楽しく暮らそう
「黒羽は本当に役に立つ子。こうしてアキラが戻ってきたんだもの」
エイミは満足そうに人形を見下ろした。
コンクリートでできた人形がある。大きな灰色の椅子に座っている。
頭部、腕、手、胴体、腰、太腿、脛、足。
装飾は何もないが、すべてが細丸くどてっとした座り方に愛嬌がある。
コンクリートできた原寸大のパペット人形だ。
「ちゃんと教えておいたはずよ。アキラを相手にするなら息の根を止めるようにって。そうしないと、こうやって恐ろしく楽しい処刑道具の餌食にされちゃうんだから、ねえ、本当はただ殺すより、究極の処刑道具を考えるほうが好きだもんねえ、アキラ」
とエイミはアキラを振り返った。
「アキラはエイミから離れられっこないわ。アキラはエイミの方が趣味が合うものね。それにエイミとアキラは結ばれる運命なのよ、そうでしょう?」
とエイミはパペット人形を見下ろしながら満足そうにアキラに言った。
「アキラが考える処刑道具は本当に楽しいわ!」
嬉しそうなエイミの横で腕組みをしているアキラの顔は無表情だ。
「ふざけんな、今度また黒羽みたいな奴をうろちょろさせたら」
「させたら何だって言うの? 私を殺すって言うの? そんな事出来るの?」
エイミは頬をふくらませてアキラを睨んだ。
「できっこないわ。アキラはエイミを殺すなんて出来ないわ。そして、そうね、お姉様もきっと出来ないでしょうね。だってエイミはお姉様に何もしていないわ。むしろ今後の生活を保障してあげると言ってるのよ? ハンターのお姉様、アキラの処刑道具、人肉デザートなら藤堂さん、皆が揃ったら最高じゃない? エイミの元へ来るだけで、個人レベルで笹本さんと死体の売買するよりももっと贅沢で安全な生活が送れるわ。お姉様が殺して、アキラが処刑道具を考える、エイミがそれを綺麗な芸術に昇華させる。最高ね!」
うふふとエイミが笑った。
アキラは無表情のままだが、拳を握りしめた。
珍しく執事はおらず、暖かい部屋にはエイミとアキラだけだ。
パペット人形の中の黒羽も今はエイミを守りたくとも守れないだろう。
今ならエイミを殺せる。簡単だ。殴りつけてやればいい。
この小さな頭を壊すのは、釘が一本あればいい。
それともこの細い首を絞めて殺すのがいいか。
細い白い首は簡単にぎゅっと絞まって、エイミの脳へ酸素を送るのをやめるだろう。
アキラの殺意に気がついたのかエイミがアキラの方を見た。
そして、
「お姉様とエイミの何が違うっていうの?」
と言った。
アキラは握りしめていた拳を緩め、ソファにどさっと座った。
「お姉様がよくてエイミじゃ駄目なのはどうして? エイミもお姉様も同じでしょ? むしろエイミの方が安全だわ。アキラを脅威から守ってあげられる。お姉様なんかあんなに無造作に趣味を楽しんで、誰が見てようが関係ない。殺したいと思ったら殺して。近いうちに絶対失敗するわ。そうなったらアキラも藤堂さんも道連れよ? エイミはお姉様も守ってさしあげられるわ。ねえ、アキラ、一人でここへ戻るのが嫌ならお姉様も一緒でいいのよ? エイミだってその方が嬉しいわ」
エイミはそう言ってアキラの隣に座って、甘えるようにアキラの腕に自分の腕を絡めた。
「それに……お姉様だってここへくればきっと幸せだわ。何からでも守ってあげられる。お姉様が好きなだけ殺戮を繰り返せばいい。藤堂さんだって何の心配をしなくてすむ。大好きなスイーツを作っていたらいいんだもの。ここでみんなで楽しく暮らしましょうよ」
「楽しく暮らす?」
とアキラが言った。
「そうよ。みんなで楽しく」
ウフフとエイミが笑った。
アキラがエイミの腕を振り払って立ち上がった。
そして呟くように、
「楽しく暮らすっていうのは……」
「言うのは? 何なの?」
エイミの視線を断ち切るようにアキラは、
「美里がいいならいいさ。説得なら美里にしてくれ」
と言って部屋を出て行った。




