私の人形はよい人形2
とても可愛らしくてオシャレなカフェだった。
看板にはチョコレート・ハウスと書かれていた……多分。アルファベット? 多分あってる。中学校を半分しか行ってないからあんまり字は知らないんだ。
あたしの車椅子を押すジョニーも新しいジャケットにズボンをもらって、小ぎれいに着替えている。ジョニーはエイミさんに痩せてぎすぎすしていた感じを不快だと言われて、もっと清潔に礼儀正しく、健康的に太ってちょうだい、と言われたらしい。
エイミさんがお店に入ると、
「いらっしゃいませ」
と言う声がした。可愛いメイド姿の女の子が「何名様ですかぁ?」と聞いてきた。
あたしは車椅子をテーブルに寄せてもらい、エイミさんとジョニーが窓際のチョコレート色をしたソファに座る。
「何にしましょうか?」
とエイミさんがメニューを広げた。
あたしは窓ガラスに映った自分を見ていた。
可愛いって思った。
スカートから出た足先のとブーツを見るだけで嬉しい。
ふわふわしたファーのブーツ。
動かないけどオレンジ色の手袋をはめた手。
「このおすすめのチョコレート・ケーキセットを三つね?」
気がついたらエイミさんがグラスを持って来たメイドさんに注文しているところだった。
ジョニーがきょろきょろとお店の中を見渡している。
分かる……慣れないオシャレな店は、何ていうんだろう……落ち着かないよね。
エイミさんは楽しそうな笑顔であたしを見た。
「やっぱり美貴ちゃん、可愛いわ」
「あ、ありがとうございます……」
「今日はねえ、自慢しに来たの。あなたの事」
「え、あたしですか?」
「そう、うふふふ 」
人影が横に立った。
「何の用だ」
と声がしたので見上げると、見た事がある男の人だった。
えっと……
「アキラ! 何よ、お客様にその態度」
白いシャツにチョコレート色のエプロンをしたアキラさんが立っていた。
凄くハンサムで格好いいな。ここで働いてるのかなぁ。
「あんまり素敵な人形が出来たから、自慢しに来たの! 素敵でしょ? 美貴ちゃん」
あたしはアキラさんの方をむいてえへへと笑ってみた。
ジョニーもおどおどした顔でアキラさんを見上げた。
「人形?」
「そうよ。題して、「私の人形はよい人形」よ。おしゃべりする人形。可愛いでしょ?」
「け、こないだのだるま女か」
とアキラさんはあたしを見てからそう言った。
あたしを見る目は凄く冷たかったけど、やっぱり似てるなぁ。
大好きだった最初の彼氏に。
「もうだるまじゃないわ。腕と足をつけてあげたの。可動式よ? 苦労したんだから」
エイミさんはうふふふと笑った。
「いくらで売るんだ。生ものは売れねえんじゃねえのか? 人形だっつっても食うもん食って、出すもんは出すんだろう」
とアキラさんが言ったので、あたしとジョニーは顔を見合わせた。
「何言ってるのよ。贅沢品のメンテにお金と手間がかかるのは必要経費でしょう。そんな事くらいくらい出来ない貧乏な客はお断りよ! でも売らないわ。美貴ちゃんはあたしのお人形だもん!! お人形ごっこして遊ぶのよ、ね、美貴ちゃん」
「はい」
「お待たせしました」
とアキラさんの背後から声がして、メイド服は着ていないウエートレスさんがワゴンの上にケーキのセットを三つ置いて押してきた。
「お店で物騒な話はやめてちょうだい、エイミ」
と皿をあたし達の前に置きながらその人が言った。
「お姉様ぁ。お久しぶりね!」
お姉様と呼ばれた人も綺麗な人だった。
ちょっと冷たそうな瞳だったけど、凄く綺麗。
「お姉様、私のお人形さんの美貴ちゃんよ。美貴ちゃん、この人が美里さんで、アキラのお姉様なの!」
「お人形さん?」
と美里さんがあたしを見た。
「そうよ。自前なのは顔と胴体と内臓。手足は可動式で好きなポーズをつけられるのよ! おしゃべり機能つき。世界に一体しかない。等身大おしゃべり人形美貴ちゃん。仲良くしてねぇ」
美里さんは目玉をぐるりと動かして、それからアキラさんの方を見た。
「何を言ってるのかよく分からないわ」
「だるま女を買ってきて、人形遊びしてるだけさ」
「だるま女?」
「知らない? 手足切断してる女。今度スマホで検索してみろよ」
「何それ」
美里さんは綺麗な眉をひそめて、あたしを見た。
あたしはまたにへらとお愛想笑いをした。
「どうぞごゆっくり。でもお店で物騒な話はしないでね。あなたもエイミなんかと遊んでると妙な芸術品にされちゃうわよ」
と美里さんが言った。
「は、はあ」
「ひっどーい。殺人鬼のお姉様に言われたくないしぃ」
この人が殺人鬼のアキラさんのお姉さんなんだぁ。
こんなに綺麗な人なのに、どうして人を殺すんだろう。
「チョコレートを食べに来たのなら、無粋な話はやめて、チョコレートを堪能してちょうだい。お店で妙な言動はやめてね」
「はいはーい。美貴ちゃんもジョニー君もお姉様の言うことはちゃんときかないと、殺されちゃうぞ」
とエイミさんがおどけてそう言ったら、ワゴンを押して行きかけた美里さんが振り返ってあたし達を見た。
ジョニーが「ひっ」と小さく叫んで手に持ったばかりのフォークを落とした。
「ふん」
と美里さんはワゴンを押して行ってしまった。
「美里をおちょくりに来たのか?」
「そんなわけないじゃない。ご機嫌伺いに来ただけなのにぃ。アキラのお姉様ならエイミにとってもお姉様だもん」
「け」
と言ってアキラさんも奥の方へ戻って行ってしまった。
「ジョニー君、美貴ちゃんに食べさせてあげて。ここのチョコレート、美味しいのよ。藤堂さんって言ってね、お姉様の旦那様で有名なショコラティエなのよ」
エイミさんはそう言ってお店の中を見渡した。
「お店も素敵よね。でもエイミだったらもっと素敵なお店にするのになぁ」
綺麗な物をたくさん飾ってその中で美味しいチョコレートを食べるなんて素敵じゃない? ○肉を使ったのフランス料理なんかもいいわよね」
○肉の○の部分を聞き逃したんだけど、多分牛肉だろうなって思った。
それからジョニーに食べさせてもらったチョコレートケーキはもの凄く美味しかった。
こんなにおいしいケーキを食べたのは生まれて初めてだった。
「美味しい!」
「でしょう?」
「毎日、こんなの食べられたらいいわよねえ」
とエイミさんがうふふと笑った。




