彼女の生き人形を見た。

「エイミの庇護の元へ入れば、美里はこの先、天寿を全うするまで好きなだけ狩りが出来る。笹本さんも藤堂さんも上等の人肉が手に入り、絶対的な安全を約束される。それと引き替えに俺たちはみんな、エイミのお人形になるって事さ」

「それが目的か。だけど美里がそれを受け入れるとは思わないな」

「だな、エイミが美里をどう説得するのか見物さ」

「まさかとは思うが、万が一美里が受け入れたら? 君は? エイミの元へ?」

 アキラは藤堂を見返して、

「あんたは?」

 と言った。

「美里がいいなら……いいさ。笹本さんは受け入れるかもな。あの人は安全に料理が作り続けられたらそれが一番いいだろうし。俺としても美里の安全が一番大事だ」

「ふん」

 と言ってアキラは藤堂に背を向けた。

 藤堂は窓際のエイミとアキラの背中を見比べて、ため息をついた。

 平穏な生活なんて無理なのは分かっている。

 だが一日でも長く美里と一緒に暮らしたい。

 美里の好きなチョコレートを作りながら、美里と一緒にいたいだけだ。

 エイミはやっかいな存在だった。

 だがアキラさえいなければエイミがこちらへ関わってくる事もなかったはずだ。

 いつか返り討ちにあうか警察に捕まるか、その心配もあったのは確かだが今はエイミとアキラが藤堂の神経に触る。 

 エイミの庇護の元、長生きするのを美里は好まないだろう。

 あの黒羽とも正々堂々と戦ったのだ。

 エイミとも殺し合いを望むだろう。

 どっちが勝っても悲劇にしかならないのは分かっている。

 ふうとため息をついて藤堂は厨房の中に入っていった。


 その藤堂の背中をアキラはじっと見つめていた。

 

 どうせ誰も彼もが狂っている。

 その中で自分だけが倫理を守る義務もない。

 美里があの男を愛していようが、結果、自分が美里に殺されようが、邪魔な物は排除して生きてきたその生き方に変わりはない。

 藤堂を殺したら美里は怒るだろう。

 それでもアキラは藤堂を殺してやりたいと思った。

 藤堂を殺して、エイミも殺して、邪魔な物は全て殺してしまえばいい。 

 美里が自分を殺して全て解決だ。

 美里は……とアキラは思った。 

 美里は悲しむだろう。

 殺すべき対象を全て殺して、生き残る自分を哀れむだろう。

 一番の死にたがり屋は美里なのだ。

 死に神か悪魔が味方しているのか、美里だけは生き残り続ける。


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